くじら雲
「小学生のとき、国語の時間にくじら雲ってやったの覚えてる?」
彼女は突然その話を始めた。
「覚えているよ。くじらの雲にのって、街を散歩するみたいな話だったよね」
「あれってどうしてくじらの形になったかわかる?」
俺はそういわれて、少し考える。
「いや、わからない」
ごろんと寝転がっている草原から香る草のにおいに混じって、隣に寝転がる彼女のいいにおいがした。河川敷の傾斜部分で寝転がりながら、彼女はまた話だす。
「例えばこの快晴の空の中に、一つだけ雲があったらそれは目立つだろう?」
なにもない青空を指さす。
「でもたくさん雲があったら、それはただの雲の一つでしかなくなる。その中でくじらの雲を見つけた、やっぱり目立つだろう?」
「まあ、そうかなあ」
「だからこのくじら雲は気が付いてほしかったんだと、私は思うんだ。この学校が好きだよって伝えるために形をかえたんだと思う」
彼女はつぶやく。
「雲に意志はないだろう。それに自分で形作れるものじゃない」
俺はそういって隣をみる。まったく知らない顔がそこにはあった。
「でも、そうだったらいいなって思うんだ。少なくとも私はそう思っている」
視界がぼんやりとしている。夢でも見ているのだろうか。
「まあでも、俺も好きだったなあ、小さいころ変わった形の雲みつけて遊ぶの」
俺はぼんやりとした思考のまま話続ける。
「でも普通の雲がなんだかんだ一番好きだったなあ。一番身近な感じしたし……」
ああ、だんだん何を話しているのかわからなくなってきた。うとうとしてきている。もう眠ってしまおう。
おやすみ、と隣の彼女に告げると、彼女もおやすみ、と言って返事をしたような気がした。
バンと顔面に衝撃が走る。はっと目を開けて状況を確認する。一瞬なにが起こったかわからなかったが、近くに転がっているサッカーボールとじんじんと痛む鼻のおかげで、顔面にサッカーボールが直撃したことがわかった。
「すみません!」
と小学生が謝りにきていたので、いいよいいよといい、ボールを返してあげる。そしてぐぅっと伸びをしてあくびを噛み殺す。
夕方の河川敷はランニングする人やボール遊びをする子供たちなどでにぎわっていた。
どうやらお昼寝をしてしまったようだった。
「そろそろ帰るか……」
学生カバンをつかんでよいしょっと立ち上がる。そして、あれ、と思い隣を見る。
「一緒に誰かと昼寝をしていた気がするけど……誰だったっけ? 夢だったのかな……」
そんな引っ掛かりを感じながらも、俺はすぐに帰路についた。
夕焼け空には、きれいな雲が輝いていた。