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救世の聖女、シャリゼ

「シャリゼが死んだ?……ほんとに?」


皇子──と呼ばれる立場の青年は、目を見開いた。

チェスを楽しんでいた彼は、その指を止めて、優雅に顎に手を添える。

報告をしたのは、彼の従僕であり、側近の男だった。


「ふぅん……。そう」


「動かれないので?」


「今、このタイミングで?下手したら国家分裂を招いて、戦争になるよ」


男は、そう言いながらふたたび駒を持つ。

チェス盤にそれを置くと、対面には誰も座っていないのに相手側の駒が勝手に持ち上がり、移動した。

チェスを楽しむ主人を見ながら、側近の男が言葉を続ける。


「では、様子見を続けるよう、指示を出しておきます」


そして、彼は深く頭を下げ部屋を出ていった。


ここは、塔の屋上。屋上庭園のテラスだ。


時刻は夜。宵闇に包まれる世界の下、彼はぽつりと言葉を続けた。


「──何もせずとも、あの国はもう長く持たない」


ヴィクトワールの今後は、二択のうちどちからだ。


真実に気づいた民の手で血の粛清が始まるか。

あるいは──新たな英雄が現れるか。


どちらにせよ、今のヴィクトワールが砂上の城であることには変わりない。


ここは、ヴィクトワールの隣国に位置する、アルカーナ帝国。

長年、ヴィクトワールの辺境ウーティスと小競り合いしている国である。

土地はヴィクトワールの三分の二ほどで広大とは言えないが、軍事力に優れ、多数の従属国を従えている。


チェスを楽しむ銀髪の男──名を、ローレンス・アルカーナ。

アルカーナ帝国の三番目の皇子である。


ローレンスは、ふと、星空を見上げ、ため息を吐いた。

ゆっくりと、その椅子の背にもたれる。


「……ようやく、ウーティスの小競り合いの原因が分かり、それを防ぐための提案をしたというのに……。ヴィクトワールの現王は想像以上の愚か者だな。前代は、そうでもなかったんだが」


独りごちるように、彼は呟いた。


ヴィクトワールの終焉は、もう始まっている。







王妃シャリゼが処刑されてから一ヶ月。

民の興奮は既に冷めていた。

もはや、それどころではなかったのだ。


「税金の引き上げって、どういうことよ!!」


ひとりの女性は、新聞を手に悲鳴をあげた。

それに、新聞配達の青年が顔を顰める。

彼女は、男に食ってかかった。


「どういうこと!?増税ばかりしていたシャリゼは処刑されたのよね!?それなのにどうして!!」


「そ、そんなの俺に聞かれても知らねぇよ!新王妃のステラ様が悪いんじゃないか?」


「ステラ様は元平民よ!!そんな方が、私たちをさらに苦しめるような真似するわけないじゃない!」


「じゃあ何でだよ!?俺だってわからねぇよ!」


諍い合う男女の姿に視線が集まる。

やがて通行人が足を止め、彼らの会話に入っていく。


「ステラ様は元はシャリゼと同じ家の人間なんだろ?それなら……」


「ステラ様は、孤児だったところを貴族に拾われたんでしょ?それで、あたしたちのために国を変えるって仰ってたじゃない!」


女性が、ヒステリックに答えた。

その声に感化されたように、男も怒鳴った。


「じゃあどうして、増税なんだよ!?ステラ様の贅沢が理由だって言うじゃないか!」


「そんなわけない!ステラ様に限ってそんなわけが……!!」


次第に人々の口論は激しくなり、やがて取っ組み合いの喧嘩を始めるものまでいた。

慌てて、それを見た通行人が憲兵を呼んでくるが、既にあちこちで喧嘩が始まり、乱闘状態だ。


つい一ヶ月前までは楽しげに騒いでいたと言うのに。

今や見る影もない。




治安は一気に悪くなり、物価も高くなる。

そんな日々が続いたある日、人々は気付き始めた。


「もしかして……シャリゼ妃は、処刑してはいけないひとだったんじゃないか」


誰が言い出したかは分からないが、それは真実のように聞こえた。


薄々感じ始めた新事実に、しかし人々は目を背けた。

散々暴動を起こし、罵倒し、貶した。

結果、シャリゼは王に処刑されたのだ。


シャリゼの処刑を声高に望み、叫んでいた身としては、その行いが間違いだったと……そう簡単には認められないのである。


もしそうなら、自分たちは冤罪でひとりの女性を殺したことになる。

それはあまりに恐ろしく、凍りつくほどの恐怖を彼らにもたらした。



しかし、それを肯定するように、民の生活はどんどん苦しくなった。


増える税金。

神殿は、耳に心地よい言葉を口にするだけで、生活は全く楽にならない。


平民出身のステラが王妃になり、彼女が暮らしを変えてくれると、国民は信じていたのに──。


そして。

──後世に語り継がれるほどとなる、ヴィクトワール最大の暗黒期が訪れる。


今まで、魔獣がひとの生活圏内にまで現れることは無かったというのに、急に姿を見せるようになったのだ。

前までは、魔獣は森の奥深くにのみ出没していた。

それなのに、街や村にまで押しかけるようになった。





その日も、王都に魔獣の大群が現れた。


「きゃあああ!魔獣よ!魔獣の大群がこっちに来てる!!」


「家に篭れ!聖女様たちが来るまでの辛抱だ!!」


住民はそう信じ、願い、聖女の到着を今か今かと待ったが──。


しかし、いつまで待っても救援は寄越されなかった。


もはや、神殿は正常に機能していないのだ。


魔獣の数が増えすぎた。

しかも、その凶暴性も今までとは桁違いだった。

神殿所属の聖女では手も足も出ず、魔素に汚染される人々が急増した。

各地に神殿の支部が置かれているが、そこは既に魔素患者で満床状態であり、治癒が追いついていない。


明らかに、おかしい。


魔獣の数が増えてきているとは聞いていたが、こんなに突然、機能しなくなるはずがない。


彼らはひとつの予感を抱いた。


「もしや……」


「もしかして……」


シャリゼの功績は、全て事実だったのでないか?


だから、シャリゼがいなくなった今、こんな状況になっているのでは?


神殿は、シャリゼの功績を偽りだと言ったが、それこそが嘘だったのでは……。


じわじわと、後悔と恐怖が押し寄せる。




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