悪妃ステラ
デーヴィドが応接室に向かうと、ステラがソファに座って彼を待っていた。
ステラは、デーヴィドに気が付くとパッと顔を輝かせる。
「お父様……!!」
「ステラ、よく来たね。ここまで来るのは大変だったんじゃないか?」
ちら、とデーヴィドは窓の外に視線を向ける。
ここまで声は聞こえてないが、今も民がこの邸に押しかけてきている。
【情熱的で、愛国心が強い】
それがヴィクトワールの国民性なのだが、まんまとそれを神殿に逆手に取られてしまった。
それが、ヴィクトワールの民として悲しくて、そして痛ましくてならない。
ステラはデーヴィドの言葉に顔を強ばらせた。
そして、勢いよく立ち上がると、デーヴィドにすがりついてきた。
「お父様、助けて!!このままじゃ私、民に殺されてしまうわ……!!」
ステラの豪遊ぶりが露見すると、民衆の批判は彼女に向いた。
元平民のくせに王妃になった途端、豪遊三昧の悪妃だと、新聞には書かれる始末だ。
泣き出してしまったステラを、デーヴィドは痛ましい顔で見つめていたが──。
「……これは、お前が招いたことだろう?責任は取りなさい」
「なっ……!!」
ステラがバッと顔を上げる。
泣き濡れた顔のまま、彼女は信じられないものを見る目でデーヴィドを見ていた。
それに対し、デーヴィドはため息を吐いて、縋り付くステラを引き剥がした。
「おおかた、金を融通してもらおうと思ったんだろう?……ステラ、私はね。お前を可愛いと思っている。血が繋がらなくとも、お前は私の娘だからね」
「じゃあ……!!」
「だけど、お前はシャリゼを殺しただろう」
「……!!」
ステラが息を呑む。
デーヴィドは、鋭く娘を睨みつけた。
「シャリゼが何をしようとしていたか知ろうともせず、お前はただ、妃の立場だけを望んだな」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「じゃあどういうつもりだった?私は再三言ったはずだ。ヘンリー王太子……陛下から手を引け、と。……事は、そう簡単な話ではないのだよ」
ステラ、シャリゼ、ヘンリーの確執はただの痴話喧嘩では収まらない。
シャリゼの背後には、血統至上主義の守旧派がおり、ステラは──彼女は知りもしないのだろうけど、革新派の旗頭にされている。
シャリゼとステラの対立は、そのまま守旧派と革新派の争いに直結する。
それを、何度となく彼女には説明したと言うのに。聞く耳を持たずに泣いて騒ぎ、逃げ出したのはステラだ。
その結果、革新派に良いようにされた彼女は、今や国民の敵だ。
血の繋がりはないとはいえ、姉と同じ末路を辿ったのである。
もっとも、国民の悪感情は、シャリゼの時より酷いようだが──それは、ステラへの期待が強かったからだろう、とデーヴィドは思っている。
『シャリゼさえ排して、ステラが妃になれば』
そうすれば、この国は良くなる。
彼らはそう信じていたし、そう思い込んでいた。
国民にとってステラは、その名の通り、彼らの希望の星だったのだ。
それなのに、この裏切りだ。
彼らからしてみたら、突然梯子を外されたように思えるのだろう。
だからこそ、国民は自らの手でステラを処刑したいと、声高に叫んでいる。
ステラは、泣きわめいた。
もうあとがないと彼女も分かっているのだろう。
デーヴィドに縋り、泣き、とにかく喚き散らす。
「どうして!!どうして助けてくれないの!!お父様は私のことが嫌いなの!?だから、だから!!」
「娘可愛さに七百万ポンドをかんたんに出せる貴族は、今この国にどれくらいいるんだろうねぇ」
貧困に喘いでいるのは、何も平民だけではない。
突然の聖税の引き上げで、ゼーネフェルダーの資産も年々目減りしている状況だった。
何せ、神殿は守旧派にのみ割増で税を乗っけてきている。
抗議しても、のらくらと理由をつけて減税はしないのだった。
そんな状況なので、貴族とてそう簡単に大金は支払えない。
それにステラのように頭の中がすっからかんだと今この場を収めたとして、また近いうちに似たことを繰り返す可能性は非常に高い。
ステラは、学がない。学がないことは恥ずべきことでは無いとデーヴィドは思っているが、しかしそれに付け込んで悪事を働く人間はごまんといる。
それも、王妃という立場にあるのならなおさらだ。
ステラは学ばねばならなかった。
学問や知識は、自らを守る盾となり、剣となる。
それを、彼女は自ら捨てたのだ。
結果、悪人が跳梁跋扈する王城で、彼女は食い物にされた。
今まで彼女が生き長らえてきたのは、姉シャリゼの助けがあったからだと、なぜ分からないのだろう。
そのシャリゼがいなくなった今、彼女を守るものはもはや、なにひとつない。
ヘンリーは真面目な男だが、あまりにも若すぎる。
そして、甘い。他人を疑う術を知らず、自分に都合のいいことばかりを鵜呑みにする節があった。
それも、彼が平民なら【若い時は向こう見ずなものだ】と笑っていられただろう。
しかし彼はこの国の王だ。
他者の話を聞かず、突っ走れば周りが被害を被る。
彼には、民の命を預かる立場としての自覚が足りなかった。
「嫌よ、お願い。お父様、助けて……」
泣き疲れたのか、啜り泣きに変わった娘を見て、デーヴィドは使用人に言った。
「ステラを裏口に案内してあげなさい」
それはつまり、帰れ、ということで。
「お父様……!!」
「私はね、ステラ。最期にお前に会って、確かめたかったんだ。お前がこころを改めて、真にこの国のことを考えているならあるいは……と思っていたが、やはり、私もまだまだ甘いな。お前は、変わらない」
「そんなこと……そんなこと、ない!私はいつだって国のために」
「国のため?それでお前は、何をした?何をやってきた」