わらべうた
今回の登場人物
■ ▢ ■ ▢
・新庄 香波 (しんじょうかなみ)
秘八上出身の優等生。平凡な家系に生まれるが、非常に綺麗な顔立ちで美少女。童歌を歌うことが好きで、その縁で瑠璃川と知り合う。同級の仲。
・瑠璃川 三葉 (るりかわみつば)
秘八上出身。上流階級の娘で、香波と同じく14歳。当時はまだ気の強い、刀禰の親を持つ優等生。気品に満ちた出立と話し方、沙汰人と顧問になるのはこの話から10年程度後の事になる。
・岸 矢太郎 (きしやたろう)
秘八上出身の14歳。香波を好きになった、気弱だが想いの強い男子。昭佑に負けじと香波に接近する。ひょろっとした体系だが、背は高い。
・高原 昭佑 (たかはらしょうすけ)
秘八上出身の14歳。気の強い男子で、直接的に香波に話しかけたりなどないものの、その想いは矢太郎より強い。ガッチリした体格で、老けて見える。
ーーー
・真中 秋 (まなかあき)
次期守役主とされている、女性でも知勇兼備の守役。病弱な夫を持つも、それに屈しない。昔、ある男性に襲われて、その男を探している。
・吉木 菜桜 (よしきなお)
まだ守役に成り立ての20歳。綺麗な顔立ちと、お茶目さから、皆に慕われている。最近になり、誰かの視線を感じるようになったという。
・折島 仙内 (おりしませんない)
当時はまだ守役の現役。この頃はまだ忍者上がりたてで、守役として新たなる道に進路を変えた頃だが、どこか小悪党感は拭えない。
・息遣いの荒い男?
謎の男。闇に潜み、気味悪い息遣いをする。上半身は裸で、袖なしの獣皮の羽織1枚で、下半身は汚れたふんどしのみと、変質者そのもの。ほぼ喋らない。
■ ▢ ■ ▢
ー更に10年前
和都歴424年 夜 秘八上・最西端の外れ 廃屋小屋
「こんな所にホントに芹が歩いていったのか?」
「ああ、間違いない。芹の男じゃないか?意外にマセてたりするだろ?」
「バカ言え。アイツは俺の女だぞ?一途で…痛っ!」
「大丈夫か?栄次郎?」
「くそ!茂みで指を切った。なんだってこんな所に…」
「だから…男だって。男の味、覚えたんだろ?」
「作吉!お前嫌な男だなぁ?だから女が相手にしてくれないんだ。」
「うるせぇ。さっさと進もうぜ。」
栄次郎と作吉は、栄次郎の想い人、芹を追って秘八上の辺境まで来た。
夜、静けさが際立つ森は、風と共に流れる落ち葉の音が、一層不気味な空気を生み出していた。
カー!カー!
「うわ!カラスか…気味悪い所だな。ここ秘八上なんだよな?」
「外れの方じゃないか?」
栄次郎の不安に答える作吉。
「人、住んでるのかよ?」
「あれ?あそこに柵みたいなのが?」
柵らしき影に近寄ると二人は柵に囲まれた少しの畑を見つけた。
「畑か?何もなさそうだけど…」
「もう収穫したんだろう。あれ?あそこの森の奥に、あれ家じゃないか?」
「家?こんなとこにやっぱ住んでんのか?」
「栄次郎!あの家に芹の想い人がいるんじゃねぇか?」
「何!?ホントなのか…芹…くそ!」
気持ち、急ぎ足で家らしき建屋へ近づいていく二人。
建屋に着くと施錠されていて中に入れなかった。
「こりゃ完全に誰かいるぜ?」
「クソが!芹、他に好きな男が居たのか? 作吉、お前は右沿いから裏まで見て、どこか入れないか見てくれ。俺は左から行くから。」
「わかったよ。」
二人が玄関から左右に分かれて裏手へ回る。
栄次郎は窓を見つけるも、藁が沢山積んであり、中に入れない。
しかし中を覗くことは出来た。
「芹…芹~…」
栄次郎は覗くと男の影が背後を見せて歩いていくのが見えた。手に金槌を持っている。
「!…芹の…男か?」
パッと見、30前後だろうか?栄次郎は気が気じゃなく、裏手へ急いで回る。
「何だ?裏も閉まってるか。作吉は中に入れたのか?」
栄次郎はそのまま作吉に会うであろう右側まで来たが、作吉が居ない。
「アイツ…逃げたのか?」
しばらく歩くと窓が開いている。
「中に入ったのか?作吉?」
