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破滅へのカウントダウン

ノアがもうすぐ王都に到着する。

それまでの辛抱だ。


もはや、ノアの帰還だけが頼みの綱だった。

早く戻ってこい、と自分で辺境の地に追いやったにも関わらず、ヘンリーは縋るようにそう願った。


むしろ、ヘンリーとしては名誉挽回の機会をやったとすら考えていた。

ノアは、王の妃と関係を持った。


ヘンリーは、侍女の証言も神殿の報告も信じきっていたのだ。


だからこそ、ノアは過去の醜聞の分まで働いてくれると、そう思っていた。


落ち着きがない王の様子に、ラミウムが気の毒そうに彼を見る。


ヘンリーは恐怖のあまり呼吸が荒くなり、手が震え、顔からは血の気が引いていた。


夜、ベッドに入っても民衆の怒鳴り声が頭から離れないのだ。

今こうしている時も、城は攻められて落ちてしまうのではないか。

寝ている間に、侵入を許してしまうのではないか。

朝起きたら、自分はもう掴まっていて処刑を待つ身になっているのではないか──。


考えれば考えるほど恐ろしくて、ヘンリーはここ数日、まともに眠れていなかった。


ステラは今、ゼーネフェルダー公爵家を訪れていた。

金を融通してもらえないか公爵に打診すると彼女は言ったが──デーヴィドは、ヘンリーをよく思っていない。

再三、ステラとの付き合いを考え直すようしつこく言ってきた彼を、ヘンリーは無碍にした。


『一貴族が口を出すことでは無い』──そういった時のデーヴィドの顔には、失望がありありと浮かんでいた。

それに、ヘンリーは一瞬、もしかしたら自分はとんでもないことを口にしたのでは、という思いに駆られたが、構わない。自分は王で、国の権力者なのである。

どうとでもできると、それを無視した。


結果、ステラが妃になったことで勢力を増した神殿は、王家を裏切った。

今にも城から引きずり出されそうなヘンリーとステラを、今になってデーヴィドが助けてくれるだろうか……。


思い悩むヘンリーに、ラミウムはヘンリーに投与する精神安定剤の数を増やそうと思った。


(これが終わったら、侍医に相談しに行かなくては……)


そこで、ハッと気付く。

侍医は、先日襲撃を恐れて城を逃げ出してしまったのだった。


(仕方ない。侍医には劣るが、薬師を連れてくるか)


ヘンリーは夜、寝る前に精神安定剤を服用するようになった。

しかし、もはや薬の効果は得られないほど彼は憔悴し、それに比例して薬の服用も増えてゆく。

結果、下手に薬への耐性が出来てしまい、薬が効きにくくなるという悪循環に陥っていた。


それはステラも同様で、ふたりして薬物依存状態だ。


薬もそう安くない。


ステラの七百万ポンドの指輪の件があり、国庫は完全に底を突き、今は民からの税すら徴収できない有様だ。

もちろん、神殿からの助力はなかった。


ラミウムは、「それから」と言葉を絞り出した。

それを口にするのは、なかなか勇気がいることだった。


「アルカーナ帝国ですが……先ほど、書簡が届きました」


ラミウムの重苦しい声に気づくことなく、ヘンリーが一筋の光明を見たり、と顔を輝かせる。


「!!ほんとうか!皇帝は……アルカーナの皇帝はなんと言っている!?」


ヘンリーは、アルカーナに助けを求めていた。

今までさんざん小競り合いをしておきながら、何を今更、という状況ではあるのだが、もはやヘンリーは藁にもすがりたい思いだったのだ。

それに、ラミウムは渋い顔をして答えた。


「『ウーティスの件は、貴国のノア殿下と話がついている。貴国の騒動について、アルカーナは関与しない』……と」


「な、なん……だ、と?」


ヘンリーはそのまま、よろよろと崩れ落ちた。


ここさいきん、何度かアルカーナ帝国から『ウーティスの小競り合いの件で話し合いがしたい』と話をもちかけられていた。

しかし、ヘンリーはヴィクトワールにより良い条件で戦いを終わらせたかったので、アルカーナからの提案を拒否したのだ。

それも、後になっていい選択だったと彼は思った。


何しろ、ウーティスの地でノアが武勲を上げ、戦いは小康状態になった。

その時点で戦況は、ヴィクトワールが有利な状況だった。

戦いはひとまず休戦となったが、その後の対談はヴィクトワール有利で話を進められる……はずだった。

だから、ウーティスの件を譲歩することを条件にすれば、アルカーナ帝国は手を貸すだろうと彼は思ったのだ。


しかし、そもそもの話。

今、ヴィクトワールは革命が起きかねないほど国が荒れている状況だ。長年、仲の悪かった隣国アルカーナ帝国からしてみたら、格好の襲撃チャンスである。


それなのに、ヘンリーはウーティスでの小競り合いをヴィクトワール有利で休戦に持ち込めたのだから、アルカーナは言うことを聞くだろう、と思っていたのだ。

呆然とするヘンリーに、ラミウムが言う。


「陛下。もはやここまでです。国を出ましょう。海を超えればツォベラー国です。先々代の妹御が嫁がれていますので、その縁を辿れば……」


「国を捨てろというのか!?この俺に……!!」


「ですが、もう打つ手はありません!もはや、ステラ妃を処刑しても民の怒りは収まらない。王が代わりでもしない限り……」


思わず、と言った様子でラミウムは言った。

それに、ヘンリーが息を呑む。


つまり、民衆はもう王の首を刎ねなければ気が済まないのだ。


「……俺のしたことは間違いだったのか?シャリゼが正しかったとでも言うのか!?なぁ……!!」


錯乱したようにヘンリーがラミウムに掴みかかる。

その時、扉がノックされ、従僕がステラの帰城を報せた。



──ゼーネフェルダーから助力は得られない、という凶報を持って。





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