条件
続きです。
翌日、昼前。
わたしたちは・・・・・・再びイースト兄妹のパン屋を訪れていた。
もちろん、昨日はあんな感じの空気でお別れになったから、今日来る約束とかを取り付けたわけじゃない。
けれども、そうでなくても来られるっていうのがお店のいいところだ。
「あのね・・・・・・今営業時間」
「今お客さん他に居ないでしょ・・・・・・。いいかげんにしてよ、お兄ちゃん!」
昨日の様子だと今日にも引きずってそうで心配だったが、当の兄妹は今日も元気に言い合いをしていて・・・・・・案外喧嘩するほど仲が良いってやつなのかもしれない。
わたしたちは、また昨日と同じ席でさっき買ったパンをおやつにその二人の様子を眺める。
ちなみに昨日買ったパンもまだ食べ切れてなくて家に残っている。
だから今日買って食べているのはほんのおやつみたいな軽い菓子パンだ。
「それにしても・・・・・・コムギ落ち込んでなさそうでよかったよ。昨日泣いてたもんね・・・・・・」
「いっ、いや・・・・・・別に泣いてはっ!」
わたしの言葉にコムギは慌てて首を横に振る。
人前であそこまで感情を露わにしたのが・・・・・・まぁ一日経って恥ずかしくなったのだろう。
それに関してはわたしはもっと恥ずかしい醜態を晒しているので無敵だろう。
もうわたしたちを客とも思わないで、厄介そうに視線を向けるナエギが言う。
「俺は何一つよくない! もう昨日で懲りただろ、お前らも・・・・・・コムギも!」
「それを言うならお兄ちゃんでしょ。あたしを正当に引き止められる理由なんか何も無いんだから。あたし、絶対冒険者になるから」
売り言葉に買い言葉、ほっとけばすぐに爆発しそうになる二人をラヴィが「まぁまぁ」と宥める。
二人の怒りの温度は下がらぬままだが、形だけは一応それで一時休戦になるのだった。
「それで・・・・・・あたし、考えたんです!」
コムギがたんっとテーブルに手をつき立ち上がる。
わたしたちの視線は自然そちらに吸い寄せられ、しかしナエギは逆にため息をつきながら視線を外した。
「考えたって・・・・・・何を・・・・・・?」
何をって言ったら、こう・・・・・・この状況の打開策というか、なんらかの方法でナエギを黙らせる方法ということなのだろうけど・・・・・・。
あの頑固親父並みに頑ななナエギを黙らせる方法なんていうのは・・・・・・ちょっと考えつかない。
「まぁ、とりあえず話してみて」
ラヴィが促すと、コムギは頷いた。
「決闘です! 決闘!!」
コムギは手のひらを握り込んでわたしたちの眼前に迫る。
わたしはその圧に押されながらも、尋ね返した。
「えっと・・・・・・決闘っていうと・・・・・・誰と? ナエギと?」
「いえ、違いますよ! あたしがお兄ちゃんやっつけたってなんにも変わんないでしょ。だから・・・・・・本職の冒険者であるお二人のどちらか! それに決闘を挑んで勝てば、お兄ちゃんの常套句“あたしには無理だ”が封じられるんですよ! そうしたらいよいよお兄ちゃんがわたしを邪魔できる真っ当な理由は使えなくなる!」
グググっと、握り拳を掲げながらコムギは熱弁する。
聞いてみれば、なるほど理屈は通っているようだが・・・・・・。
「はっ、八百長の決闘なんかになんの意味がある! こいつらはお前を引き入れたいんだから、わざと負けるに決まってるだろ!」
・・・・・・と、ナエギのフィルターを通して見ればこういうことになるらしい。
無論わたしたちとしても、どうしたって新しい仲間は欲しいところなのは事実なのだけど・・・・・・当然誰でもいいというわけではないのが正直なところ。
そもそも、わたしたちはナエギの認可が下りたならコムギを正式な仲間とするとは一言も言ってないのだ。
ただ、今のこれは・・・・・・面接とは違う。
誰しもが抱える個人の物語、面接のようにその背表紙を撫でるだけではなく・・・・・・もう新たな登場人物としてコムギの物語に加わっているのだ。
であれば、面接なんかよりずっとちゃんと、コムギと向き合えるはずだ。
ラヴィも、これは一つの機会として考えているようで、コムギの方に視線を向かわせる。
そうして軽く頷き、今度はナエギに視線を向けた。
「どうしたら信じてもらえるかは分からないけど・・・・・・あくまで私たちは八百長なんかはしないよ。仲間として迎え入れることは、その命を私たちも背負うということ。だから、厳正でなくてはならない」
真っ直ぐに、ラヴィはナエギの瞳を覗き込む。
ナエギは、何か感じるものがあるのかラヴィのその眼差しから逃げられない。
そこに追い打ちをかけるように、ラヴィは条件を付け足した。
「・・・・・・だから、コムギを仲間にするかどうかは・・・・・・決闘の結果じゃなくて・・・・・・決闘の末、ナエギがコムギの意思を認められるかで決める」
「ええっ!?」
ラヴィの言葉に声を上げるのは、ナエギではなくコムギ。
それもそのはず、今出した条件は・・・・・・ナエギにとって有利なものでしかなかった。
「ちょっとラヴィ・・・・・・そんなことしたら・・・・・・」
本人の手前言い難いが・・・・・・ナエギはどうしたってコムギが冒険者になることを認めないはずだ。
しかし、ラヴィは「大丈夫」と首を横に振る。
「ナエギは・・・・・・私たちと同じように、厳正であれるはずだよ」
どこからその信頼感が生まれてくるのかは分からない。
しかしラヴィは、何故かその点において絶対的な確信があるようだった。
ナエギがラヴィの真っ直ぐに、無遠慮に、どこまでも覗き込んで来るような視線にたじろぐ。
ナエギにとって有利この上ない条件のはずなのに、ナエギは何故か・・・・・・苦しそうに頷いた。
続きます。