調整班の苦悩
都内某所、築年数はやや古い雑居ビル。中心部からは少し外れた場所に立つその建物は、どこか不気味な雰囲気を纏っている。
建物自体の古さ故か、それとも……何かが憑いているからか。
玄関口の電気は切れている。それだけでなく建物全体の電気すらもその殆どがついておらず、昼間だというのに真っ暗だ。
そんな気味の悪いビルの中。カツン、という靴音が響く。
その音はどこか気だるげというか、何かへのストレスを感じるような荒々しさで、複数回に渡って響き渡る。
カツン、カツン、カツン。
十数度程鳴り響いたその音は突然に止んだ。
しかして直後─────ガタンッ、と勢いよく扉が開かれ音が響く。
「よぉ〜しお前らぁ!ゲームバランスの調整だボケェ!」
「【狂化】制限!規制っ!エラッタァッ!」
「強化倍率の見直しとか必要じゃね?」
「いや持続時間のほうが問題だろ。短時間ならまだしも馬鹿みたいな長時間あれがフィールドギミック的に暴れ回られるとゲーム性終わる」
「つってもそんな規制すると【狂化】の価値も意味もなくなって流石にバッシングエグいだろ。それにんな大幅な改訂かますと調整へのお詫びも相当なもの渡さなきゃダメだ。
特に問題のプレイヤーはそれに特化したステータスに設定してるからそこの調整分で『ステータス再設定権』はまず渡さなきゃだし…」
「はいはいうるさい!話し合いは全員座ってからだ…かぁ〜しんどい」
開かれたのは会議室らしき部屋。その中にいるのはそれもまた気だるげなスーツ姿の男性計4名。そこに入ってきた男1名を加えて合計5名が会議室の中に集まっていた。
そう、会話からでもわかるように、彼らは『マジック&ブレイド・オンライン』の開発担当。特にゲームバランス面を担当するメンバーである。
となればその頭痛の要因を探るのも容易。
このゲーム底辺と一部トップ層の民度こそ悪いものの、それ以外の調整はわりと無問題、まともであった。
────つい最近までは。
極々最近の事である。そのバランスがたった一人のプレイヤーの行動で崩壊してしまったのは。
「そんでどうする?お詫び云々はともかく、放置って訳にはいかねぇだろ」
「それはそうな。あれ完全放置で再開したらまず同じようにバッシングがくるのは見えてる。
だから今回は、バッシングが来づらい丁度塩梅の調整を考えていこうのコーナーってわけだ」
「ならまずはプレイヤーが将来的に9割方なるだろう職業の調整にしよう。現在の調整はその後で」
「逃げたねぇ〜まぁ別にいいと思うけど」
彼らが半ばキレ気味であったのはただバッシングが寄せられたからではない。そのバッシングが=で自身らの首と直結しているためだ。
この『マジック&ブレイド・オンライン』は当然ながら多額の資金が投入された一大プロジェクトだ。
無論その理由は偉い人たちが「これなら投入した以上の利益が見込める」と判断を下したため。
つまりは「金を回収できる企画に、回収できるだけの最大値を入れた」という話。
投資金額は下手な会社なら数個買える程で、これが仮に失敗すれば致命とまでは行かないものの大きな打撃を受けることになる。
その打撃を受けた分のしわ寄せは必ず失敗の責任者が受けるだろう。
もし今回の調整でプレイヤーが大きく離れ、課金要素からの集金が想定額を数度下回ったりしようものなら、そのしわ寄せは間違いなくゲームバランス調整担当…自分たちが受けることになる。
せっかくいい会社入ったのに馬鹿が暴れたせいでクビになるのは御免という訳だ。当然の思考である。
さて、一旦現実逃避をしたいらしいメンバーの発言にリーダーと思しき人物は半笑いで答えつつキーボードを叩く。すると部屋中央の空間に光が放たれ、青く巨大な画面が投影される。
いわゆるARというやつであるが、それの一般化が進んだ現代において驚く者がいるはずもなく、当然のようにみな眺めていた。
「えっと何々【狂化】を持ってると開放される上位職業の特殊強化は…【狂戦士】
いわゆるバーサーカー的なあれか、内容はまぁ無難に【狂化】の能力上げる他のやつに似た廉価的なアレだな。突出してマズイようなスキルは無さげだが、スキル強化の上がり幅下げるとかで収めとくか」
「こそあど多くない?」
「ってかそれ例のプレイヤーもうなってるんで。何ならもう一つ上の職業っすよ」
