表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/62

無念を晴らすために

「シャリゼが死んだ……!?」


「は。先程、伝令が報告をもってやって参りました。既に処刑は執行され、シャリゼ妃は亡くなられた……と」


部下が全てを言い切る前に男──ノアは、机の上に置いてあったものを薙ぎ払った。


ガシャーン!バサッ!という音が大きく響いた。

机上に置かれていたインク壺、羽根ペン、書類、封蝋といったあらゆるものが、音を立てて机から落とされてゆく。


彼が人前でこんなにも動揺するのは珍しい ことだった。

取り乱した主人に、騎士は狼狽える。


「ノ、ノア殿下……!落ち着かれてください」


「落ち着いていられるわけないだろ!!シャリゼが殺されたんだぞ!?あの愚王に……愚かな、国民共に!!」


「殿下!!」


王と民を明確に批判したノアを諌めるように、騎士が名を呼ぶ。


その時、扉がノックされた。


誰何する間もなく、訪問者は室内に入ってくる。


そして、その男は机の周りの惨状を見ると、憂いを帯びたため息を吐いた。


「……殿下。お気持ちはわかりますが、落ち着いてください」


モノクルをかけた男は、齢六十半ばほどだろうか。白い顎髭を蓄え、鋭くノアを見つめている。

その瞳に射抜かれて、ノアは押し黙った。


「ここであなたが取り乱して何になります。あなたの暴言が、かの王の耳に届いたら今度こそ戦場送りにされますよ」


「……分かっている!だけど、マクレガー将軍」


老齢の男性──名を、ジョンソン・マクレガー。

代々、騎士を輩出するマクレガー伯爵の前当主だ。今は退いて息子に家督を譲っている。

彼はノアに付いてこの辺境の土地、ウーティスまでやってきた。


年老いたとはいえ、マクレガー将軍の力は健在だ。


彼の力があったからこそ、この小競り合いも今は小康状態にまで持ち込めたのだった。


思い詰めた様子のノアに、マクレガー将軍がさらに言った。


「時を見誤ってはなりません。まだ、時期尚早です」


「……シャリゼが」


「ええ。シャリゼ妃は、さぞお悔しかったことでしょう。志半ばで、あの方は逝ってしまわれた。その無念を、貴方様が晴らすのです」


「…………」


しばらくノアは黙っていたが、やがてグッと拳を強く握った。

そして、顔を上げる。


もう、その顔に先程のような鬱屈とした感情は見られなかった。


彼は、押し込めたのだ。

その苛烈な感情をこころの奥底に。


鮮やかな空色の瞳が、真っ直ぐにマクレガー将軍を射抜いた。


「……取り乱してすまなかった。……カイン、報告の続きを」


呼びかけられたノアの部下、カインはハッと我に返ったように慌てて頷いて答える。


「は。シャリゼ妃の葬儀は執り行わず、共同墓地への埋葬となります……」


「なんだと……?」


王族が、共同墓地に埋葬されるなど過去に例がない。

掠れた低い声を出すノアに、またしてもカインは冷や汗をかいた。

それに、冷静な声でマクレガー将軍が答える。


「シャリゼ妃は、稀代の毒婦として処刑されました。埋葬されるだけ、まだ良かった」


「っだが……!シャリゼは、由緒正しいゼーネフェルダー公爵家の娘で、王妃なんだぞ!?こんなことが許されるのか……!?っ守旧派は何をしている!?今こそ、奴らは抗議するべきだろう!!」


守旧派は、身分や家柄を重視した、古くからの伝統を重んじる一派だ。

それに対し、神殿は真逆な思想を標榜していた。


『貧しい生まれでも、能力や才能によってはその限りではない。そうで在らねばならないのだ。ヴィクトワールは、今こそ生まれ変わるべきだ』


革新派と守旧派。


真っ向から対立しており、守旧派のトップがシャリゼ、そのひとだった。

そのシャリゼが王によって理不尽に処刑され、さらに共同墓地に埋葬されたなど、彼らは抗議して然るべきである。


そう思ってノアがマクレガー将軍に問うと、しかし老齢の将軍は首を横に振って答えた。


「彼らはシャリゼ妃の処刑を皮切りに、自分たちも罰せられるのではないかと狼狽えております」


「クソ、腰抜けどもめ……!」


「彼らも、今は動きたくとも動けないのでしょう。民は、神殿を信じていますから」


「は!あの国家転覆を狙う国賊を信じるだと!?信じられないほど愚かだな!我が国の民はどこまで馬鹿なんだ!?」


「殿下」


マクレガー将軍にふたたび声をかけられ、ノアはこめかみを抑える。


そして、意識的に息を深く吐いた。

そうでもしないと、腸が煮えくり返るような怒りを堪えることは出来なかった。

ギリ、と歯を食いしばる。


(……シャリゼ)


あの日、彼女は言った。


『私は内から。あなたは、外から。必ずこの国を取り戻すの。大丈夫。悪は必ず滅ぶ運命なのよ。あなたと私なら必ずできるわ。私なら大丈夫。だって私には、女神様のご加護があるもの』


(僕の手を握って、あなたはそう言った)


そう言った、じゃないか……。


ノアは強く、強く、拳を握った。

爪が深く食い込み、手のひらに血が滲む。

それでも、彼は手を解くことが出来なかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