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過去の縁

夢を見た。

これは、きっと夢だ。

そう自覚する。

辺りは一面の花畑だった。

ざぁ、と風が吹いて私は髪を抑える。


「っ……」


気が付くと、目の前に男の子がいた。

彼は銀色の髪に、青い瞳をしていた。

私と一緒に、花冠を作っている。


そうだ、そうだった。

花冠の作り方を知らない彼に、私が教えてあげると、そう言ったのだった。

一生懸命に彼が茎を編んで冠を作っている。

それを見ているとまた、場面が変わった。


男の子は寂しそうに俯いている。

それを見て、私は何をそんなに寂しがるのかと、そう思った。


「……あなたって、変なところで臆病なのね」


思った以上にとっても高い声が出た。

そういえば、視線も低い。

男の子の肩が、ぴくりと揺れる。

それを見て、私は笑った。


「仕方ないわね。じゃあ、私が一緒にいてあげる!」


「……一緒に?」


男の子が、そっと顔を上げた。

青だと思っていた瞳は、夕暮れの陽を受けたためか赤く染っていた。


まるで迷子の子供だわ──。


(そういえば、(ステラ)も家に来てすぐの頃は、こんな顔をしていた)


そう思うと、私は目の前の少年に対し、お姉さんぶりたくなった。

腰に手のひらを当てて、胸を張って宣言する。


「だから、私があなたの██になってあげる!」


その瞬間、ひどいノイズ音が広がり、本を閉じたかのように景色が突然消え去った。

残されたのは、ただの闇。


気がつけば私はひとり。

手のひらからは、光の粒がちらちらと暗闇を輝かせていた。

まるで泡沫のように弾けては消える。それを見つめながら、私は導かれるようにその光の粒の先を追った。






ひんやりとした冷たさを額に感じて、私はかすかにまつ毛を持ち上げた。

どうやら、眠っていたようだ。


(わたし…………)


何度か瞬きを繰り返す。

倦怠感が激しくて、指先一本動かせる気がしない。呼吸が荒く、自分の呼気が熱を持っている。


苦しみと怠さに目を閉じようとした時、空気に揺らぎを感じた。


「う……ん?」


気配のした方向を見て、私は思わず目を見開いた。

そこには。


「……すまない。起こしちゃったね」


「…………ローレン、ッぐ、げほげほ!!」


アルカーナ帝国の第三皇子、ローレンス・アルカーナ殿下だ。

彼は、ベッドのすぐそばに立っていた。

ベッド……そうだ。ここは、どこ?

私はどうして……。

そこまで考えて、記憶を辿る。

そしてすぐに思い出した。


(そうだ……私、神殿に行って)


ノアが手榴弾を投げて、エイダン・リップスが死に、私たちは間一髪、執務室から逃げ出すことが出来たのだ。

ルークに案内してもらい、隠し通路を進んだのだけど、神殿を出たあたりから記憶が無い。

恐らくそこで、私は気を失ってしまったのだと思う。

ルイスはノアを背負っていたし、ルークが運んでくれたのだろうか。

額に手の甲を押し当ててそこまで考えた時、私は荒い呼吸のまま、彼に尋ねた。


「ノアは……」


「王弟殿下もあなたの騎士も、神官も皆無事だよ」


「…………そう」


良かった。心底思った。

安堵の息を漏らす私に、ローレンス殿下が不意に、ベッドの端に腰を下ろした。

密室に、異性とふたりきり。本来なら警戒しなければならない場面だが、生憎そうするだけの体力も、気力も、今の私にはなかった。

ただ、ただ、しんどくて、辛くて、怠い。

気を抜くと苦しみのあまり涙が滲んでしまいそうな程だった。


ローレンス殿下が、そっと手を伸ばした。


(なにを……)


するつもりなのか。

思わず彼の動きを目で追うと、彼は私をとおりすぎて、その横のサイドテーブルに置かれた盥に手を伸ばした。

そこから手巾を取り出す。ちゃぷ、とかすかに音がしたので、水が張ってあるのだろう。

彼は手巾を絞ると、私に声をかけた。


「少し冷たいよ」


「っ……」


冷たい手巾が、額に乗せられる。

それで、先程の心地いい感触は、これだったのか、と理解した。

私はぼんやりと彼のことを見ていた。


なぜ、彼はここにいるのだろう。

どうして、私の世話をしているのだろう。


(そういえば……)


さっき、不思議な夢を見た。

どんな内容だったっけ……?

もう思い出せない。


ローレンス殿下が、濡れた冷たい手巾を額に軽く押し当てながら、私を見て言った。


「……お疲れ様、シャリゼ。あなたはすごいよ。よく頑張った」


「……ローレンス殿下は」


何を聞きたかったのかわからない。

ただ漠然となにか聞こうとして、口を開いた。

だけど私が何か言うよりも先に、彼が言った。


「俺の本名はね、ローレンス・フォティノース・アルカーナ。……あなたは、ティノと呼んでいた。俺は、吸血鬼なのに輝き(フォティノース)という意味を持つこの名前がずっと嫌だった。アルカーナに輝きを与えるような存在に。……そんな意味を込めて命名したと、そう聞いたけど、それにしたって吸血鬼に輝きはないでしょう」


ローレンス殿下は、ベッドサイドのカウチに腰をかけ、苦笑した。

そして私を見て、僅かに首を傾げて微笑む。


「そう言ったらね。あなたが、『それなら私はティノと呼ぶわ』……とそういったんだ」


「そ、ゲホッ」


言葉を発しようとすると、咳き込んでしまう。

何度か咳き込んだ後、私は額に乗せられた手巾を手に取って、首筋に当てた。ひんやりとした感触が、酷く気持ちがいい。


「……そういえば、昔、私とあなたは会っているといっていましたね……」


ローレンス殿下は、頷いて答えると衝撃的な事実を口にした。


「俺があなたを噛んだから、あなたの聖力が発現した」


「噛ん……!?」


「ここ」


ローレンス殿下は、自身の首筋に手を当てる。

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