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ヴィクトワールの死



【王妃ステラ、七百万ポンドの指輪を購入!成り上がり妃、分不相応な豪遊】


新聞の見出しに書かれたその文章を読むと、男──デーヴィド・ゼーネフェルダーはそれを机の上に放り投げた。


そして、紅茶に口をつけようとしたその時。

扉がノックされた。

入室の許可を出すと、入ってきたのは公爵家の使用人だった。


彼は困惑した様子で言う。


「ステラ妃が……いらっしゃっております」


「……ステラが?」


ステラは、デーヴィドの養子だ。

彼は、思わずと言った様子で腰を上げた。


この新聞を見るに、ステラは今、全国民の非難の的となっている。

現に、ゼーネフェルダー公爵邸にも民が押し寄せている程なのだから。

この邸宅も、今は私兵が対応しているが、いつ門が破られるか分からない状況だ。


デーヴィドは妻のアンヌを連れ、他国に亡命する予定だった。

今は、支度を整え終わり、最後の紅茶を飲んでいたところだ。


(なぜ、今になってステラが……)


考え込むデーヴィドに、使用人が伺いを立てる。


「お帰りいただきますか……?」


「……。いや、通して構わない」


デーヴィドは顔を上げて答えた。

それから、言葉を付け加える。


「だが、紅茶の用意は不要だ」






デーヴィド・ゼーネフェルダー。

ゼーネフェルダー公爵当主だ。

彼が孤児のステラを引き取ったのは、理由がある。


その頃、力をつけ始めてきた革新派との対立を防ぐために、孤児のステラを養子に迎えた。

ただそれだけの理由だった。


平民の娘なら、誰でもよかったのだ。

だから彼は、使用人任せにした。

てきとうに孤児院の子供たちから見繕うよう、指示を出したのだ。




そして、使用人が連れてきたのは、緑の髪の可愛らしい少女だった。


ぱっちりとした青の瞳が美しい。


それは、夕暮れ時にのみ見ることの出来る、紺色の空によく似ていた。


少女の可憐さは、社交界で様々な美女を見てきたデーヴィドすらも驚かせる程だった。

なぜ彼女を連れてきたのかと問えば、予想通り使用人は『いちばん美しかったからだ』と答えた。


見目の良さで選ぶつもりはなかったが──まあ、いい。

引き取った以上、ステラはデーヴィドの娘となる。


ステラは人懐っこく、よく笑う少女だった。

姉のシャリゼとも仲が良く、よくふたりで遊んでいた。


おかしくなったのは、シャリゼが社交界デビューしてから。


ステラが、王太子のヘンリーに一目惚れをした、と告白してきたのだ。

彼女は父に訴えた。


『ヘンリーも私を愛していると言ってくれました!だから!お父様。婚約者を代えてほしいの……!』


涙ながらに語るステラに、デーヴィドは仰天した。


公爵家に引き取られ、ステラは自身の養子となったが、とうぜん彼女に公爵家の血は流れていない。


デーヴィドは、革新派との衝突を避けたいとは考えているが、彼は根っからの守旧派だ。

シャリゼではなく、婚約者をステラに代えるなど……。それこそ、守旧派が黙っていないだろう。


王家に平民の血を入れるなど、とんでもないことだ。

格式が落ちる、と彼らは抗議するに違いない。

それに、平民の妃を迎えなどしたら、諸外国からも白い目で見られる。

『ヴィクトワール王家も大したものではないな』と軽んじられる可能性が高いのだ。


だから、デーヴィドは、ステラを説得した。


ステラは、あくまでゼーネフェルダーの養子であり、公爵家の血は継いでいない。


前提として、この婚約は王家とゼーネフェルダーの結び付きを強めるためのものだった。

昨今、力を増してきた革新派の牽制のため、王家と守旧派筆頭貴族、ゼーネフェルダー公爵家の婚約は調えられたのだ。


それを懇切丁寧に説明したが、彼女は納得せず、ついには泣き出す始末だった。


『ひどい!!お父様は、お姉様の方がお好きなのよ。私なんてどうでもいいんだわ!』


『そんなことは言っていない!お前は私の大切な娘だが、それとこれとは話が別だ。なぜわからない!』


『どう違うの!?お父様は、お姉様の方が大事なのよ。私を差別しているんだわ!!』


こうなると、もうステラは聞く耳を持たなかった。

婚約者の挿げ替えは叶わないと知りながら、それ以降も、ステラはヘンリーとの付き合いを止めなかった。

デーヴィドは、何度となくステラを注意した。

だけどステラは泣くばかりで忠告を無視したし、ヘンリーも同様だった。


ヘンリーはデーヴィドの苦言を『一貴族が介入することでは無い』と切り捨ててしまったのだ。





そして──時は流れ。

シャリゼが処刑された。ヘンリーの手によって。


シャリゼは、今の腐敗したヴィクトワールを立て直すために奔走していた。


王弟のノアと協力し、神殿の助長を抑え、魔獣の討伐に精を出し、横領する貴族は厳しく罰していた。

だけど、新聞社は神殿の圧力を受けて、神殿に都合のいいことばかりを書く。


神殿にとってシャリゼは、目の上のたんこぶだった。彼らにとってシャリゼは、鬱陶しくてたまらない存在だったのである。


そして──彼女の婚約者、ヘンリーも同様にシャリゼを嫌っていた。

彼は政に介入し、あれこれ口を出す妃にうんざりしていた。


そして、彼は父と違い、守旧派ではなかった。


ステラとこころを通わせた彼は、彼女を妃にしたいと常々思っていた。

しかし、彼女を妃にするには血筋も身分も足りない。

ステラは、由緒正しいゼーネフェルダー公爵家の娘だが、あくまで養子。彼女に青い血は流れていない。


このままでは、彼女を妃にすることはできない。


ヘンリーが思い悩んでいた時。

彼に甘い言葉を使って近寄ってきたのが──神殿の人間だった。


そして、ヘンリーは宗旨替えした。

血筋や身分に拘る守旧派ではなく、【身分に囚われない】という考えを持つ革新派に賛同するようになったのだ。

身分に囚われない──それはつまり、自身の地位を危うくする可能性を秘めていると言うのに。


……神殿に都合よく使われているとも知らずに、王は革新派に傾倒した。




結果、どうなった?

現状が全てだ。


シャリゼが抑えていた神殿は、ここぞとばかりに勢力を伸ばし。

シャリゼが抑えていた魔獣は爆発的にその数を増やした。


もはや、この国に未来はない。


シャリゼが死んだと同時に──歴史あるこのヴィクトワールも、死を迎えたのだ。













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