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私たちは既に知っている

次に目が覚めた時には、体調はだいぶ回復していた。

室内には見慣れない女性が控えていて、私の意識が戻ったことに、心底安心した様子だった。


「シャリゼ様……良かった。一週間も眠られていたのですよ」


「一週間も……?」


「はい。時々目は覚まされていましたが、意識がだいぶ朦朧としていて……。とにかく、熱が高かったのです」


「あなたが看病してくれたの?」


起き上がると、体の節々が痛む。

ずっと寝ていたからかしら……。

尋ねると、女性は頷いて答えた。


女性の名前はニナ。

ノアの部下の妻だと言う。


一週間寝ていたということは、神殿に侵入してからも一週間、ということ。


(ローレンス殿下に……会った気がする)


そこで、少し会話をしたんじゃなかったかしら。

どこまでが夢で、どこまでが現か、分からない。


ニナが私の額に手を当てる。

すっかり、熱は下がっているようだった。

寝汗が酷いので、湯を使うことにする。未だ気だるさは感じるものの、それだけだ。動けないほどではない。


ニナに案内されて浴室に向かい、湯に浸かる。

ホッとひと息つきながら、私はゆっくりと考え込んでいた。

今後、どうすべきか。何をしたいか。


私自身は、何をしたいのか。





入浴を終え、服を着替えると誰かが扉をノックした。ニナが応対し、訪問者はノアだと彼女は伝えた。

着替えも済んでいたので、入室の許可を出すと、ノアが部屋に入ってきた。


「シャリゼ……」


ノアは、今初めて私の生存を知ったと言わんばかりの様子だった。

良く考えれば、私は神殿でノアを見ていたけどノアは私を私だと認識することなく意識混濁に陥ったのだ。

神殿を出たあとは私がダウンして、ずっとベッドの住人だった。

ちゃんと再会するのはこれが初めてということになる。


ノアは目を見開いて私を見ていた。

その白金のまつ毛が震えている。

掠れた声で私の名を呼んだ彼は、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。


「ノア」


私も一緒に腰をかがめると、ノアが私の手首を掴んだ。その力の強さに、息を呑む。


「よかった。……ほんとうに、ほんとうに。僕はきみが死ぬとは思ってなかった。だけどもしかしたら、と思ったんだ。きみは、ほんとうに死んでしまったのではないか、って」


「ノア……」


ノアの手は、震えていた。

それだけ、心配させてしまった。

不安にさせてしまった。

私はノアの肩を軽く抱き寄せて、その背を何度か摩る。

ノアは、泣いていた。


「……相変わらず、泣き虫ね」


「きみが、泣かせるんでしょう」


ぽろぽろと、ノアは静かに泣いていた。

彼の眦から涙がこぼれ、頬をつたい、カーペットを濡らした。

私は苦笑した。


「ごめんなさい。もっと早く、伝えるべきだった」


ノアに私の生存を伝えようとウーティスに向かったものの、ウーティスの森で三日さまようことになり、彼とは会うことができなかった。

ノアは、首を横に振る。その肩は微かに震えていた。


「心配をかけてしまってごめんなさい」


「いい。いいんだ、シャリゼ。きみが生きてた。それだけで、僕は」


「色々あって……。そうだわ、ルイスは?それに、ルークも。ノア、あなただって瀕死の重症だったのよ。もう動いて大丈夫なの?」


神殿で、私たちはそれぞれ重軽傷を負った。

ノアに至っては、致命傷になりかねないほどの傷だった。

それを思い出して、私はノアの肩を掴んで引き離した。

ノアの顔は涙に濡れていたが、私の言葉を聞くと、彼は驚いたように目を丸くした。


そして、苦笑を浮かべて私に言った。


「僕は大丈夫。弾は貫通していたしね。ルイスもルークも問題ないよ」


「──そう。良かった」


「問題は、きみだ、シャリゼ。きみは聖力の使いすぎで、酷く寝込んだ。きみの体は悲鳴をあげていたんだよ」


「ここまで聖力消耗したことがなかったから知らなかったけど……発熱するものなのね……」


やはりそれは、枯渇した聖力を補うためにあらゆる力を聖力に変換するから、だろうか。

体が無理をして、休息を必要とする。

私の言葉に、ノアが真剣な眼差しで私を見た。


「約束して、シャリゼ。もう無理はしないと」


「…………」


彼の言葉に、私は黙ってノアを見つめ返した。

返答しない私に焦れて、ノアが私を呼ぶ。


「シャリゼ」


「ごめんなさい、約束はできないわ。だってノア、あなたも同じ状況に陥ったら、私と同じようにするでしょう?」


苦笑して言うと、ノアは言葉を失った。

彼も同じだから。

だって、ノアはあの場で、神殿の中で、彼はエイダン・リップスもろとも死ぬつもりだった。

少なくとも、ノアは私のことを言えないと思う。

絶句するノアに、私は微かに笑った。


「……仕方ないわね。私たちは、そういうふうにしか生きられないのだもの。私たちは、自分の命の価値を知っている。だからこそ、命を使う場所を選んでしまうのね」


「……シャリゼは」


ノアは何か言いかけたが、その先は続かなかった。きっと、何を言いたいのか、いや、言おうとしているのか、上手く言葉にならなかったのだと思う。

だけど、ノアのその気持ちは少しわかる気がして──私は、彼の手を取った。


「とりあえず今は、お互いの無事を喜びましょう。そして、ノア。あなたがしようとしていることを教えて。私も、私にできることはしたい。そう思っているの。……この国のために」






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