表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/62

不気味な森の罠

「ん……」


「ローレンス殿下!!ご無事ですか!?」


槍を三本もその身に受けたのだ。

本来なら無事であるはずがないのだが、先程の様子を見るに、怪我は治っているようだった。

声をかけると、ローレンス殿下は額に手の甲を当ててぼうっとした様子だった。


それから、彼は何度か瞬きを繰り返すと、ゆっくりと起き上がる。

ルイスがその背に手を添えた。


「ありがとう」


ローレンス殿下が礼を言い、周囲を見渡した。

そして、彼の血で染まる槍を見る。


「……罠、か」


「ご無事で、何よりです。ですが、ローレンス殿下……」


どう聞いたものか言葉に悩む私に答えたのは、ローレンス殿下ではなく。


「吸血鬼──」


ぽつりと、呟くように言ったのはルイスだった。


思わず彼を見ると、私の視線を受けたルイスがハッとしたように顔を上げる。

そして、言いにくそうにしながらも言葉を続ける。


「……いえ。先程、殿下の口元を拝見した際、牙のようなものが見受けられました。それで……思い出したのです。この国の、成り立ちを」


「ヴィクトワールの成り立ち……」


ルイスの言葉を、繰り返すように私も呟いた。


勝利の国、ヴィクトワール。

その名の通り、ヴィクトワールは古の民が勝利を手にして得た国である。

ヴィクトワールと名をつけたのも、その栄誉が失われないようにするため。勝利の証として、昔の人々はヴィクトワールと名付けたのだ。


遠い昔──建国神話では、ヴィクトワールは魔族に支配されていたとされている。

それに対抗するために立ち上がったのが、当代の聖女たち。

人々は聖女を守り、ついには魔族を打ち倒した。

そして、自由を得た人々はこの土地にヴィクトワール、と名付けたのだ。


「だけど……ローレンス殿下は魔族などではないと、そう仰ったわ」


それに、建国神話はおとぎ話のようなものだ。

遠い昔に作られた物語に、時を経る度に脚色がされていき、今や様々な説が広がっている。


ヴィクトワールの子供たちは、 寝かしつけの際、

『早く寝ないと魔族に連れていかれてしまうわよ』と言われて育つ。

幼い子供は母のその言葉に震えることになるのだけど、大人になるにつれ、知るのだ。

魔族など、存在しない──と。


私の言葉に答えたのは、ローレンス殿下だった。


「魔族ではないよ。アルカーナ(我が)帝国には、その考えはない」


つまり、それは。


「幼少期に見た絵本や、過去の文献で、魔族と思われる挿絵を目にしたことがあります。……長い牙が印象的だと思いました。とある文献には、魔族は血を吸い、人間から力を奪う、と書かれていました。……建国神話の調査は、今までたくさんの学者が行ってきており、現在に至るまで、数多の推論が提唱されています。その数はあまりに膨大で……そして、どこまでが真実かも分かりません。ですが──ふと、思ったのです。あなたの……その牙を見た時に」


ルイスに言われて、私も建国神話に纏わる文献を思い出す。


しかし、彼の言うとおり建国神話に関する文書は大量にあり、魔族の正体についても様々な仮説が立てられている。


魔族は、実はトロールの仲間だった、というものから、思考回路を持たない細菌の仲間だった、というものまで。実に様々だ。


だけど──確かに私も、ルイスの言うような文献を過去に目にしたことがあった。


(……吸血鬼?)


ローレンス殿下が?

混乱する私に、ローレンス殿下が静かに、淡々と答えた。


「そうだよ。俺は吸血鬼だ。しかし、これだけの情報でよくわかったね」


「…………」


思わずぽつりと口からこぼれただけで、まさかほんとうに吸血鬼──だとは思いもしなかったのだろう。

ルイスは動揺した様子で息を呑んだ。


反対に、私はどこか冷静な頭で、今までのことに得心がいっていた。


アルカーナ帝国が、その土地の面積に反し、優れた軍事力を持っている理由。

いくつもの国を従属国としている訳。


それは、彼らが人間ではなかったからだ。

傷を受けても、このようにすぐに治ってしまうなら──それは、戦争においてはとんでもない脅威となることだろう。

銃や剣が効かない、ということなのだから。


ローレンス殿下が吸血鬼だった、という非現実的な事実を前にして私も動揺しているが、そもそもこの森自体が現実離れしているためか。

そこまで感情を乱さずに済んでいるように思う。


「探索は、ここまでにしましょう。この先を進むのは……危険です。今は何も用意をしておりません」


私は、石版が動き、現れた地下への階段を見ながら言った。

瞬間、くらり、と目眩がする。

咄嗟に足を踏ん張って、よろめくのを堪えた。


(どうして、目眩、なんて)


