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人惑わせの森、禁忌の森、黄昏の森

とは言っても。


ウーティスの森には何かある、程度のことしか分からなかった。

魔獣が発生していないのに、魔素が充満しているのもおかしい。

だけどここではそれ以上詳しく調べることは出来なかった。


図書館を後にして、宿に戻った私はベッドの上に腰を下ろし、ため息を吐いた。


(明日、ローレンス殿下はウーティスの森の手前で待っていると言った……)


なぜこのタイミングでヴィクトワールを訪れたのか、その理由は『早い内に片付けた方がいいから』だと彼は言った。

それはつまり、このまま放置していればますます状況が悪化することを指している。


(それに……ローレンス殿下は、十四年前に私と会っていると言ったけど)


全く覚えていない。やはりあれは彼の嘘なのだろうか。

そうだとしたら、わざわざ嘘を吐く意味は?

謎かけのような意味深長な言葉も気になる。

ハッキリ答えて欲しい、と何度思ったことか。


その彼と、明日も会わなければならないのだ。


正直、気は重い。

重いが、行く他、選択肢はない。


元とはいえ私はこの国の王妃だった。

王妃は、王が不在の時に代わりに国を守る義務がある。いざという時のために動けるように、私も覚悟を持って日々を送っていた。


だけど……流石にこの状況は想定していなかったわ……。


私は、ばたり、とベッドの上に倒れ込んだ。

そのまま、手を額に押し当てる。


思考を整理して、今日あった出来事を思い返していた私は、ゆっくりと息を吐いた。


「……よし!」


今、思い悩んでいても仕方ない。

どうせ明日はウーティスの森に行くのだし、ローレンス殿下には会うことになる。

それは決まっていることなのだから、今すべきことは考えるよりも。


「……寝ないと!」


魔素の浄化ももちろんそうなのだが、森を歩くのもとても体力を消費する。寝不足で動けない……なんてことになったら、目も当てられない。

そう思った私は、枕に顔を押し付けて、毛布を胸元まで引き上げると──目を閉じた。


(明日のヴィクトワールが今日よりもより()いものとなりますように)



──幼い時と同じように、そう願いながら。







次の日。

マクレガー将軍に一連の流れを報告した後、私とルイスは約束通りウーティスの森へ向かった。


そこには、ローレンス殿下が既に私たちを待っていた。

やはり、護衛らしき姿は見当たらない。

彼は私たちを見ると、少し笑った。


「やっぱり来たね」


「あのようなことを言われたのです。来ないはずがありません」


昨日の彼の言葉を思い出す。


『あなたが、真実、この国、ヴィクトワールを愛しているのなら。王妃でなくなった今も──あなたは、明日、あの森に来ると信じているよ』


──なんて、行かなければ愛国心がないとでも言いたげな言い方だった。


その挑発に乗ったわけではないけど、やはりそう言う言い方をされて不快なことには変わらない。

私が抗議するようにローレンス殿下を見ると、彼はぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「ああ、そっか。ああ言えば、あなたは来ないわけにはいかないもんね」


「……不愉快だったから来たわけではありません。確かに、あなたの言葉に思うところはありますが……あなたが昨日仰ったこと──ウーティスの森に、ひとを惑わす作用があるなら、早急に何とかしなければならない。私も同じ意見を抱きました。ですから、ここに来たのです」


「一晩で、ずいぶん詳しくなったね。調べたんだ」


ローレンス殿下は意外そうに言った。

私はそれには答えず、彼の背後に聳える木々──森に視線を向ける。


「あれが、ウーティスの森……ですね。地図では、ずいぶん広いようですが」


「そりゃあ、アルカーナとヴィクトワールの国境をまたぐほどだからね。かなり広い。俺たちが目指すのは、森の深層部だ。あなたの格好を見るに、森歩きは問題なさそうだけど……」


ローレンス殿下が私の服装を見下ろす。

森を歩くとなれば、必然、編み上げブーツが必要となる。

ワンピースも、シンプルで動きやすいものを選んだ。ほんとうは、ズボンを着用したかったのだけど、流石に女性がズボンを履いているとなると衆目を集めることだろう。


ここには、私を知る人物はほとんどいないとはいえ──万が一、ということもある。


あまり、視線を集めるのは得策ではないと判断し、ワンピースにしたのだ。


ローレンス殿下は服装を確認し終えると、視線を上げて私に言った。


「疲労を感じたら、教えて欲しい。なるべく休憩を挟むようにはするけど、それでも結構な距離を歩く」


「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、ウーティスの森は、ひとを惑わせる作用があるのでしょう?あまり長居するのはよろしくないのでは?」


尋ねると、ローレンス殿下が森に視線を向け、答えた。


「俺には効かない。恐らく、あなたも。……ただ、彼はどうかな。彼は、聖力を持っていないでしょう」


ローレンス殿下が言う【彼】とは、ルイスのことだった。

話に挙げられたルイスは、私を見て、ローレンス殿下に視線を向けた。


「……それは、私はここで待つように、と。そういうことでしょうか」


硬い声で、彼が言う。

ルイスとしては、受け入れられないのだろう。

私も、自身の騎士が離れるのは不安がある。

ローレンス殿下を見ると、彼は少し悩むようにしながらも答えた。


「……高確率で影響を受けると思う」


「私が、妃殿(ひでん)……シャリゼ様を、害すと?」


「それが、この森の恐ろしいところだ。きみも、このウーティスの森でなぜ両国の小競り合いが絶えなかったのか──昨日、知ったはずだ」


「…………」


ルイスはぐっと押し黙った。

ウーティスの森の影響を受けて、(わたし)を害す。それは、彼が最も恐れていることだろうから。


「……あなたは、私は影響を受けないと仰いました。それは私が聖女だから?」


「そうだ」


「では、私が彼に聖力を使いながら行く、というのはどうでしょう」


「いざと言う時、聖力が足りない……という事態を招きかねない。俺は反対だ。だけど……あなたも、自身の護衛が離れることに不安を感じると思う。あなたにとって、まだ俺は信頼に値する人物ではないだろうしね」


「…………」


私は答えなかった。その通りだからだ。

私にとってアルカーナという国は、ヴィクトワールにちょっかいをかける敵国──とまでは言わないけど、危機感を抱いている国だった。それは警戒している、と言い換えることも出来る。

彼はその国の、皇子なのだ。

正直、まだ彼の言葉は完全に信じきれていない。半信半疑なところがあった。


だからこそ、信頼出来る騎士が離れるのは恐れがある。


ローレンス殿下は頷いて言った。


「では、あなたが彼を守ってあげて。……主人が、騎士を守る……というのも妙な話だけどね」


それにルイスがなにか反応するよりも先に、私は言った。

彼のその言葉は、確かに事実なのだけど、彼の騎士としての矜恃を傷つけるものだと判断したからだ。


「ルイスはいつも私を守ってくれているわ。森に入っても、それは変わりません」


「……失礼。失言だった」


ほんとうにそう思っているのかは分からないが、ローレンス殿下はそう言うと森に足を踏み入れた。


私とルイスも、それに続く。




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