表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/62

聖女として、かわりはなく

ノアがふたたび拠点としているだろう一軒家に戻ったと同時、ルイスが入れ替わりに外に出てきた。

その姿は普段と変わらない。しっかりと髪は結われ、サーコートを着用している。

いつも通りの彼の様子に、私はホッと胸を撫で下ろした。


良かった、ルイスも無事だったんだわ……。


ノアに、ルイスとカインが回復したことは聞いていたが、こうして目の当たりにしてようやくそれを実感する。


「シャリゼ様……」


ルイスが私を見て、ホッと安堵した様子を見せる。

彼も、同じように心配してくれていたのだろう。

私はルイスを見て尋ねた。


「体は大丈夫?」


「それは私のセリフです。意識が戻られたとはお聞きしていますが、もう動いても問題ないのですか?」


逆に聞かれた私は、苦笑を浮かべた。


「ええ。心配をかけてしまってごめんなさい。だけど、一週間も寝ていたからもう大丈夫よ。それにね、ルイス」


私はちらりと背後に視線を向けた。

それに、ルイスが顔を険しくする。

彼も、聞いているのだろう。

王都に魔獣の大群が押し寄せたことは。


「ゆかれるのですね」


ルイスが静かに言った。

それは、確信を持ったような言い方だった。

私は彼の言葉に頷いて答える。

城下町は魔素に汚染され、魔獣が蔓延っている。

急いで対処しなければ、魔獣の大群は城下町を荒らした後、近辺の村や街を襲うようになるだろう。

そうすれば、それは間違いなく甚大な被害を産む。

今、何とかしなければ。

私は振り返ると、ルイスを見て言った。


「ルイス、あなたはノアについていって」


「は……」


彼が、僅かに目を見開く。

それに、珍しいな、と場違いにもそんな感想を抱いてしまった。


いつもルイスは落ち着いている。

彼は、滅多に取り乱さないひとだ。


その彼が、目を見開いて、動揺を露わにしている。

信じられない、いや、信じたくない、といった様子だ。

それに、私は苦く笑った。


「あの場に、あなたを連れて行けない」


あの場、というのはもちろん城下町のことだ。


(街は既に魔素で汚染されてる。聖力を持たないひとが足を踏み込んだら、すぐに汚染されてしまう)


ウーティスの森のように、ルイスに聖力を使用しながら城下町に入るのはあまりにもリスキーだ。


魔獣の数は三千。それを全て浄化するのはまず不可能。せめて魔獣を行動不能にするか、あるいは王都から追い払うしかないのだけど、それすらもかなりの聖力を消費することだろう。


私が聖力切れを起こす方が先か、魔獣を追い払う方が先か。


時間との勝負になるだろう。


「聖力に余裕がないの。私は、あなたを守り切れるか分からない」


「…………」


ルイスは何も言わなかった。

ただ、まつ毛を伏せ、彼は苦悩するように眉を寄せていた。

ぐっと、歯を食いしばったルイスが言った。


「……かしこ、まりました」


それは静かな声だったが、しっかりと聞こえた。


「ありがとう」


「礼を言われることではありません。騎士として、主人の負担になるなどあってはならないこと。……本来は、私から言うべきでした。考えが及ばず申し訳ありませんでした」


「いいのよ」


ほんとうは、彼も同行したかったことだろう。

彼は、その身分を捨ててまで私と共に来てくれることを選んだひとだ。


彼の、騎士としての忠誠を私はよく知っている。

だからこそ、彼は悔しいと感じている。


主人ひとりを戦地に向かわせることに、きっとルイスは無力感を感じているはずだ。

だから私は、ルイスを見上げて言った。笑みを浮かべて。


「ルイス」


「はい」


「……ノアの力になってあげて。あの子は、(ヘンリー)を倒すと決めた。……だけど、その道のりは酷く険しく、とても長い。だから、あなたが彼を導いてあげて。ノアには頼れる部下が大勢いるけど、あの子が信じられるひとは存外少ないの。だからね、ルイス」


「……かしこまりました。シャリゼ様に代わり、ノア殿下の御身をお守りいたします」


ルイスは、私の言いたいことがわかったのだろう。

胸に手を当てて、騎士の礼を執った。


「ありがとう。ノアをよろしくね」


「は」


短く彼は承諾の意を示して、頭を下げた。


「シャリゼ様も、どうか……ご無事で」


ルイスの言葉は短かったが、その声音は、こころを引き絞られるような、そんな苦しさがあった。


騎士として、主人のそばを離れるのは……きっと、辛いことに違いない。


だけど、それが最善だと彼も知っているから、私の命に従っている。

私はルイスの気を軽くしたくて、笑って言った。


「湿っぽいのは苦手なの。ルイス。また会いましょう!その時にはノアは王冠を戴いていて、この王都にもひとが戻っているはずだわ。それを信じて、今は別れましょう。幸運を、祈るわ!」


明るく言うと、ルイスも微かに笑みを浮かべた。


「シャリゼ様に、女神様のご加護がございますよう。私も、信じております」


そして彼は、既に発ったノアとルークに追いつくために、馬を乗りこの場を後にした。





残されたのは、私ひとり。

侍女や侍従はいるものの、彼らともここでお別れだ。


私は、一度家に戻った。

自身が寝かされていた部屋に戻り、支度を整える。

顔面蒼白にしたニナを気遣いながら、私も出立の準備を進めた。


顔を隠すためのローブを羽織る。

万が一に備えて短剣を腰に挿した。


「……よし!」


そして、ちいさく呟いて気合いを入れる。

まつ毛を伏せて、自身の聖力の残量を推し量る。

全快……とは言い難いが、八割方回復している。


これくらいあれば、普段の魔獣討伐なら問題ないはずだ。

だけど……今回は、魔獣の大軍。

どれほど持つかは、正直賭けのようなものだった。


だけど、約束してしまったから。


ローレンス殿下と。

ノアと。

ルイスと。


そこでふと、思い出す。

ローレンス殿下とした約束──。


あれは、夢だったのだろうか。

それとも現だったのだろうか。


少し考えたが、小指を絡めた感触はしっかりと覚えている。


どちらにせよ、今は考え込んでいる余裕はない。

夢にもしろ、現にしろ、彼と約束したことのは確かなのだ。

そう思った私は、ゆっくりと息を吐いた。


もう一度顔を上げて、鏡に映った自分を見る。

いつもと同じ、緑色の瞳と目が合って──私はひとつ、頷いた。

既に、覚悟は決まっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