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本当の戦い

続きです。

 動き出した剣は、もう止まることを知らない。

どんなに相手を斬ることに躊躇いがあったとしても“型”が始まればその躊躇が剣筋に表れることはない。

まぁあたしに関しては、その躊躇も無いけれど。


 素人の少女から繰り出される達人の剣。

個人の努力を軽々乗り越えるコードの理不尽。

それが目の前の男に迫る。


 「やれるのか」と聞かれたが、やれるのだ。

あたしは。


「ちっ、人相手にも遠慮なしかよっ」


 手加減を期待していたわけでもないだろうに、男は迫る切先に悪態をつく。

そうしている間に、あたしの剣は男の腕を断ち切る・・・・・・のではなく、浅く斬り込んだ。


「アニキぃっ!?」


 男の腕から跳ねた血液に外野が喚くが、こんな一撃は致命傷でもなんでもない。

しかしおかしい。

あたしは迷いなく、男の腕を何もできないように断ち切るつもりでいた。

それが・・・・・・躱された?


「まぁいい・・・・・・」


 剣聖の恐ろしいところはここからだ。

“型”はまだ終わっちゃいない。

初撃を運良く躱わせたとしても、剣聖から繰り出される連撃を前に凡人は置いていかれるしかないのだ。


 初撃をギリギリで躱した男は、ポケットからその容量に見合わない刃渡りの剣を取り出す。

見たところ手入れはされているようだが、安物。

あたしの剣聖の練度がいかにへなちょこだとしても、あれに劣ることはないだろう。


 おまけに・・・・・・これで相手があたしと同じ剣聖ではないことが分かった。

よくある収納系のコード。

上手いこと戦闘に転用する人もいるようだけど、純粋に戦いのためにのみある剣聖を凌駕する力は発揮できない。

この時点で、あたしの勝利は確定した。


 続く二撃目、三撃目も、男はなんとか捌く。

なかなかうまくやっている方だと思うが、この型は五連撃。


「しのぎきれるはずがない!」


 しかし、四撃目の動作に入ったとき・・・・・・一瞬、男の口端がニッと吊り上がる。

そして男は・・・・・・さっきまでとは違う余裕を感じさせる動作で剣を振り抜いた。


 しかしその剣は、どう見てもこのままじゃ空を斬る。

あたしにも当たらなければ、あたしの剣撃に向かってくるでもない。

ただ、それは・・・・・・今この時点での話でしかなかった。


「なにっ!?」


 気づいたときにはもう遅い。

男が置いた斬撃に、あたしの刃が吸い込まれていく。


 馬鹿な、と・・・・・・そう思うが、あたしの四撃目は容易く弾き返されてしまった。

手のひらから骨に伝わる衝撃。

型はその一撃で崩され、あたしのろくに筋肉もついていない腕は軽々跳ね上がった。


「なんでっ!?」


 剣聖が、達人の剣技が・・・・・・読まれた。

先手を打たれて、こちらの攻勢を崩されたのだ。


「教えてやるよ!」


 跳ね上がった腕に引っ張られるようにしてのけぞったあたしに、男の剣が迫る。

男の剣の腕は平々凡々、鍛練の爪痕こそ見られるが到底剣聖に追いつけるようなものじゃないはずだ。

ましてや先読みするなどと・・・・・・。


 男の突進を跳ね上がった腕を無理矢理振り下ろして迎え撃つ。

型ではないので、剣を知らない少女の拙い剣筋だ。

防御こそ成功するが、剣に振り回されて地面を刀身で殴ってしまう。


「っく・・・・・・!」


 また衝撃。

それがもたらす痺れは、指先の感覚を希薄にした。

ただ、たとえ手のひらの感覚が無くなろうと並外れた剣技を繰り出せるのが剣聖であり型なのだ。


 隙を晒したあたしに迫っている刃を、斬り上げで迎える。

そしてそこから繋がる連撃で、今度こそ男を追い込・・・・・・。


「っ!? だからなんでっ!?」


 まるで初めからどの位置に斬撃が来るか分かっているかのように、男はあたしの攻撃を捌ききる。


 おかしい。

だってあの男のコードは収納系。

こんな予知みたいな芸当できるはずがない。


「だから教えてやるって」


 あたしと剣撃の応酬をしながら、男は語り出す。


「これが魔物相手と人間相手の違いだ、ガキ。知性のかけらもない魔物ならいざ知らず、人間ってのは観察し、学ぶんだよ。自慢じゃないが俺は結構剣聖に襲われることが多くてね。無意識にその力を振るってるお前たち以上に・・・・・・型を知ってんだよ」

