過去の縁
夢を見た。
これは、きっと夢だ。
そう自覚する。
辺りは一面の花畑だった。
ざぁ、と風が吹いて私は髪を抑える。
「っ……」
気が付くと、目の前に男の子がいた。
彼は銀色の髪に、青い瞳をしていた。
私と一緒に、花冠を作っている。
そうだ、そうだった。
花冠の作り方を知らない彼に、私が教えてあげると、そう言ったのだった。
一生懸命に彼が茎を編んで冠を作っている。
それを見ているとまた、場面が変わった。
男の子は寂しそうに俯いている。
それを見て、私は何をそんなに寂しがるのかと、そう思った。
「……あなたって、変なところで臆病なのね」
思った以上にとっても高い声が出た。
そういえば、視線も低い。
男の子の肩が、ぴくりと揺れる。
それを見て、私は笑った。
「仕方ないわね。じゃあ、私が一緒にいてあげる!」
「……一緒に?」
男の子が、そっと顔を上げた。
青だと思っていた瞳は、夕暮れの陽を受けたためか赤く染っていた。
まるで迷子の子供だわ──。
(そういえば、妹も家に来てすぐの頃は、こんな顔をしていた)
そう思うと、私は目の前の少年に対し、お姉さんぶりたくなった。
腰に手のひらを当てて、胸を張って宣言する。
「だから、私があなたの██になってあげる!」
その瞬間、ひどいノイズ音が広がり、本を閉じたかのように景色が突然消え去った。
残されたのは、ただの闇。
気がつけば私はひとり。
手のひらからは、光の粒がちらちらと暗闇を輝かせていた。
まるで泡沫のように弾けては消える。それを見つめながら、私は導かれるようにその光の粒の先を追った。
☆
ひんやりとした冷たさを額に感じて、私はかすかにまつ毛を持ち上げた。
どうやら、眠っていたようだ。
(わたし…………)
何度か瞬きを繰り返す。
倦怠感が激しくて、指先一本動かせる気がしない。呼吸が荒く、自分の呼気が熱を持っている。
苦しみと怠さに目を閉じようとした時、空気に揺らぎを感じた。
「う……ん?」
気配のした方向を見て、私は思わず目を見開いた。
そこには。
「……すまない。起こしちゃったね」
「…………ローレン、ッぐ、げほげほ!!」
アルカーナ帝国の第三皇子、ローレンス・アルカーナ殿下だ。
彼は、ベッドのすぐそばに立っていた。
ベッド……そうだ。ここは、どこ?
私はどうして……。
そこまで考えて、記憶を辿る。
そしてすぐに思い出した。
(そうだ……私、神殿に行って)
ノアが手榴弾を投げて、エイダン・リップスが死に、私たちは間一髪、執務室から逃げ出すことが出来たのだ。
ルークに案内してもらい、隠し通路を進んだのだけど、神殿を出たあたりから記憶が無い。
恐らくそこで、私は気を失ってしまったのだと思う。
ルイスはノアを背負っていたし、ルークが運んでくれたのだろうか。
額に手の甲を押し当ててそこまで考えた時、私は荒い呼吸のまま、彼に尋ねた。
「ノアは……」
「王弟殿下もあなたの騎士も、神官も皆無事だよ」
「…………そう」
良かった。心底思った。
安堵の息を漏らす私に、ローレンス殿下が不意に、ベッドの端に腰を下ろした。
密室に、異性とふたりきり。本来なら警戒しなければならない場面だが、生憎そうするだけの体力も、気力も、今の私にはなかった。
ただ、ただ、しんどくて、辛くて、怠い。
気を抜くと苦しみのあまり涙が滲んでしまいそうな程だった。
ローレンス殿下が、そっと手を伸ばした。
(なにを……)
するつもりなのか。
思わず彼の動きを目で追うと、彼は私をとおりすぎて、その横のサイドテーブルに置かれた盥に手を伸ばした。
そこから手巾を取り出す。ちゃぷ、とかすかに音がしたので、水が張ってあるのだろう。
彼は手巾を絞ると、私に声をかけた。
「少し冷たいよ」
「っ……」
冷たい手巾が、額に乗せられる。
それで、先程の心地いい感触は、これだったのか、と理解した。
私はぼんやりと彼のことを見ていた。
なぜ、彼はここにいるのだろう。
どうして、私の世話をしているのだろう。
(そういえば……)
さっき、不思議な夢を見た。
どんな内容だったっけ……?
もう思い出せない。
ローレンス殿下が、濡れた冷たい手巾を額に軽く押し当てながら、私を見て言った。
「……お疲れ様、シャリゼ。あなたはすごいよ。よく頑張った」
「……ローレンス殿下は」
何を聞きたかったのかわからない。
ただ漠然となにか聞こうとして、口を開いた。
だけど私が何か言うよりも先に、彼が言った。
「俺の本名はね、ローレンス・フォティノース・アルカーナ。……あなたは、ティノと呼んでいた。俺は、吸血鬼なのに輝きという意味を持つこの名前がずっと嫌だった。アルカーナに輝きを与えるような存在に。……そんな意味を込めて命名したと、そう聞いたけど、それにしたって吸血鬼に輝きはないでしょう」
ローレンス殿下は、ベッドサイドのカウチに腰をかけ、苦笑した。
そして私を見て、僅かに首を傾げて微笑む。
「そう言ったらね。あなたが、『それなら私はティノと呼ぶわ』……とそういったんだ」
「そ、ゲホッ」
言葉を発しようとすると、咳き込んでしまう。
何度か咳き込んだ後、私は額に乗せられた手巾を手に取って、首筋に当てた。ひんやりとした感触が、酷く気持ちがいい。
「……そういえば、昔、私とあなたは会っているといっていましたね……」
ローレンス殿下は、頷いて答えると衝撃的な事実を口にした。
「俺があなたを噛んだから、あなたの聖力が発現した」
「噛ん……!?」
「ここ」
ローレンス殿下は、自身の首筋に手を当てる。