表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/62

王妃シャリゼの処刑


「王妃を殺せ!!」


「悪逆な王妃を処刑しろ!!」


「民のことなど何ひとつ考えていない王妃に、死を!!」


城外に押し寄せた民の声を聞きながら、私は最後の紅茶を口にした。

そのうち、この騒乱は憲兵や近衛騎士の手によって沈静化されることだろう。


もっとも、その時にはもう、私はこの世にはいないだろうけど。


「……王妃陛下、お時間です」


専属侍女の声がけで、私は席を立つ。


彼女は、蝋人形のように無表情で私を見ている。

彼女は、私の専属侍女ではあるが、それは名ばかりだった。

実際は、陛下が差し向けた監視だと、私は知っている。

だからこそ、私も今まで彼女の前で気を弛めたことはなかった。


「ええ、今行くわ」


王妃の私室を出る。

廊下には、既に十数人の近衛騎士が集っていた。

今更、逃げ出すことなど不可能だと知っているくせに、ご苦労な事だ。


コツ、コツ、と足音がした。


途端、近衛騎士たちがモーゼの海割りのように道を開けてゆく。現れたのは、私の夫であり、この国の君主であるひと。

彼は、私を見て──いえ、見下ろして、言った。


「罪を認める気にはなったか?」


「……いいえ。私は罪を犯していません」


「だが、外の声が聞こえるだろう?あれは、お前が招いたものだ」


窓の外からは、未だに私を罵る民の声が聞こえてくる。

ちら、と私はそちらを見て、淡々と答えた。


「今の政の変革にばかり執心し、民の人心掌握に失敗したのは事実です。ですが、陛下」


言葉を切る。

彼は、不愉快そうに私を見ている。


「私という標的(ターゲット)を斃した後の次の獲物は、あなたですよ」


「なんと、不敬な……!!」


横に控える近衛騎士が剣の柄に手を当てる。

それを、陛下は制止した。


不愉快そうに、だけど目だけは異様にぎらつかせて、私を睨む。

こころから、私を憎いと思っている顔だ。


彼にとって、私は鬱陶しくて、煩わしくて、厄介極まりない存在だったことだろう。

だからこそ、私は彼の手によって処刑される。


「それは恨み言か?私に処刑されるから、呪詛を吐いているのだな」


「……私の言葉が、ただの負け惜しみなのか。──あるいは、予言となるか。それは、陛下ご自身の目で確かめてくださいませ」





この国は、衰退する一方だ。


神殿は、魔獣からの保護を理由に徴収する税を吊り上げ。

王家は、神殿の企みに気付きもせずに享楽を貪り。

社交界は、今の豊かさが薄氷の上に成り立っていることを知らず。

民は、情報操作をされていることにも気付かず、王家の傀儡に成り下がる。


いずれ、この国は破滅する。

その破滅を何としてでも食い止めたかった──。


それも、今となっては泡沫の夢と消えてしまったけど。





侍女と騎士に囲まれて、私は最期の部屋に向かう。


裏口から城を出て、高貴な罪人を処刑するためだけに造られた塔へ。


階段を登って、部屋に入ると、そこには見知った顔の女性がいた。

彼女は、私を見るとパッと顔を輝かせた。


「お姉様!待ってましたわ。今日、この日を」


私の後ろに続いて侍女、騎士、そして陛下が入室した。

陛下が、彼女をエスコートする。

ふたりは、寄り添い合いながら私を見た。


彼女──私の義妹であるステラは、微笑みながら。

私の夫である陛下は、私を睨みつけて。


陛下が、怒鳴るように言った。


「民を苦しめ、搾取し、国を傾けんとした、稀代の毒婦、シャリゼの処刑を執り行う!!」


陛下は、室内に置かれたテーブルの上を強く叩いた。

そこには、黄金の杯が置かれていた。

葡萄酒のような赤い液体が並々と、杯を満たしている。


「毒を飲め、シャリゼ。腐ってもお前は貴族だ。最期くらい、貴族らしく死なせてやる」


私は、杯を手に取った。

ふわりと香る、特徴的な匂い。僅かなアーモンド臭、桃の種のような、ほろ苦さを感じる。


……シアン化合物だ。


それを理解した私は、杯を手に持って、微笑みを浮かべた。



「……それでは皆様、ごきげんよう」



ゆっくりと杯に口をつける。


毒を口に含み、こく、と飲み込んで──


杯が手から落ちる。

カラン、と杯が床に落ちた音が、遠くに聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