神殿の間諜
ノアの側近、カイン──。
神殿からのスパイである可能性が高く、私が王妃という地位にあった時、最後まで信じられなかったひと。
マクレガー将軍が指示を求めて私を見るので、私は少し考えた末、頷いて答えた。
そして、私は入口からは死角となるよう、扉のすぐ右に移動する。
ルイスを手で呼び、彼も私の隣に並んだ。
(ノアが王都に向かったこのタイミングでなぜ……)
警戒しつつも見つめていると、マクレガー将軍が入室の許可を出した。
扉が開き、カインが部屋に入ってくる。彼は私たちに気がつくことなく、真っ直ぐにマクレガー将軍の元に向かった。
「突然、申し訳ありません」
「何があった?」
「それは……」
カインはそこで言いにくそうに言葉を切った。
しかし、言おうとしていた言葉は既に決めていたのだろう。僅かな沈黙の後、彼はキッパリと言った。
「私は、エイダン・リップスが寄越した間諜です」
「…………!」
そうだろう、と思っていたが本人の口からそれを知らされて、思わず息を呑む。
マクレガー将軍も、眉を寄せた。
なぜこのタイミングで告白したのかと、そう思っているのだろう。
それに対し、カインは俯き、静かに言った。
「私は、元はヴィクトワールのため、民のため、神殿に入りました。聖力が現れた私は神官として神殿に仕え、聖女様方の手伝いをしてきた……。そうすることでヴィクトワールの助けになると信じ、疑わなかった。……明らかにおかしいと思うようになったのは、当時王太子殿下だったヘンリー殿下が即位されてからです」
カインは淡々と話を続けた。
私が幼い時から、神殿の発言や影響力は無視できないものだった。
だからこそ、お父様は平民のステラを引き取ったのだから。
神殿は、王家とは別の組織だ。
王家の管轄ではなく、独自の、切り離された組織。
その在り方が危険視されたのだろう。
代々、神殿の幹部職には王家の人間が就くようになっていて、今代は前王弟、エイダン・リップスだった。
神殿に呑まれたのか、神殿を呑み込んだのか。
それは定かではなかったが、私が社交界デビューする頃には、既にエイダン・リップスは王位を狙うようになっていたように思う。
彼は、許せなかったのだろう。
前国王の弟である自分ではなく、僅か二十二歳のヘンリーが即位したことが。
カインの話を聞くに、その線が正しいように感じた。
カインは、ぐっと強く拳を握りながら、項垂れていた。それでも、その声だけは切実で、ハッキリとしている。
「陛下の……毒殺を命じられたこともあります。しかし、それは実行できませんでした」
「シャリゼがいたからか」
マクレガー将軍の言葉に、カインはかすかに頷いた。