むかしばなし
続きです。
「え、手帳・・・・・・ですか? 別にサチならいくらだって見ていいですけど・・・・・・」
「あ・・・・・・いえ、そうじゃなくてですね・・・・・・」
シュルームの言葉にサチがなんと言ったものかと考える。
何故だかその表情はどこか気まずそうだった。
しばらくして、サチは覚悟を決めたように口を開く。
「その手帳・・・・・・少し心当たりがあるといいますか・・・・・・その、シュルームさんの出身地って、どこです?」
「・・・・・・・・・・・・なるほど、ね・・・・・・」
シュルームがサチの言葉に何かを察する。
ダンも何か分かっているようで、空気の重々しさに俯いた。
「え、えっと・・・・・・ちょっと待って。わたし、全然分かんないんだけど? どういうことなの?」
ただわたしのみが話についていけずに、みんなの顔色から答えを見出そうとする。
そんな中、シュルームはポツリと語り出した。
「コーラル。わたしの故郷がどうなったかは、前にも話しましたよね?」
「えっと、それは・・・・・・確か森が・・・・・・」
シュルームはわたしの自信のない不完全な答えにゆっくり頷く。
「そうです。わたしの生まれ故郷は、深い森の中にあった・・・・・・小さな集落です。森の生物、特にキノコと特別な関係を築いて生活していました。この手帳も、元はわたしのものじゃなかったんですよ?」
「・・・・・・そして、十数年前・・・・・・その森には火が放たれました。真理の庭の手によって」
サチが、シュルームの言葉にそう付け加える。
シュルームはそれに斜め下に視線を逸らし、サチはキュッとその小さな手のひらに力を込めた。
「その通り・・・・・・わたしの集落に、異常プラヌラに侵されたキノコが大繁殖してしまいましてね・・・・・・。人も動物も、その影響で瞬く間に魔物になってしまいました。当時としては、おそらく最大規模のプラヌラ災害だったでしょう。それに歯止めをかけるため・・・・・・真理の庭は、その森を丸ごと焼き払ったんです」
シュルームの補足に、サチがますます気まずそうになる。
昔の出来事ならサチは全く関係ないと言ってもいいはずなのに、何故だか悔しそうだった。
「あれは、真理の庭でも・・・・・・後に間違いだったと認められています。私がその手帳を見たのも・・・・・・戒めとして保管されていたものを見たときでした。シュルームさんのものよりずっと状態は悪くて、どのページも何が書かれているか分からなかったそうです。その・・・・・・すみません。ほんとは以前にシュルームさんの手帳を見たときに既にほとんど確信していたのに・・・・・・なかなか言い出せなくて・・・・・・」
「いやいやいや! サチに悪いことなんて一っつもないんですから! そんな深刻に考えることじゃないですよ。もう過ぎたことですし」
そう言いつつも、シュルームはどこか遠い目をしている。
シュルームは閉じた手帳の表紙を愛おしそうに撫でた。
「それに、何より・・・・・・わたしが生きてますから。この手帳は、母の・・・・・・結果的には遺品になってしまったものです。サチのおかげで、こうしてまたみんなのまだ知らないキノコを書き込むことができたんですよ!」
「ふふっ、すみません・・・・・・ありがとうございます。なんだか、私の方が慰められちゃって・・・・・・変ですね・・・・・・」
シュルームの言葉に、サチは少しその目を潤ませていた。
ダンが腕を組んで天井を見上げる。
「俺たちは・・・・・・何かと、真理で庭にゃ縁があるな・・・・・・そう思うと・・・・・・」
「え? そうなの・・・・・・?」
ダンの言葉に耳を疑う。
わたしはちょっと前まで真理の庭のことをそもそも知らなかったというのに、それ以前にも接点があったのだろうか。
ダンは続ける。
「いや、まぁ俺たちが直接どうってわけじゃないけどな。コーラルはまだ小さすぎたから覚えてないかもしれないが、俺たちが前居た・・・・・・孤児院の話だ」
「・・・・・・孤児院、ですか?」
ダンの言葉にサチが食いつく。
どうも真理の庭が関係しているらしいし、サチが興味を持つのも当然だろう。
