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慈光の泉

続きです。

 木漏れ日が風に揺れ、小鳥のさえずりが木々の隙間からこぼれ落ちる。

俺の今の状況に似つかわしくない・・・・・・のどかな環境だった。


 何度も意識を手放しそうになるが、そのたびに鮮烈な痛みに引っ張り上げられる。

湿った土の上に伸びた脚は冷え切って、すでに足先の感覚が希薄になっていた。


 あの後、俺にメッセージを残させ、ドラディラは日の昇らないうちにここ・・・・・・慈光の泉まで俺を連れてきたのだ。

少しでも俺の体力が回復したら、少しでも奴が隙を見せたら、俺はなんとかこの命に代えてでもドラディラを殺すつもりだったが・・・・・・結局そんな機会は訪れなかった。

俺は両肩を鎖骨を砕くように二本の剣で貫かれ、その刃で樹木の幹に固定されている。

このままでは三日と保たないのは明らかだ。


「慈光の泉ねぇ・・・・・・。静かで、美しくて・・・・・・そして平凡。いい場所だ、俺には相応しくないけどな」


 ドラディラはしゃがんで泉に手のひらをくぐらせながら語り出す。

この泉の清浄な空気がそうさせるのか、どこか清々しげだった。


「ここを知ることができたこと・・・・・・それだけは、お前に感謝しないとかもな。ナエギ・イースト。お前が磔になっているその木、そのそばには・・・・・・カニバルが埋まっている。あの時、必死に逃げて、逃げて、逃げて・・・・・・それでたどり着いたのがこの場所だ。こんな場所なら・・・・・・あいつも安らかに眠れるだろう」

「・・・・・・コムギは・・・・・・来ない・・・・・・!」


 今の弱った体でできる、精一杯の反抗。

もうほとんどまともに声の出せない喉で、根拠などない・・・・・・俺の理想を語った。

ドラディラはそれを鼻で笑う。


「別に・・・・・・それならそれで構わないさ。どの道お前はここで死ぬ。お前の妹を殺すのだって、俺ならいくらでもやりようはある。必ずカニバルの墓前にあのガキの血を捧げてやるさ。ああ・・・・・・不思議だなぁ、お前に会ったらすぐにでも殺さないとこの怒りはおさまらないと思ったが・・・・・・なんて清々しい気分だ」

「・・・・・・こんなところに誘い出さないと戦えない臆病者のくせに・・・・・・」

「ふっ・・・・・・言っただろ、俺になら・・・・・・いくらだってやりようはある。それに、これはカニバルに捧げる戦いだ。あいつの居る場所で見せてやりたいだろ?」


 この泉は聖なる力が宿っている。

だから、魔物の類は近寄ることもできない。

これは古い迷信に過ぎないが、どういう因果かこの泉の森には魔物の姿はなかった。

そんな魔除けの泉だが・・・・・・この男を拒む力は無かったようだ。

俺の意識が朦朧としているせいもあるが、ドラディラの姿は俺の目にはほとんどもう魔物のようにしか映らない。


 瞳は獣のように爛々と輝き、木漏れ日を浴びるそのニヤケた面は狂気を帯びている。


 俺にはもう・・・・・・コムギが来ないことを祈るしかできない。

それか、コムギが誰かを連れてやって来るか。

どちらにせよ俺は死ぬが、それはもう問題じゃない。


 ドラディラは「いくらでもやりようはある」と言うが、とはいえもうパシフィカに入るのは容易ではないはずだ。

パシフィカは何よりもその平和が特徴の街、人呼んで太平の都だ。

その印象に従いパシフィカの戦力を軽んじる外の者は少なくない。

だが、パシフィカの平和はそうした密かな力によって保たれているのだ。

きっとパシフィカなら、コムギを守り切れる。


 だが、コムギの性格を考えると・・・・・・。

コムギは、メッセージに従い一人で来る可能性が高い。

いや、でも・・・・・・喧嘩別れみたいな感じだったし・・・・・・もしかしたら・・・・・・。


「・・・・・・」


 そんな楽観的な幻想は、俺の頭の中でかき消える。

世界はそれほど、俺にとって都合良くない。


「ふっ・・・・・・」


 俺の表情を見て、ドラディラは笑う。


 この後・・・・・・俺を殺しても、コムギを殺しても・・・・・・最終的にドラディラ自身も結局殺される可能性がかなり高い。

それは本人も分かっているだろうに・・・・・・。


 ああ、なんて・・・・・・心地良さそうに笑うのだろう・・・・・・。

続きます。

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