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【書籍化&コミカライズ】毒を飲めと言われたので飲みました。  作者: ごろごろみかん。
4.花畑で約束を

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聖女とは根性と気力がものを言う

「っ……ゲホ!」


丘を下り、城下町に入ると途端、瘴気が押し寄せてきた。

黒の煙霧の中に、ぎらついた瞳が見える。

魔獣だ。


城下町に入ってすぐのところで、私は立ち止まった。

見える範囲に人の姿は見えない。

みな、避難したのだろう。


指を絡め、印を結ぶ。


「ヴヴォ…………」


魔獣が、唸り声を上げた。

私を視界に入れた魔獣が数匹、私を獲物として認識したようだ。


「……来なさい。あなたがたの苦しみを、取り除きしょう」


魔素の塊が生み出した化け物、魔獣。

全身から魔素を放ち、ふつうのひとが触れるだけで魔素に感染してしまう。


私の言葉がわかったわけではないだろうけど──私がそう言うと、魔獣たちが飛びかかってきた。





「っは……っはぁ……っはぁ……っはぁ」


荒い呼吸を何度も繰り返して、私は壁に肩を預けながら、よろよろと歩き進めた。

あれから、どれほどの魔獣を祓っただろうか。

だけど、視界にはまだまだたくさんの魔獣があちこちに見える。


魔獣の数は、三千……。


荒い呼吸を何とか宥めようとしても、すっかり息が上がってしまってそれも叶わない。

額に滲んだ汗を拭う。


ぐっと手を握った。

まだ、聖力は尽きていない。

大丈夫。


ふたたび顔を上げた私は、また魔獣討伐に乗り出そうとしたところで──ひとの悲鳴を聞いた。


「きゃあああ!!」


「…………!!」


(まだ、ひとが残っている!?避難しそこねたの……!?)


咄嗟に、その場を駆けた。

向かった先には、ひとりの女性が子供たちを守るようにして覆いかぶさっていた。

元は花屋だったのだろう。店先に鉢植えや花がいくつも置かれている。

しかし魔獣の襲撃を受けたのか、屋根や壁は崩れ落ちていた。


その時、唸り声をあげる魔獣の声を聞いた。

ハッとして振り向くと、そこには魔獣が。


それも、一匹ではない。

彼らをぐるっと囲うようにして魔獣が集結しているのだ。

聖力を持たない人間──つまり餌だと認識してしまったためだろう。

魔獣は、人間の生気を得て、その力を増幅させる。


(二、三………だめだわ、数えられない!)


彼女たちの元にたどり着いた頃には、すっかり私たちは魔獣に囲まれてしまっていた。


「大丈夫ですか!?」


「あ……あ……?」


女性は、肩を震わせてゆっくりと顔を上げた。

顔は青ざめ、絶望を感じさせる表情だ。

私は彼女の肩に手を当てて、極力落ち着いた声を出すように努めた。


「もう大丈夫です。ここがどこか分かりますか?立てますか?」


「あ……あなたは……」


「私は、彼らを浄化しなければなりません」


この場を離れるよう続けて伝えようと思ったが、すぐにそれは悪手だと気がつく。

このまま街門に向かう前に、また彼女たちは魔獣に襲われてしまうだろう。

そして、今気がついたが彼女は幼い子を三人連れている。子供を連れて逃げるのは、至難の業だ。


少し考えた私は、まつ毛を伏せてから、また彼女を見つめた。

彼女は、困惑しているようだった。

突然現れた、私に。


「私の傍から離れないで」


「聖女……様?」


彼女がぽつりと、その言葉を口にした。


「──え」


「聖女、様………シャリゼ様…………!?」


彼女は言葉にして、もはやそうとしか思えなくなったのだろう。

絶望的な状況だったからこそ、それを助けた相手が死んだはずの王妃(シャリゼ)だと思ってしまった。


彼女はそれまでの自失した様子からは打って変わって、私に縋り始めた。

胸元を強く掴まれて、離れない。


「あのっ……手を」


「シャリゼ様、女神様、どうかお助けください!!お許しください……!どうか、どうか!!」


「落ち着いてください!!今は、そんなことを言っている場合ではありません!!」


一喝すると女性の体がびくりと跳ねる。

私は無理に女性の手を外すと、言い聞かせるようにゆっくりと、彼女と目線を合わせて言った。


「あなたには守るものがあるはずです。今は、助かることを考えてください」


「そ……それは」


「分かりましたね。子供を守れるのは……母親のあなたしかいません」


私が彼女の子供たちに視線を向けると、三人の子供たちは怯えたように蹲っていた。身を寄せあって、必死に恐怖に耐えている。


聖力を使えば、母親と子供たちを守ることは可能かもしれない。

だけど、こころまでは聖力で守れないのだ。

それができるのは、子供たちの母である彼女だけ。


私が視線を向けたことで、彼女も自身の守るべき存在を思い出したのだろう。

先程のように私に縋ることはせず、凛とした様子で強く頷いた。


「……はい。はい。どうか、どうか」


「ええ。……信じていてください」


彼女と約束した私は、立ち上がって振り向いた。

魔獣の数はまた増えている。

正直、笑いたくなってしまうほどの数だ。


聖力切れを起こす前に、必ず彼女たちを安全な場所に連れていく。


(大丈夫)


だって私は、救世の聖女なのだから。

聖力が不足したところで、血液や気力といったものから補填すれば──まあ、なんとかなるはず。

結局のところ根性論なのだが、聖女の仕事って最終的には気力がものをいう。


(陳腐な言い方だけど……【諦めないこと】。これが一番重要なのよね)


そう思った私は、魔獣たちと相対すると、にこりと笑った。


「さあ、いらっしゃい。あなたたちを祓ってさしあげます」


指で印を結び、聖句を唱える。


「迷える魔のものよ。光ある道に進みなさい。さすれば、女神マチルダがあなたたちを認め、裁き、赦し給うでしょう──」


最後まで言い切る前に、魔獣たちが襲いかかってくる。

背後から、ヒッと息を呑む声が聞こえた。


手を構え、聖力を放つ。


眩いほどの白が視界を覆った。






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