そして、こっちのことに関しては・・・・・・サチは聞き覚えがないようだった。
「ああ、俺とシュルーム、それからコーラルは・・・・・・元々は同じ孤児院に居た。それがその孤児院ってのがどうにも妙なとこだったみたいでな・・・・・・なんでも、そこの子どもが人体実験の被験者として差し出されてたらしい」
「な、は・・・・・・じ、人体実験、ですか!? そんな話・・・・・・聞いたことありませんよ!?」
「え、あれ・・・・・・そうなのか?」
驚くサチに対して、逆にダンはその様子に不思議そうにする。
わたしはと言えば、サチと同じくらいその言葉に驚愕していた。
「まぁ兎にも角にもだな、子どもたちも・・・・・・長いこと居ると、なんか普通じゃねぇなって気づくんだよ。それで、俺たちは・・・・・・そっから逃げ出した。他にも逃げようとしたのは居たが、結局逃げ切れたのは俺たち三人だけだったってわけ」
「じゃ、じゃあ、その孤児院は今もっ!?」
「いいや、もう無いよ。後々気になって調べてみたら、俺たちが逃げ出したしばらく後に真理の庭の連中が駆けつけて“非人道的な研究”っつって、逮捕なり組織の解体なりしたらしいよ。真理の庭が介入してんだから、そっちの記録も残ってると思ったんだがな」
「そ、そんなことが・・・・・・」
もちろんわたしも初耳だし、サチも初耳。
ただシュルームは特に驚く様子もなく、逆にたぶんわたしだけそこら辺よく分かってなかったんだなと自らの無知を恥じた。
サチはしばらく何かを考えるような仕草をしていたが、その過程で何かに気づいたのかパッと表情を変える。
「あっ、ていうか・・・・・・そういうことなら、プルームさんってまだそのとき会ってなかったんですか?」
「ん? ああ・・・・・・そうだな。孤児院から逃げたときはこの三人。その後・・・・・・まぁあんま胸張って言えることじゃねぇが、コソ泥しながらなんとか生きてたときに会ったのが・・・・・・プルームだ。アイツにはまぁ・・・・・・だいぶ助けられたよ。申し訳ないくらい、な・・・・・・」
ダンが昔のことを思い出して、複雑な表情を浮かべる。
そのときのことなら、わたしも少し覚えている。
どこにも行き場所がなくて、食べ物だって当然手に入らなくて・・・・・・。
そういうときにプルームの出番。
今でもそうだけど、口が上手いから・・・・・・そういう交渉とかに長けていたんだろう。
けど、交渉というのは・・・・・・いわばギブアンドテイクのすり合わせ。
あの時のプルームは、一体何を交渉材料に使っていたんだっけ。
それは・・・・・・あんまり覚えてない。
「・・・・・・いい思い出、なんていうのはほとんど無いですけど・・・・・・。まぁ、懐かしいですね・・・・・・」
シュルームも、頬杖をつきながら過去に思いを馳せる。
サチはそんなダンたちを、真剣な眼差しで見ていた。
「さて、まぁ・・・・・・てなところで、そろそろ寝るか・・・・・・。明日もあることだし」
ダンがテーブルを離れ、伸びをしながら二階へ登って行く。
そうなればわたしも散々寝たからといって、寝ずに夜を明かしてキノコ男を追うのは無茶だし、寝た方がいいだろう。
「えっと、それじゃあ・・・・・・おやすみ・・・・・・?」
わたしも席を立ち、二人の顔色を窺う。
「わたしはもうちょっとここに居ますよ。まだそんな眠くないですし、なーんかちょっと、色々思い出すことになったですしね・・・・・・」
「そういうことなら、私も一緒に居ますよ。そういうときって、なんだかんだ一人は寂しいものですからね」
二人の言葉に、わたしもテーブルに戻る。
別に深い意味はない。
なんとなくもったいないような気がして、まだここに留まることを選んだ。
「そういうことなら、わたしもまだここに居よーっと」
椅子に座って、テーブルに肘をつく。
微妙にシュルームに寄りかかるようにして、テーブルに突っ伏した。
「いや、寝るのかよ。・・・・・・寝るんなら普通に部屋に戻った方がいいですよ?」
「いーのいーの」
シュルームの忠告は適当に受け流して、目を閉じた。
サチとシュルームが何ごとか言葉を交わすのを聞く。
夜の時間はゆっくりと流れていった。
続きます。