栄次郎はそこから中へ入る。
窓から廊下に出た。左は客間から玄関へ通じている。右は台所だろう。正面に藁が積んである窓が見える。
右の台所から右斜め前の部屋にも入れそうだ。
台所の中央で、栄次郎はつまずいて転んだ。
「いって…くそ!」
栄次郎の手に血糊がつく。
「うわぁぁ!!」
同時に目が慣れてくると、つまずいたのは作吉の死体だった。
⦅い、いやぁっ!助けて!お願い!!⦆
突然の悲鳴に、ビクッとする栄次郎。
「芹の声だ…」
奥の部屋から聞こえてくる。
恐る恐る立ち上がる栄次郎。
⦅あん、いや!やめ!!あぁぁん…⦆
奥の部屋に近づくにつれ、栄次郎の鼓動も早くなる。
⦅はぁあ…あっ…いやぁあ…っめて…あぁぁん…⦆
だいぶ近づくと男の荒らしい息遣いと、芹であろう喘ぎ声が聞こえてくる。
扉を開ける。
男が芹を無理矢理襲っていた。金槌を持って。
「栄次郎君!!」
男は直ぐに振り返り、栄次郎を襲う。
ー わらべうた ー
ー和都歴434年 秘八上 第一集会所
この日も集会所にて、子どもが集まり、手毬をしたり、歌留多をしたり、歌を歌ったりする子どもの姿があった。
「さいはて~に、な~が~れ~♪」
「香波、ホントにその唄好きだよね。」
「うん、三葉ちゃんが歌っているの聴いたら、耳に残っちゃって。」
「いいよねぇ~。」
新庄香波と瑠璃川三葉は、この集会所で知り合い、同じ唄を歌うことが好きな者同士、仲良く遊び、勉強していた。
「香波ちゃん、俺にも唄教えてよ。」
「矢太郎くん?」
岸矢太郎は香波を好きな真面目で気弱な男。
「やめとけ、弥太郎。香波は俺みたいな男にしか靡かない。な?」
「昭佑…」
高原昭佑もまた、香波を好きな気の強い男。
「彼方たち、どっちも香波が困ってるでしょ?」
瑠璃川が窘める。
「真中守役。交代に来ました。」
「あら、ありがとう。今日は旦那の具合が良くないから、早く帰るわ。 皆?私はこれで帰るから、吉木守役に迷惑かけないでね!じゃ後はお願いね。」
真中守役は急ぎ、帰路に発った。
集会所は、見守りとして、守役が交代で面倒をみていた。
吉木守役はまだ見習いで、20歳になったばかり。
「吉木守役って綺麗ですよね。私憧れてます。」
瑠璃川がそういって仲良く話し始める。
香波は瑠璃川と吉木の傍に行き、また唄を歌い出す。
時間が過ぎ、夕方になる頃。
「そろそろ夕方も近いし、早めに終わりにしましょう。」
「ええ~もう?」
吉木の終わりに納得しない瑠璃川。
「暗くなるの、そろそろ早いしね。それに最近、誰かに見られてる気がするの。」
「誰か?」
吉木の不気味な気配に疑問を抱く香波。
「うん。二人を送っていくから、さ、早く帰ろう?」
仕方なく、二人は納得し、まず瑠璃川を自宅まで送る。
「じゃ、また明日ね。」
瑠璃川が自宅に入ると、次に香波の家に二人は向かう。
「?」
吉木が振り返る。
「どうしたんです?」
「・・・」
吉木は背後の道を見る。左に田園、右に林。
「ううん。気のせいみたい。」
「怖いじゃないですか~!」
そういって茶化す香波。
林の茂み。そこに息遣いの荒くなる男が潜んでいた。
香波の家に着く。
「また明日ね。」
「吉木守役は明日は休みじゃないですか~。」
「そっか。真中守役に代わってもらったから、休みだね?」
吉木はウインクすると、可愛く舌を出す。
「おやすみなさい。」
無事、香波を送る吉木。
香波の家は秘八上でも西側にあり、集会所は中央からやや南にある。
吉木の家は集会所の反対、南東側にあり、今から折り返すくらいの距離があった。
ー翌日。
「真中守役、殺されたんだって。」
瑠璃川から驚きの言葉を受ける。
「え?だって旦那さんの具合がって…」
「旦那さんと一緒に。秘八上も治安悪くなったよね。でも野盗か分からないみたい。犯人まだ居るんでしょ?怖いよね。」
「じゃ、今日は誰が来るの?吉木守役?」
「折島って人。なんか胡散臭い男よ。」
