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動き出す影

続きです。

「ちっ、どうも間が悪いな・・・・・・」

「あ、アニキィ・・・・・・」

「・・・・・・大丈夫だ、心配すんな。ただ・・・・・・そうだな・・・・・・そろそろケリをつけたいよな・・・・・・」


 民家に紛れた小さなパン屋。

今日こそは客も入っていないようだったが・・・・・・肝心の店主が不在だった。

店の中はガランとし、入り口のドアには「close」と書かれた看板が下がっている。


 現状俺たちはまだ何も問題は起こしていない。

だからこうして“待つ”ことに関してはまだ余裕がある。

まぁどちらにせよあんまり長居はしたくないが。


 ただ誰もが待つことが得意なわけではない。

特に・・・・・・俺の弟に関しては・・・・・・。


 店内を覗いていた望遠鏡を下げて、隣のカニバルに視線を向ける。

数日前から状態はあまりよくなかったが、いよいよ落ち着きがなくなって来た。


 カニバル・・・・・・俺の弟は、昔から・・・・・・頭の出来が良くない。

自分のコードすら満足に扱えないほどに。


 まだ幼かった俺は、そんな弟を煩わしく思ったこともあるが・・・・・・今は違う。

母を失ってから、俺とカニバルはずっと二人。

他に誰も頼れず、誰も信じることができず、ただ二人の力で生きて来た。


 俺のただ一人の・・・・・・大切な弟なのだ。

俺たちは貧乏だったし、弟がちょっと不出来なものだから、そのせいもあって見下され、虐げられてきた。


 世界はあまりにも不公平だ。

まるで誰かの意思で編まれたかのような運命で、がんじがらめに縛られている。

どれだけ歳を重ねてもまるでガキみたいな弟に、才能にも環境にもコードにも、あらゆるものに恵まれない俺。

もはや俺たちは二人で一つなのだ。


 俺のコードは・・・・・・珍しくもない収納系のコード。

“二人”を運命に立ち向かわせるにはあまりにも頼りない。

だが、それも最後だ。


 例のキノコは手に入れた。

後はナエギ・イーストの能力でそれを種に変えられれば・・・・・・本来なら手間のかかるそれを容易く増やせる。


 “クスリ”の精製技術は付け焼き刃だが、質より量だ。

クスリなんかやるやつも大概カネなしだ。

母さんがそうだったから分かる。

安価で大量に作れる、それこそが重要なのだ。


 これで稼いだカネで、俺たちは“人”になる。

醜く卑しいコソ泥なんてのは・・・・・・持つもの持ってやっと人になれるのだ。


 今まで俺たちが味わってきた苦痛、屈辱・・・・・・。

全てを帳消しにして、今まで俺と弟を見下して来たやつらを見返してやる。


「・・・・・・とりあえず・・・・・・今日はもう退こう・・・・・・」

「アニキィ・・・・・・でも、オイラ・・・・・・オイラもう・・・・・・」

「・・・・・・」


 カニバルの目は血走って、微細に震え焦点が定まっていない。

そろそろ制御不能に陥ってしまいそうだ。


 存外、時間は無いのかもしれない。

いや・・・・・・振り返ってみればこれでも抑えられている方だ。


 カニバルの食人衝動。

それは単純な食欲から来るものではない。

だから飯を食おうが満たされないし、制限されれば一層膨れ上がる。


 最初の頃は死体を食えば満たされたものの、今や生きたまま食わねば満たされない。


「さすがにか・・・・・・」


 弟のために・・・・・・最初に人を殺した時のことを思い出す。

その行為への嫌悪感と恐怖・・・・・・。

だが、その苦しみこそが今の俺を前に進ませる。


 何もかも犠牲にしても、カニバルだけは絶対に不自由させない。

なんの我慢も強いず、こいつだけはこんな苦しみを知らずに気ままに生きさせてやりたい。


 俺がとうに手放してしまった幸福。

カニバルのそれは、それだけは・・・・・・守り抜いてみせる。

ドラディラとして・・・・・・カニバルの兄として・・・・・・。


 ナエギの不在も確認したし、今のカニバルを他に人の居るところへ長居させ続けるわけにもいかないので、早々に立ち去る。

帰り道に選ぶのは、万が一の可能性を引き下げたいがために人通りの少ない路地だ。


 往来を行く女性に制御の効かなくなったカニバルがいきなり齧り付いてしまう可能性を下げられるし、さらには万が一“そう”なっても人目につきづらい。

食人衝動と付き合っていく中で得た知恵だ。


 今までこうやってあらゆる危機を回避してきたし、そのたびに新たな学びも得て来た。

俺たちにとっては、生き延びるために必須の知恵なんだ。


 経験に裏打ちされた最適解をなぞり、パシフィカから離れようとする。

だが・・・・・・。


「あっ、あっ、あっ・・・・・・アニ、キ・・・・・・。オイラ・・・・・・あの、オン、ナ・・・・・・」


 今回はそれが裏目に出た。


 カニバルの肥えた指先がカニバルの見つめる先に伸びる。

その視線の先には・・・・・・カニバルが目をつけた女が、誰かから隠れるようにパン屋のそばをうろうろしていた。


 禁欲を強いられてきたカニバルの目の前に出された“ご馳走”。

普段あまり選り好みしないカニバルが、執着を見せた少女。


「待て、カニバ・・・・・・」


 理性の枷はあまりにも脆く。

カニバルは制止を聞かず衝動的にそちらに走り出す。


 あの少女が結局誰なのかは、まだ分かっていない。

だが、もし・・・・・・もしあれがナエギの妹だったら・・・・・・交渉どころの話ではなくなる。


 しかし時間は待ってくれない。

走り出したカニバルを止める術は、もう無い。

カニバルは体格の通り、力だけはバカみたいに強い。

追いつけても、俺の腕力でどうにかできるはずもなかった。


「・・・・・・ああ、いつもこうだ・・・・・・」


 やはり運命は不公平。

俺たちの活路にはいつも邪魔が入り込む。

だが・・・・・・。


 俺たちはことごとくその逆境を乗り越えて来た。

だから、今回もきっとなんとかなる。

そうだろう・・・・・・?

母さん。

続きます。

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