「えまじ?例のってプレイ開始から1ヶ月してないよね、初期組は何考えて調整してたの?」
「設定面の云々じゃなかったか?『狂気に呑まれた戦士なら味方殺しで強くなる!』とかそんなの聞いた覚えがあるような無いような。
まぁほぼロマンで構築されてる上に、プレイヤーの練度も上がってる今じゃ本当に特化したような構築じゃなきゃワンチャンもなかった感じだ。運負けしたな」
「はいはい次いくぞ次、次のは何だっけ…【狂騎士】か。あぁでも狂騎士も取られてんのか…じゃあ【狂王】か」
リーダー的な人物がそう呟くと、青い画面から血に濡れた黒色の鎧を纏う巨漢が大剣を担いで飛び出した。そのアバターが放つ厳かな雰囲気はまさに王のそれ。
このアバターは職業を示すアイコン、運営側が各職業のテストプレイ時に作成した試験アバターだ。
当然このアバターは【狂王】の職業のアバターである。
「固有技術は【狂靭身躯】【狂化洗脳】【狂気扇動】【狂星】。
【狂靭身躯】はこれまでと同じように【狂化】時の身体能力向上効果を底上げするやつだな。流石にここの効果値は減少確定だろ」
「するんならこれまでの上昇効果も変えとかないと変えたのバレないか?」
「どうせ確かになぁ…ま、そこは諦めるか。詫びよう侘び」
「侘びる気ねぇなあ〜」
「まぁ運営なんてこんなもんだろ」
中々のカス発言であるが、誰一人としてそれを咎めない。なんならみんな半笑いで半ば認めているような感じ。
とはいえ他人の尻を拭いているような状況なのを念頭に置けばまぁしかないのかもしれない。
「だろ〜?んじゃあ次は【狂化洗脳】…名前からしてあからさまにヤバいが内容は…『【狂化】発動中、自身と敵対状態にあるプレイヤー1人以上に対して発動できる。相手の知能値を自身の知能値の+-を除いた数値×10分減少させる。対象のプレイヤーの知能値が0を下回った場合、相手は技能の有無に関わらず【狂化】が発動し、自動操縦状態になる(1/5m)』」
「許されるわけがねぇだろ馬鹿がッ!!!他のプレイヤーのステータスに当然のように干渉するなッッ!!!無くせこんなスキルッッッ!!!」
しかしカス発言に共感しつつリーダー感のある人物が次の技能の詳細を口にすれば、その気の抜けたような態度は一斉に張り詰め罵倒が飛ぶ。
まあそんなことになっても仕方のない性能ではある。【狂王】になれるほど【狂化】に特化したプレイヤーのステータスにはもう前例が存在しているのだ、そのステータスで発動した時の事を考えればこんな反応になって当然である。
「いやでもバッドステータスの【狂気】じゃなくて技能の【狂化】だぞ。
【狂気】なら純粋な相手への妨害にできるけど【狂化】はプレイヤーの操作が完全に効かない代わりにステータスに莫大な恩恵がある。
それに基本的に【狂化】したプレイヤーは白兵戦において無敵と言っていい性能があるから対抗手段は遠距離からの魔法攻撃なわけだが…
仮に技能を調整して+-除いた知能値の数字分まるまま減少させるようにしたら、距離詰めてこれ発動してもある程度やってるプレイヤー相手なら【狂化】状態にはできない。習得さえしていれば魔法は知能値足りてなくても発動はできるから対抗の手段もある。暴発して反射ダメージを自分も食らうけどな。
ともかく制圧するための技能っていうには性能不足だし、何なら発動側のデメリットの方が多い。強い敵が増えるわけだしな。
ってなわけだしさっき仮に出したみたいな調整して放置でいいんじゃないか?」
「きみ無くした分の穴埋める新しい技能作るのめんどくさいだけでしょ」
「バレてるんだよボケナス家帰れ」
「こんな中途半端な技能他の技能と併用しないわけ無いだろアホ」
「【狂気扇動】『自身の周囲半径5m圏内に【狂化】が発動しているプレイヤー、または【狂気】状態のプレイヤーがいる場合、方角を宣言して発動できる。圏内のプレイヤーは発動者の選択した方向にいるプレイヤーをランダムに対象を取り攻撃を行う』」
「ほら〜〜〜馬鹿が考えた技能出てきた〜〜〜」
「調整確定だよアホ。なんなら【狂騎士】の【狂気伝染】も調整だよカス」
「強すぎゲームバランスなめんな…」
「ちなみに【狂星】の永続効果で【狂化】のプレイヤーから攻撃対象にされないよ」
「名前結構いいのに内容ほぼおまけみたいな効果だ」
「もう諦めて全部調整だ全部ッ!!残業───────ッ!!!」