「おほん。今日は失礼ながら俺がここを監視する。何しててもいいが、危険なことだけはするな。」
折島がそういうと、瑠璃川は嫌な顔をする。
「吉木守役は?」
香波が折島に言う。
「彼女は今日休みだろ?全くいい気なもんだよな。」
「そっ…か。」
香波は少し考えつつも納得する。
また夕暮れが近づく。
「香波、帰ろ?」
瑠璃川が帰路を誘う。
「うん、そうだね。」
「送ろうか?美少女二人が歩くなんて危険じゃないか?」
どこか嫌らしい顔の折島。
「結構です。折島守役と帰るなら、襲われた方がいいです。」
瑠璃川が強気で返す。
「三葉ちゃんたら…すみません、折島守役。」
「いや、いいんだ。でも、新庄…香波ちゃん?可愛い上に礼儀もわきまえているんだ?俺は君みたいなコ、好きだよ。」
「い、いえ、すみません。」
「いいから!行こ!」
香波が申し訳なさそうに答えると、瑠璃川は香波を無理矢理連れて帰った。
「香波ちゃん!」
矢太郎が声をかけるも、瑠璃川が手で追い払う。
「まったく、情けねぇな。」
昭佑が鼻で笑う。
「昭佑は声もかけないじゃんか!」
矢太郎が怒る。
「ああ。俺には俺のやり方があるんだ。」
瑠璃川と途中まで帰り、一人、帰路に発つと、昨日の吉木が振り返った場所を通った。
香波は同じように振り返り、辺りを見回す。
同じように、左に田園、右に林があるだけで、静寂が支配する以外何もない。
「何か…気味悪い…」
香波は首を横に振り、急ぎ足で自宅へ向かう。
林の茂みから気配がする。男の息遣いが聞こえるー…
「はぁ…はぁ…」
香波は家に着くと、親に食事を出される。
「先に行水して来る。お湯沸いてる?」
「沸いてるよ。」
風呂場に入り、香波は気持ち悪さを拭う様にお湯でカラダを撫でる。
湯煙で一杯になり、窓も曇る。
その窓の隙間から、覗く瞳があった。
「はぁ…はぁ…」
「え?」
香波は男の息遣いに気配を感じた。
「何なのかしら…」
窓に恐る恐る、近寄る香波。
「はぁ…はぁ…!!」
香波は窓を開けた。
ー!
煙が外に出ると、辺りには何も見えない。
「誰かいるの?」
虫の無き声と風の音。寧ろ気味悪いくらいに静寂しかなかった。
窓を閉め、再びお湯につかる香波。
奥の林の木陰から、風呂場の明かりに映る香波のシルエットを凝視する男。
「はぁ…はぁ…か…香波ぃ…」
ー翌日。
香波に手紙が届いた。
吉木からの手紙ー
「矢太郎君?ちょっとお願いがあるの。」
「な、なあに?」
「この吉木守役からの手紙が来て、場所が遠いし、嫌じゃなければ一緒に来て欲しいの。」
「え、ええ?ぼ、僕と?あ、ああ!勿論!いいよ。ふ、不安だもんね!」
そういって香波は矢太郎と吉木の見つけた新しい集会所まで行くことになった。
ー私は今、新しい集会所を探していました。静かで、のんびりできる、良い場所。
そこは少し利便性が悪いですが、良かったら香波ちゃんも一度来てみて。
「でもなんで、こんな辺境の場所なんだろうね…」
「そうだよね。矢太郎君ゴメンね、付き合わせて。」
「い、いやぁ、構わないよ。」
二人が森の獣道を歩き、進む中、後ろに男の追う足が見える。
ー玄関は壊れているから、裏の扉から叩いてくれれば鍵を開けるわ。
でも、寝てたら開けられないから、秘密の入り口を伝えておくね。
獣道で小さな畑が見えたら、畑の砂を掘ってみて。
「香波ちゃん、あの柵の横、畑じゃない?」
急いで近寄る二人。
「ホントだ。ここ掘ってみる?」
「まかせて!」
矢太郎が一生懸命穴を掘ろうとすると、板に当たる。
「あれ?」
板を動かすと、地下への入り口が柵からの縄で降りれるようになっていた。
「ここが?秘密の…」
「ぼ、僕から降りるよ。」
矢太郎が降りていく。
「大丈夫!何もないみたい。来ていいよ。」
矢太郎の声掛けに、香波の返事がない。
「あれ?」
縄が切られて落ちてきた。
「?…香波ちゃん?え?」
入り口の板が閉められる。
「おい!おい!ちょっと!!」
