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傀儡王ヘンリー




「王を引きずり出せ!」


「成り上がり妃ステラを処刑しろ!」


「民のことなど全く考えていない愚かな王と嘘吐きの王妃を捕まえろー!!」


ワアア、と外から熱狂的な声が聞こえる。

その声を聞きながら、ヘンリーは爪を噛んだ。

こうでもしていないと、焦燥と恐怖でやっていられない。

もはや、城に押しかける民の数は城内の兵士の数をゆうに上回っている。

このままではいずれ、城門を突破されることだろう。


(そうすれば……俺はどうなる!?)


ふと、思い出すのはシャリゼが死ぬ時に口にした、言葉。


『私という標的(ターゲット)を斃した後の次の獲物は、あなたですよ』


「ックソ、クソ、クソ……!!あの女が呪詛など残すから……!俺は呪われてしまったんだ!こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった!!」


ヘンリーは忙しなく部屋の中を歩き回ると、ソファに深く腰を下ろした。

そして、頭を抱える。


「神殿はなぜ俺を裏切った!?ノアはいつ戻ってくる!?アルカーナは何をしている!?」


ぶつぶつ独り言を零す王に、扉をノックする音が聞こえた。

それに、過剰なほどヘンリーは反応する。


まさか、民衆がここに押しかけてきたのかと狼狽えたのだ。

冷静になれば、城門すら突破されていない状況で、反逆者たちがここまで来ることは考えられない。

だけど無意識のうちにそう考えてしまうほど、ヘンリーは怯え、うろたえていた。


入ってきたのは、彼の側近の男だ。

名を、ラミウム。

彼は元々平民だったのだが、ヘンリーが取り立てて近衛まで上り詰めたのだった。


ラミウムは、顔を真っ青にして怯えるヘンリーを痛ましげに見た後、首を横に振る。


「……神殿からは、何の便りもありません」


「う、嘘だ嘘だ嘘だ!!叔父上が俺の事を見捨てるなど……!!」


神殿のトップは、神官長だが事実上組織を動かしているのは、前王の弟であるエイダン・リップスだった。

エイダンは、ステラと結婚できないことを悩むヘンリーに近寄って、彼に革新派への鞍替えを勧めてきた人物でもある。


(信じていたのに……)


ヘンリーは、目の前が真っ暗になる感覚に陥った。

絶句する王に、ラミウムが淡々と言葉を続けた。


「良い報告があります。ノア殿下が、もうじき王都に到着されるそうです」


ヘンリーは、城外に民衆が押し寄せるようになってから、急いでノアを辺境の地、ウーティスから呼び出した。

兵役経験のあるノアは、王城に詰める近衛騎士と、王都の憲兵の指揮を上手くとってくれるだろう。

辺境でのノアの活躍ぶりはヘンリーも聞いていた。

何せ、長年膠着状態であったあの小競り合いを、一時的にとはいえ、休戦状態まで持ち込んだのだ。

今は、アルカーナ帝国との対談の日程を調整していると報告を受けていたが──。


マクレガー将軍の助力あってこそだとは思うが、それにしたって齢二十に満たない少年の功績とは、とうてい思えない。


ヘンリーは、昔からノアが嫌いだった。

ノアは昔から大人に可愛がられるタイプの少年で、ノアも、それを照れくさそうにしながらはにかむ素直な少年だった。

王太子のヘンリーよりも親しみやすく、声をかけやすかったのだろう。


ノアは、人気者だった。


シャリゼの、責めるような目が大嫌いだった。

まるで、自分とノアを比べているかのような目。


実際、シャリゼにノアと比べられたことはなかったが、その目は雄弁だ。


なぜ、ノアには出来て、ヘンリー(お前)には出来ないのか──と。

彼には、そう言っているように聞こえた。


シャリゼは、ノアと親しかった。

流石に、他人の誤解を招くような素振りは見せなかったが、顔を見せたら朗らかに挨拶をしていたし、シャリゼはヘンリーに見せない笑顔を浮かべていた。


いつも、ヘンリーの前では無表情なのに。


当時、シャリゼは十八、ノアは十六。

まるで姉弟のようで微笑ましい、と使用人たちは言っていたが、全くそんなふうには思えなかった。


ヘンリーは、いつからかノアに妃を奪われることに恐怖するようになった。


シャリゼを愛しているわけではないが、弟に妻を取られた間抜けな男というレッテルは貼られたくない。


ますますヘンリーはシャリゼを避けるようになり、ステラに癒しを求めた。

神殿に助言を乞い、叔父エイダンの言う通りに振る舞った。


『シャリゼに罪を着せてしまえばいい。そうすれば、あの女も大きな顔をすることはできないだろう』


エイダンの言葉を聞いた時、ヘンリーは頭が真っ白になった。

シャリゼのことは嫌いだ。

嫌いだけど、ありもしない罪を着せるのは、気が進まなかった。

迷う彼に、エイダンはさらに言った。


『あの女は、ノアとデキているぞ。お前の侍女が、見たと言っている』


そして、彼女の侍女を呼び出して話を聞いた。

叔父が言った通り、シャリゼは度々ノアと密会をしていた。


ある日、侍女がその現場を見たと告発したことで、一気に状況が変わる。


『王妃陛下は寝室にノア殿下を招き、国王陛下を裏切りました!!』


目撃者が出たことで、シャリゼの立場は一気に危ういものとなった。

彼女は痛烈に批判されるようになり、その非難の矛先はノアにも向いた。


鼻につくふたりが転落する様は、想像以上に愉快だった──。


このままでは革命が起きるかもしれないと危ぶまれていたため、シャリゼは処刑した。

ノアは、騒動(・・)の責任を取らせるために辺境の地に飛ばした。


嫌いだったものは、皆いなくなった。

ヘンリーは勝ったのである。

勝者はいつだって正しい。

勝ったものが、歴史を作る。


だから──彼にはなぜ、今のような状況になってしまったのか、全く分からなかった。


「王を引きずり出せ!」


「成り上がり妃ステラを処刑しろ!」


「民のことなど全く考えていない愚かな王と嘘吐きの王妃を捕まえろー!!」


変わらず、外からは怒りの声が聞こえてくる。


(なぜ、なぜこうなった?)


民衆の怒りの矛先が自分になることも。

急に神殿からの連絡が絶えたことも──。


今になって、民衆の間で「ノアこそを次の王に」と叫ばれていることも。


ヘンリーには、理解できなかった。


彼は、裏切られのだ。

神殿に、民衆に。


彼は最初から最後まで、操り人形でしかなく、不幸だったのは、彼がそれに気付けなかったことだった。


ヘンリーが王になったのは、齢二十二の時のこと。


前王が早世し、若くして王位を継いだ──それこそが、ヘンリーの人生でもっとも不幸な出来事だったのだと──後の世の人間は語る。



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