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暗黒の日 ②



私たちは一度、外に出ることにした。

ここはどこなのだろうと思っていたけど、外に出てその場所を知る。

王都郊外の、森近くにある高台の一軒家。おそらくノアが個人的に購入した家なのだろう。隠れ家、拠点にしていたのかもしれない。


外に出て、私とノアはふたりして息を呑むこととなった。

王都の至る所に魔素──黒い煙霧が立ち込めている。あれに触れたら、聖力のない人間はたちまち魔素に汚染されてしまう。

汚染された人間の末路は悲惨だ。指先から腐敗が始まり、やがて手足は腐り落ちてしまう。

最終的には、魔素に汚染された人間は死に至る。緩やかな死は確定されていて、だからこそ魔素は人々に恐れられていた。


「なんてこと……」


呆然と、掠れた声で呟いた。

目の前の光景が、現実のものだとは思えなかった。

街門は既に用をなしておらず、開かれっぱなしだ。本来守る憲兵たちはみな逃げ出したのだろう。そこから、魔獣が雪崩込んでる。


黒の獣があちこちに塊となっていて、城下町はもはや廃墟のような有様だ。


愕然としていると、ノアがふらり、と一歩足を踏み出した。


「ノア……」


思わずノアを見る。

彼は、静かに城下町を見下ろしていた。


その瞳は、絶望や諦観に満ちていなかった。

ただ、力強い薄青の瞳で、見下ろしている。

それを見て、私は悟った。


ノアは、諦めていない。

諦めずに、打開策を考えている。


それなら、それなら。

私のすべきことは──。


私はもう一度、彼の名を呼んだ。


「ノア」


弾かれたようにノアが顔を上げる。

彼は私を見て、狼狽えたようにその瞳を揺らした。

私もまた、一歩踏み出した。

草を踏む音がする。


「あれらは、私が抑えるわ」


「何言っ──」


「だから、ノア。その間に、あなたは革命の下準備を終わらせて」


強い声で、彼の言葉をさえぎった。

ノアの瞳は、動揺に揺れていた。


「だけど、きみは病み上がりだ!まだ完全回復したわけじゃない。シャリゼ、きみは安全な場所で」


「ノア、分かってるでしょ?」


彼は必死にそう言い募っていたが、私がそう言うとぐっと言葉を呑んだ。

きっと、彼もわかっている。


私が、引かないことを。

私が、逃げないことを。逃げられないことを。


だからこそ、彼は必死に言い募ったのだろう。

僅かな逡巡の後、ノアはくちびるを噛んだ。

視線を落とし、まつ毛をふせ、彼は言う。


「魔獣の数は、今までの比じゃない。きみひとりじゃ無理だ」


「完全討伐は……難しいだろうけど。弱体化させ、追い払うくらいはできると思うわ。ノア、あなたが今すべきことは何?」


「シャリゼ、僕は」


「王になるんでしょ!ノア・ヴィクトワール!!」


まだ迷っている様子の彼に、私は強く言った。

怒鳴るような声に、ノアが息を呑み、目を見開いた。

鮮やかな、春の空のような薄青の瞳が私を見ている。

私は、彼の顔を、瞳を、しっかりと見つめながら言葉を続けた。


「あなたは、ヘンリーを倒し、王位を簒奪し、玉座に座るのでしょう!?それなら、迷っている暇はない。ヴィクトワールの王になるなら、これくらいのことで動揺し、判断を誤ってはいけないわ!!ノア、ヴィクトワールの王として今すべきことは何!?」


詰問すると、ノアは絶句したようだった。

まるで、頬を打たれかのような衝撃を覚えたようだった。


「──…………」


少しして、彼はまつ毛を伏せる。


「……ごめん、シャリゼ」


一言、そう言ったノアはふたたび私を見つめる。

その瞳を見て、私は確信した。

彼の意思は、既に定まっている。


「……これ以上、魔素の被害者を出すわけにはいかない。僕の名で、避難命令を出す」


「ええ」


「シャリゼは魔獣を抑えて。ただし、消滅させなくてもいい。奴らの動きを止めるか、あるいは追い払うことを第一に考えて。僕は神殿に掛け合って、聖女が残っていないか確認する。その上で」


ノアはそこで言葉を切った。

私も、頷いて答える。


ノアは強く私を見つめて言った。


「城に侵攻する。速やかに王位を得た後は、軍を動かして魔獣対策に打ち出す」


彼の薄青の瞳は、高い温度で燃える炎のようだ。

それに、私は笑みを浮かべた。


「今、僕に必要なのは時間だ。シャリゼ、僕はもう行くね。……僕は、きみを信じている」


きっと、それがノアの今の精一杯の言葉だ。


ほんとうは、逃げるよう言いたいのだろう。

ほんとうは、無理をするなと言いたいのだろう。


だけど、それはできない。

なぜなら、彼はヴィクトワールを統べる王になるのだから。


王ならば民のため、国のため、判断を誤ってはならない。


彼の気持ちは、気遣いは、嬉しいのだけど。

それでも、私にも王妃だったものとしての責務があるし、責任がある。


それに何より、私はこの国、ヴィクトワールが好きだから。


私もノアも、気持ちは同じなのだ。

国のため、ヴィクトワールを守るため。


動かなければならない。


「ええ、ノア。また、後で」




もう少しで一章最後に繋がります

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