香波は気絶させられていた。
御姫様抱っこで香波を抱える男が廃屋小屋へ進む。
後を追ってきた足音、それは昭佑だった。
香波を抱える男の後姿にどこか見覚えを感じる。
直ぐ廃屋小屋の後ろに隠れてしまい、誰か分からなかった。
昭佑は急いで廃屋小屋の玄関の扉を開けるも施錠されている。
「おい!香波を返せ!この変態野郎!」
昭佑はようやく矢太郎がいないことに気付く。
「あれ?そういや矢太郎、どこいったんだ?」
昭佑が右から裏手へ回ると、途中に窓から廊下に入れるようになっていることに気付く。
「矢太郎も中なのか?」
中に入る昭佑。
陰気臭い廃屋小屋の廊下は、陽射しが埃を映し出す。
廊下から客間に入る。
「矢太郎!?矢太郎!!」
声を荒げて恐怖を殺そうとする。
客間の奥に暖炉があり、暖炉の下に前に地下に降りる穴が見える。
穴には木の梯子が立て掛けてあり、降りれるようになっていた。
「こんなトコ、降りんのかよ!」
挫けそうな声を出す昭佑。
下に降りると地下洞窟になっていた。先に進むと薄暗いながらネズミや変な虫が徘徊している。
「オエェ…何なんだよここ…」
ーチャプ
地下水脈に来たようで、膝まで水が来ると直ぐに胸のあたりまでに深さになった。
「くっさ…臭い…何だよもう!」
水を掻き分けて、歩く。
多少立ち泳ぎのような深さになる場所もあり、天井や壁に手を伝う。
更に進むと深くなる、と同時にー
ードップ!!
吉木の白目の裸の死体が浮かんできた。
「うわぁぁぁ!!ガブブ!!」
悲鳴を上げる昭佑は水を飲み溺れながらも急いで引き返す。
水辺を上がり、洞窟を走る。
すると、行きは見えなかった壁に矢太郎が磔になっていた。
「うわわ!!あぁぁあ!!!!」
逃げ出す昭佑。更に悲鳴を上げ、梯子を登り、客間まで来る。
⦅いやぁぁぁああああ!!!⦆
突然の悲鳴に昭佑はビクッとする。
「香波の…声?」
昭佑は息を殺す。
⦅いや!!やめてぇぇ! いやぁあああ!! どうして!やめってたら…はぁっん!!!⦆
「な、何なんだ…ここは…! か、香波?」
聞こえないくらいの呟きをする昭佑。
忍び足で悲鳴のする方へ向かう。
客間から廊下、台所へ出ると、奥に部屋があり扉が見える。
⦅いやん、ダメェ!やめて!!それはホントにダメぇぇ!!!助けてぇぇ!!!⦆
声が大きくなる、怖いながら忍び足で、部屋の前まで近づく。
⦅はぁ…はぁ…か、香波ぃぃ⦆
⦅や、ホントにもう…やめて…⦆
⦅か、香波ぃぃ⦆
⦅いや!森守役!!止めてぇ!それ…わっ…あっ…んん…ンンンン!ンンン…ンンンン~!!⦆
⦅か、香波ぃぃうふぁぁ…⦆
昭佑が恐る恐る扉を開ける。
「お、お前は…も、森…守役?」
男が振り返る。
「はぁ…はぁ…フゥゥン!!」
持っていた金槌で昭佑の頭をカチ割る。
昭佑の頭から妙なモノが出てくるとは白目になって倒れる。
「い、いやぁぁあああああ!!」
「お、俺の…愉しみ。階級と少女。もう離さない。」
森、森幸兵衛は香波の足を金槌で砕き、動けなくする。
「はぁ…はぁ…た、たまらない!たまらない!!うぉおおおおお!!!」
学童会長選挙の際、伊集院千毬が霧隠玄に調査させた、過去の奇妙な事件。
それはこの狂乱の病を持つ、森幸兵衛の性癖だった。
和都歴453年 15:00 秘八上・最西端の外れ 廃屋小屋
「どうだい?僕の更に詳細な調査資料は。役に立った?」
「ええ。でもグロすぎるわ。こんな詳細まで要らない。結果だけで十分よ?」
千毬が玄にいくつかの資料を突き返す。
16歳になる千毬は一層優雅な佇まい。玄は派手な普段着を着こなしていた。
「で?本気で調査するの?華?」
「うん。私の、監査人としての責務だから。」
そこに一段と大人になった、華の姿もあった。
この作品❝わらべうた❞を御読了いただきありがとうございます。
続きは後に投稿予定の連続サイドストーリー❝~監査人・三ツ谷 華~ ❞にて完結します。
御期待下さい。