「う、うるさい!」


 それならと、型に頼らず剣を振るう。

少なくともこれで先読みはできない。

だが・・・・・・。


「優良なコードを持った選ばれ者どもはなぁ、そんな生まれ持った力の上にあぐらをかいて、何も学んじゃいねぇ! 持たざる者の努力も苦しみも知らねぇで、平気で馬鹿にする! 蔑ろにする! コードに頼りきりのナもできねぇクズのくせにさ!」


 型を用いないあたしの素の実力では、男に傷をつけることなどできない。

あたしの体がただ剣に振り回されて、それを男はなんでもないように避け、打ち払っていく。


 男の瞳には、もはやあたしは写っていない。

あたしではない誰か、あるいは誰かたちへの怒りが燃え上がっている。


「カスが! クズが! ゴミが!! こんなやつが・・・・・・こんなやつらが俺たちのこと!! 馬鹿にしやがって! ナメやがって!! ほんとうに・・・・・・この世界はよぉ・・・・・・」


 押される。

剣聖のあたしが、いきなり現れた不審な男の剣技に圧倒される。


 ずっと剣聖の輝きに隠れていた、死の実感が存在感を増す。

これが本当の戦い。

これが本当の命のやり取り。


 それを前にしてあたしは・・・・・・。

ただ、怖い。

ただただ、臆病だった。


 追い詰められていったあたしは、耐えきれずに型に逃げる。

しかしそれすら男は初めから分かっていたかのように・・・・・・。


「無駄だ」


 あたしの剣を、弾き飛ばした。

ただでさえ痺れていた手のひらは、その衝撃を受け剣を手放してしまう。

宙に舞い上がったそれは、既に剣の姿をしていなかった。

雨晒しになって腐った、ただの箒だ。


 落下した箒が、カランと地面に転がる。

それに手を伸ばそうとするあたしの腹部を、男は蹴り付けて壁に押し当てた。


「ぐっ・・・・・・」


 鈍い痛みが熱く広がり、壁に無理矢理押し付けられた衝撃で一瞬呼吸ができなくなる。


「型を覚えた相手に対してその力を活かしきれないことの他にも、剣聖には弱点がある。それは至極単純、なんも剣にできるもん持ってなきゃコードもクソもねぇってことだ」


 箒以外にも武器にできそうなものはここにある。

だがあたしを壁に押しつける男の脚がそれを許さない。

少しでも動こうとすれば、胃を捉えたつま先がより深く捻じ込まれるだけだ。


「この平和ボケした街の・・・・・・世間知らずなガキに、世界の厳しさってもんを教えてやるよ」


 そう言って、男は剣を失ったあたしの右腕をひったくる。

反射的に振り払おうとするが、単純な力の差は歴然。

あたしの手首が痛むだけだった。


「な、何を・・・・・・」


 あたしが言い切る前に、男はあたしの腕を捻り・・・・・・。

そして・・・・・・。


「いっ・・・・・・!」


 枯れ枝を手折るように容易く骨を折った。

脅しでもなんでもなく、なんの溜めも無しに。


「うぅ・・・・・・! くっ・・・・・・!」


 今まで体験したことのない痛みに涙がじわりと溢れる。

腹部を捉えていた脚は外されるが、折られた腕が掴まれたままなので逃げ出すこともできなかった。


「・・・・・・あ、アニキぃ・・・・・・骨折るのやめてくれよ・・・・・・。折られると破片が邪魔で食いづらいんだ・・・・・・」

「おっと・・・・・・そうだったな。そりゃすまねぇ・・・・・・」


 男の背後から、最初に襲いかかってきた肥満の男がのそのそとやって来る。

そして、その理性の枷を失った獣のような眼差しであたしを見た。


 それに・・・・・・今、あの男は・・・・・・あたしを「食う」と、確かにそう・・・・・・。


「あぐぅぅ・・・・・・!」


 肥満の男が乱雑な手つきで細身の男を押し退ける。

男があたしの腕を掴んだままだったせいで、折られた腕が再び激しく痛んだ。


 細身の男に代わって、今度は肥満の男がその脂ぎった手のひらであたしの手首を掴む。

その握力には一切の加減がなく、握られただけでギリギリと骨が軋んだ。


 怯えるあたしの表情と苦悶の声に、肥満の男は目を爛々と輝かせる。


 あたしが使えるものは、もう何も無い。

こんな時に頭に浮かぶのは・・・・・・お兄ちゃんの顔。

あれだけ反発した兄に、ただ助けを求めるしかなかった。


「たす、けて・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・」


 あたしの言葉に、細身の男の眉が一瞬ピクリと動くが・・・・・・か細い呼び声に応えてくれる人など誰も居なかった。


 入り組んだ路地の片隅で、男の黄ばんだ歯があたしの首筋に押し当てられた。

続きます。

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