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真の悪は誰?

「号外!号外だよ!稀代の毒婦、シャリゼが処刑された!!」


「一枚くれ!」


「あたしにも一枚ちょうだいっ!!」


新聞売りの青年の手に群がるようにして、ひとびとはそれを手に取った。

そこには、本日の日付で、王妃シャリゼの処刑が執行されたことが書かれていた。


シャリゼは、毒を飲んで死んだ。

悪は倒されたのだ。


中年の女性、おそらく主婦だろう。

彼女が安堵の息を吐いた。


「はぁーっ、ようやくか。長かったねぇ……」


「だけどこれで、俺たちの暮らしが良くなるんだ。王様に感謝しないとな」


ベレー帽を被った壮年の男性が、感慨深そうに言った。


「王妃様、死んじゃったのー?」


ちいさな子供が、首を傾げて大人たちを見る。

少年に向かって、ひとりの男性がにかりと笑った。


「そうさ!悪は倒されたんだ。搾取される生活は、もうおしまいだ!!」


城下町では、至る所でお祭り騒ぎだった。

肉屋の店主は、声をはりあげて客を呼び込む。


「どうぞどうぞ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!そこの奥さん!今日は特別に羊のロースト肉なんてどうかな?悪しき国賊、シャリゼが死んだんだ!今日はいい日だ!!」


花売りの少女は、歌うように高らかに叫んだ。


「お花、いかがですか?今日はおめでたい日です。何せ、稀代の毒婦、シャリゼが死んだ日ですもの!愛しいひとや、大切なひとに贈るお花はいかがですか!?」


広場で演奏を披露する楽団は笑う。


「今日は、ヴィクトワールの喜劇をお聞かせします。題目は、稀代の毒婦、シャリゼの処刑……」


国中が、歓喜に沸いた。


何せ、ヴィクトワール王妃シャリゼは、民からとても嫌われていた。


【国を貶める、悪女】

【稀代の毒婦】とまで、彼女は呼ばれていたのだから。







ヴィクトワール王妃シャリゼ──享年二十歳。


シャリゼは、ヴィクトワール国の有力貴族、ゼーネフェルダー公爵家に生まれた。

公爵令嬢だった彼女は、六歳の頃、現在の王、ヘンリーとの婚約が決まる。


そして、同時期、彼女は聖女の才能に目覚めた。

シャリゼは、ほかの聖女たちと同様、神殿入りすることになった。


シャリゼは、豊富な聖力を持っていた。

その力を使い、彼女は様々な奇跡を起こし、人々を救った。


【救世の聖女】──。


彼女はそう呼ばれ、崇められ、称えられた。

彼女がいれば、魔獣など怖くもない。


神が遣わした、聖女様だと、民衆は持て囃した。


それが一転したのは、神殿が真実を公表してからだった。


【ゼーネフェルダー公爵家の令嬢、シャリゼに聖力はない。今までの彼女の功績は全て、ほかの聖女によるものだった】


──と、今までの、シャリゼの功績は全て、誤報(・・)だったと報告したのだ。


それを受けた人々は、彼女にガッカリし、失望した。


『ゼーネフェルダー公爵家のシャリゼは、他の聖女の功績を奪い、我が物顔でいた』


『あたかも自分こそが奇跡の聖女であると言わんばかりに振る舞った』


『ゼーネフェルダー公爵家のシャリゼは、とんでもない嘘つきだ!!』


最初は失望するだけだった国民だが、やがて話が広がるとともに怒りに火がつきはじめた。

全ては、そこから始まったのだろう。


彼女が嘘を吐き、他人の功績を奪っていたと言うのに、神殿や王家は彼女を罰さなかった。


それも、おかしい。

なぜ、シャリゼは罰を受けない?