そう考えて、瞬間、違う、と答えを悟る。

これは、ただの目眩ではなく、聖力不足──。

ふと思い出すのは、ローレンス殿下の言葉だった。


『いざと言う時、聖力が足りない……という事態を招きかねない』


(……なるほど、こういうこと)


私は道中、ルイスに聖力を使用していた。

そして、先程聖力を使用し、ローレンス殿下の傷を治癒しようとした。

治癒は上手くいかなかったけれど、予想以上に聖力を消費していたようだった。

私の聖力量は桁外れだ──と、言われている。私自身、聖力不足に陥ったことなど、ここ数年なかった。

だから、驚いた。

そして、驚きと同時に、理解もした。


この森は、ほんとうにおかしい、と。

残りの聖力はどれほどだろう。

私は、まつ毛を伏せて自身の聖力の残りを静かに推し量った。


(まだ……大丈夫)


魔素を浄化したり、ひとを治癒したりといった聖力の行使をしなければ、問題はないと思う。

森が、何もしてこなければ。

私は口端を持ち上げ、笑った。

追い込まれて、焦りを感じてもおかしくないのに、この状況に陥って、どうしてか不敵な感情を抱いた。

ローレンス殿下は乱れたシャツやローブを手で直しながら私を伺うように見た。


「シャリゼ?」


その言葉に、私は目を閉じ、深呼吸を一度してから、彼を見る。

そして、ハッキリと答えた。


「……聖力の残りに不安があります。森を抜けることは可能だと思いますが、念の為お伝えします」


ルイスは息を呑み、ローレンス殿下は目を見開いた。

だけど、すぐにローレンス殿下は落ち着いた様子で頷いて答える。


「……急いで森を出よう」


ローレンス殿下は何事も無かったかのように立ち上がった。

先程、凶刃に倒れたひとの振る舞いには見えなかった。


やはり、彼はひとではないのだろう。


思わず見つめていると、ローレンス殿下が言った。


「……あまり驚いてないみたいだね。シャリゼは」


「いいえ。驚いております。……ですが、あなたが──いえ、アルカーナ帝国の方々が吸血鬼であるなら、納得のいくことも多いのです。あなた方は……刃や銃弾では命を落とさないのですね」


それは、驚きを含みながらも、確かめるような声になった。

ローレンス殿下が肩を竦めて答える。


「そうだね。それくらいじゃ、吸血鬼は死なない」


「…………」


「それじゃあ戻ろうか。護衛騎士のきみ、今の時刻は?」


ローレンス殿下がルイスに尋ねる。

ルイスは、眉を寄せ、険しい表情をしていた。

恐らく、私に聖力を使わせてしまったことを思い悩んでいるのだと思う。

だけど、本来ならこれくらいでは聖力不足に陥るはずがないのだ。

この森の環境が影響しているのか、それともローレンス殿下──吸血鬼に聖力を使用したがために、大幅に聖力を消費したのか。

ハッキリとした理由は分からないが、今考えても仕方ない。

今は、早くこの森を出るべきだと私は思った。

ルイスも同意見だったのだろう。

彼は手早く懐中時計を取り出した。


「夕方の十八時四十一分を指しています」


私たちは共に空を見上げた。

針葉樹は泉を中心として広がっており、ここには木々が生えていない。


陽は変わらず泉に降り注いでいる。

時間を確認しなかったら、真昼間だと思ってしまいそうなほど、この森は明るかった。


ルイスから懐中時計を受け取ったローレンス殿下は、パタンとそれを閉じ、言った。


「不気味な森だな。……だけど、収穫はあった。地下を調べれば、この森の効力を無効化することが出来るかもしれない」








そして、私たちは帰路に就いた。

もともと来た道を戻ればいいだけ、なのだけど。


「道が変わってる……?」


ルイスとローレンス殿下と森の中を歩きながら、ふと、私は呟いた。

一面木々が広がっているので分かりにくいけれど──記憶と異なっているように見えた。

修正しました 2025/02/10

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 日光も平気そうだったな。いわゆる『真祖』かそれに近いのかな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