会議室はもはや話し合いの最中とは思えないほどに荒れていた。紙が宙を舞い、メンバーが叫び、頭を抱え、物が倒される。カオスと言ってなんの間違いもない異常空間。
されども彼らは一応ながら立派なエリート。数分度には立て直し、再度話し合いの席につき直す。
そしてまた暴れたりもしつつも、しっかりと正しい着地点を定めていく……トライ・アンド・エラーの極みと言えるその手法を幾度と無く繰り返した─────その日の深夜。
『【狂化】:発動後ステータス、自己回復能力を30%強化し自動操縦状態になる
【性能強化】:【狂化】の性能を10%上昇
【狂気増幅】:【狂化】の性能を30%上昇(他の強化効果を先に計算する)
【狂気洗練】:自動操縦時、攻撃対象を選択できる(1/1m)
【狂気伝染】:付近のプレイヤーに【狂気】を付与する(5%/1/5m)
【強化体躯】:常時耐久値・体力値・筋力値を+20%、知能値を10%下降(知能値が+の場合は-、-の場合は+)
【狂化体躯】:【狂化】時・耐久値・体力値・筋力値を+20%、自己回復能力を+30%、自己再生状態を付与する(【狂化】発動中永続)』
「はぁ……っ!はぁ……っ!どうだ……?進化先の技能も調整し、現在の技能もバッシングのキツくならない程度に調整を加えた……!」
「完璧、なんじゃ……ない、か?」
「……ふつくしい」
「あぁ……なんだ……?頬に塩水が……」
「俺たち、勝ったんだ……」
各人机に突っ伏し、地面に伏し、空を仰いで涙を流す。そう、彼らは長き時を費やして見事勝利を掴んだのだ。
程よい調整、バレない裏の調整、スキルの発動処理の変更、エクセトラ……その全てを彼らは終えた。
その命を文字通りに燃やして、ようやく。
「……終わった」
その事実には、リーダー的な人物もその頬に涙をつたわせる程。それ程に【狂化】の相手をするという行為は面倒で、辛いものであったのだ。
その戦いがようやく終わるというのだから感動もひとしおというところ。
しかし、この現場はあくまで会議。どんな仕事があったとしても、彼は毅然としてこの場を締める役目がある。
涙を拭い、彼は立つ。
「みんな、ありがとう。これで『マジック&ブレイド・オンライン』の……俺たちの未来は繋がった!
ここで決めた内容を上に報告しメンテを挟むことで、今回の仕事は完結する。ここまでやれたのはみんなのおかけだ……」
机の前に背筋を伸ばして立つ彼を、突っ伏していた彼らも首を動かして見上げている。またも溢れそうになる涙を堪え、リーダーは最後にと言葉を口にした。
「全変更案の提出を以て、今回のゲームバランス調整会議は以上とするッ!」
「「「「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」」」」
彼の言葉に合わせて、全メンバーが立ち上がり頭を下げる。それは彼らに示せる最大限の感謝。
理解したリーダーは口の端を僅かに歪ませてから振り返り、出入り口の扉へ向かう。
そして退出の直前、退勤を記録するためのICカードを取り出そうとポケットに手を入れ、取り出した────その瞬間。
ぱさっ、と。静かに何か、折りたたまれた紙のような物が地面に落ちた。
もはや半日以上も前に入れたものだ。彼自身もそれが何なのかなど覚えておらず、軽い好奇心と共にそれを拾い上げ広げてみた。
拾い上げてしまった。
「……『急務 ゲーム内イベントでの調整不足により、1チームが事実上の単独首位という形となった。
事前に用意したジュエル交換品の内容はこの自体を想定した性能ではなく、調整が必要である。
よって、ゲームバランス調整班に『ジュエルポイントで交換可能なアイテム・武器・装備・技能』諸調整を求める』」
男の発言に。紙の内容に、一同は一斉に硬直する。
そして───────。
「ごめん……まだ、仕事あったわ」
「ああああ─────ッ!!バサラァァアアああああああああああッ!!」
そして、暴動が始まった。
会議室は蹂躙され、偉そうな男はボコボコに叩かれる。誰一人としてそれを止める者はなく、ただの地獄がそこには顕現していた。
されどもやはりエリート達。しばらくすればまたも席につき、翌日の出社時間には今度こそ全ての作業を終えたのだった。
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