考えた群衆たちは、こう解釈した。


ゼーネフェルダーは公爵家だ。

それも、力のある有力貴族。

恐らく、公爵家は神殿や王家に圧力をかけたのだろう。シャリゼは、王太子の婚約者である。それくらい、造作もないことだろう。


また、厄介なことにその意見を支持する貴族や豪商たちが現れ始め、その説に真実味を持たせた。

嘘か本当かもわからない、憶測だけが先行し、誰もが疑心暗鬼に陥った。


やがてもう少し時が経つと、もはやそれが真実かどうかはもう問題ではなくなっていた。


ただ、彼らは探していたのだ。

日々の暮らしの苦しみをぶつける先を。


そんな時。

神殿が増税を表明した。


基本、民への課税は王家がするものだが、魔獣対策への税金──聖税だけは話が別だ。


魔素の汚染が原因で生み出される怪物、魔獣。

神殿は、魔獣殲滅のために造られた組織だ。


聖力が発現したら神殿に出向く。

そして、神殿所属の聖女となり、魔獣の駆除に注力する。

それが、ヴィクトワールの民の常識だ。


ヴィクトワールの民にとって、神殿所属の聖女になることは、とても名誉なことだった。


聖女の仕事は、魔獣の駆除、魔素の浄化、人々の治療だ。


それらの費用は全て、国民の税金によって賄われていた。


聖税が引き上げられた理由は、昨今の魔獣の量が増えたからだという。

神殿は対応に追われ、聖女の数が足りていない。


その話を聞いた人々は、シャリゼのことを思い出した。


『あの女が神殿入りなどしなければ、将来有望だった聖女が入っていたはずだ』


『そもそも、シャリゼが嘘など吐かなければ神殿も、聖女育成に力を注いでいたはずだ。あの女が嘘さえ、吐かなければ!』


『ここでもシャリゼか……』


『またあの女のせいか!!』


人々の怒りには、さらに火がついた。

ますます、シャリゼへの悪感情が育っていったのだ。


そして、シャリゼが十六歳の時。

国王が早世した。

跡を継いだのは、シャリゼの婚約者である王太子、ヘンリーだった。

当時、ヘンリーは二十二歳だった。


シャリゼが十七歳になると、彼女はヘンリー王と結婚し、ヴィクトワールの王妃となる。


王妃となったシャリゼは、政に介入するようになった。

王妃が政に関わるのは、ヴィクトワール史上、初めてのことだった。


彼女はどんどん悪政を敷いていった。


人頭税、通行税、暖炉税などあらゆる税金の引き上げ。


そして──ある日。

そんな悪妃の、とんでもない醜聞(スキャンダル)が明るみになった。


王妃シャリゼは、王弟ノアと恋人関係にあったのだ。


話によると、王妃付きの侍女がその現場を目撃したらしい。

ふたりは元々恋人だった、という噂話が流れた。

シャリゼとノアは年齢が近かったのだ。

それがまた、噂に拍車をかけることとなった。

シャリゼはヘンリーと六歳差だが、ノアとは二歳差だ。


王弟は、責任を取らされた。

辺境に飛ばされ、兵役に就くことを命じられたのだ。

辺境の地では、度々隣国との小競り合いが起きていた。その指揮を執り、争いが収束するまでは戻ってくるな、と王から厳命を受ける。


その命が下ったことから、ふたりの不義密通は事実だったのだろう。

人々はそう考えた。


情欲に溺れ、私利私欲に政を行う、稀代の毒婦。

稀代の聖女と呼ばれた彼女は、いつの間にか国中からの嫌われ者となっていた。


そして、王妃の不義密通が、最後の引き金(トリガー)となった。


『神殿の聖税の引き上げも、あらゆる税の引き上げも、そもそも聖女不足に陥ったのだって、シャリゼのせいだ!!』


『もはや、彼女は存在するだけでこの国、ヴィクトワールに害を為す悪魔だ!!』



ついに、ヴィクトワールの民は立ち上がった。


ヴィクトワールは、勝利の国だ。

ヴィクトワールの民であるなら自らの手で、勝利を勝ち取らねばならない。


民衆は、各地で暴動を起こした。


「王妃を殺せ!!」


「悪逆な王妃を処刑しろ!!」


「民のことなど何ひとつ考えていない王妃に、死を!!」


王都だけでなく、各貴族が治める領地でも暴動が起きた。

それらは全て、各領主の私兵や憲兵の手によって沈静化されたが──民の怒りは深い。


権力や武力で抑えれば抑えるほど、民衆の悪感情は育った。


このままではいずれ、革命が起きるだろうと誰もが思っていたところで──王妃シャリゼの処刑が決まった。



『悪しき王妃がついに罰を受ける!!』




ヴィクトワールの民は沸き立った。


そうして、【稀代の毒婦】シャリゼは処刑された。




悪は倒れ、国には平和が戻る──はず、だった。



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― 新着の感想 ―
強欲神殿・愚政王政・愚国民と中々三拍子揃った国でよくまあまともな公爵令嬢いたもんだともいえますな(と、おそらく辺境に飛ばされた王弟殿下)。 さて愚者どもどう踊るのか。
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