革命のはじまり
「こ……こ、どこですか!?」
目の前には、一面に広がる花畑があった。
黄色の花が鮮やかに咲き誇っている。
青い空とのコントラストが美しい。美しいのだけど──。
「ローレンス殿下!?」
驚いて振り返ると、(恐らく)私をここに連れてきたそのひとが、静かに答えた。
「あなたと約束した、花畑だよ」
「あっ……あれ、夢ではなかったんですね!!」
驚きのあまり、まず最初に口にした言葉は、それだった。
ざぁ、と強い風が吹く。
その風に煽られて、よろめいた時。ローレンス殿下が私の肩を支えた。
「ありがとうございます……」
お礼を言ってから、ハッと我に返る。
そうだ、こんなことしている場合ではない。
「ここはどこですか!?花畑と言っても、どこの花畑なのか……」
「ゼーネフェルダー領の、公爵家が有している本邸の裏庭だよ。昔、俺はあなたとここで会った」
「ゼーネフェルダーの──」
周囲を見渡せば、見覚えのある建物が見えた。
確かにここは、ゼーネフェルダーの本邸のようだ。
「あのまま、あなたが留まっていて良い結果は得られそうになかった。だから、ひとまず連れてきたんだ。俺の本体は、ここにいたから」
「本体……?」
「あなたも見たでしょう。吸血鬼は、影を飛ばして遠方に行くことが出来る。俺の場合は、白蝶に変化して、移動するんだよ」
「──」
ローレンス殿下の言葉で、私はあの夜のことを思い出した。
夢なのか、現実なのか分からなかったけれど、あの夜、彼は白い蝶になって部屋を出ていった。
吸血鬼なのだから、変身なんかもできたりするのか、と深く考えなかったけど──。
「つまり、あの時も遠方から影?を飛ばしていたと……?」
「そう。あの時、俺はアルカーナにいたからね」
つまり、城下町で見たローレンス殿下は【影】で本体ではなかった、とそういうことなのか。
そう理解した私は、一言、彼の能力をこう評した。
「………とんでもない能力ですのね」
それから湧いた疑問を口にする。
「どうして私をここに連れてきたのですか?私を運んだのも、能力の一種なのですか?」
次々に質問を重ねると、ローレンス殿下は思わぬことを口にした。
「吸血鬼は、人間の血を飲まないんだ」
「……はい?」
「吸血鬼は、吸血鬼同士で補給行為をする。つまり、吸血だね。吸血鬼が人間の血を吸うと、どうなるか分かる?シャリゼ」
分かるはずがない。
そう答えようとして、ふと、彼が聞くには意味があるのではないかと思った。
私は今、どうやって私をゼーネフェルダー領まで連れてきたのか、と彼に尋ねた。
その返答が、『吸血鬼は、ひとの血を飲まない』彼が答えをはぐらかしているのでなければ、私の質問と彼の言葉にはなにか関係があるのだろう。
吸血鬼が人間の血を吸うと、どうなるか──。
過去、彼は私の血を吸ったと言う。
その縁があるから、彼は私の生死が遠くにいても分かるようだ。
「……もしかして、血を吸うと、相手も吸血鬼になってしまうのですか?感染、的な」
自ずと浮かんだ推測を口にすると、ローレンス殿下が僅かに苦笑した。
「半分正解で、半分不正解、かな。でも、おおよそはあなたの考えるとおりだ。俺は……あなたの血を吸った。その時の衝撃で、あなたは聖力に目覚めた。だけど、聖力に目覚める前に、あなたの体内には既に俺の魔力が入り込んでいたんだ。本来、相反する力であるはずの魔力と聖力、そのどちらをもあなたは持ち合わせていることになる」
「……つまり、聖女でありながら吸血鬼の力を私は持っている、と?」
にわかには信じられない。
半信半疑の思いで尋ねると、ローレンス殿下が頷いて答えた。
「あなたは、自身に魔力があることを知らなかったでしょう。だから、力の使い方も分からなかった。だけど、こうして外部から干渉すれば、あなたの中に眠る魔力を引き出すことが出来る」
「──」
何かを言おうとして、だけどそれは言葉にならなかった。
笑おうとして、失敗したように、私は苦く笑う。
(聖女で、ヴィクトワールの王妃だった私が、実は魔力を持っていた──なんて)
誰が、気付いただろうか。
少なくとも、その本人である私は、全く気づかなかった。
(事実は小説よりも奇なり、とはよく言うものだわ……)
「……魔力というのは、あなたがさっき使った?」
魔獣の大群を、一瞬にして消し去ってしまった。
聖女の持つ聖力による浄化、とはまた違うと思う。
(あれでは、まるで──)
その時、ローレンス殿下が不意にその場に腰を下ろした。黄色の花々が咲き乱れる、花畑の上に。
「魔獣を消滅させたのは、俺だよ」
やっぱり、と思った。
聖女の浄化とは、また違う。
まるで最初から何も無かったかのように忽然と消え失せた。あれは、浄化ではない。消滅だ。
その時、どこからかふわふわと白い蝶が飛んでくる。
(あの蝶は……)
あの夜にも見たものだ。
その白い蝶は、ローレンス殿下の指先に止まった。
しばらく、ローレンス殿下は指先に留まった白い蝶を見つめていた。白の蝶の翅が揺れ動く度に、鱗粉が光を帯びたように煌めいた。
「……はじまったな」
ふと、ローレンス殿下が呟いた。
思わず彼を見ると、ローレンス殿下は未だ、白い蝶を見つめながら淡々と答えた。
「王城が民によって取り囲まれたようだ。城門が突破されるのも、時間の問題だと思うよ」




