伴鐘
──本当にボクの話なんかを小説にするのかい?いや、嬉しいよ?嬉しいんだけど、みんなはこんなボクに感情移入できるかな?え、大丈夫だって?そっかぁ。確かに、これまでボクを使ってくれた人たちへの感謝もできるもんね。じゃあ作者さんのことを信じてボクの半生を話すから、みんな読んでくれると嬉しいな。
みんな、初めまして!ボクはこの道16年の目覚まし時計で、名前は「リン」っていうんだ!丸々とした体に大きな2つの鐘、大きくて見やすい盤面の数字がボクのチャームポイント!見た目も機能もシンプルだから、我ながらボクは人気者なんだ!
とは言っても、所詮は目覚まし時計。シンプルだからこそ原宿のオシャレなお店になんて置いてもらえなくて、錦糸町の雑貨屋で1,000円くらいで売られてたんだ。それでもいろんな人が来てくれて、シンプルで使いやすそうってみんな言ってくれたんだ。
だけど、やっぱり時代は電子サウンドの時計とかデジタル表示時計なんだよなぁ。シンプルすぎてなかなか売れなかったみたい。そんなこんなで1ヶ月間そこにいて、ようやくボクを買ってくれる人がいた。購入者は37歳の男性と35歳の女性。あ、こういうの人間界では「夫婦」っていうらしいね。愛する我が子の誕生日にプレゼントするって聞こえた。
ボクは丈夫な箱の中に入ってたんだけど、なんかくすぐったいなぁ。あ、これがもしかして「バーコードをスキャン」するってやつなのかな?なんて思ってたらたちまち乳白色のプラスチック製の袋に入れられて、どこへ運ばれるやら。
気がついたときにはボクは一軒家に着いた。わあー大きいな。ここがボクのお家になるんだ。ところでボクの持ち主となる、この夫婦のお子さんはどんな人なんだろう?電子サウンドの時計に比べるとちょっぴり壊れやすいから、丁寧に使ってくれると嬉しいなぁ。
少しすると、元気な女の子の声が聞こえてきた。もしかして、この声の子がボクを使ってくれるのかな?どうやら習い事から帰ってきたみたい。へぇー、バレエを習ってるんだね。かっこいいなぁ。
その夜、ボクはその女の子の手に渡った。名前は優花っていうんだ。そっか、今度の4月から小学生なんだね。その記念でボクをプレゼントされたんだ。ボクも目覚まし時計の1年生。一緒に頑張ろうね!
え、優花?泣いてるの?ボクが来てくれて嬉しいって?そんな泣くほどのものじゃないよ。え?名前つけてくれるの?鐘をリンリンと鳴らすから「リンくん」だって!良い名前だなぁ。よし、リンくん頑張るよ!
──次の日の朝から、ボクは優花のモーニングコール役になった。
設定時刻の5分前、鐘を鳴らすまでもうすぐだ。なんだか緊張してきた。ちゃんと起きてくれるかな。絶えず動く秒針を止めたいくらいだ。でもそんなことしちゃいけない。あぁ、時間だ。よし、頑張るぞ!
「ジリジリジリジリジリジリジリジリ」
ふぅ。起きてくれた。ボクの初仕事は無事に終わった。うん?どうしたんだい優花?
「リンくんおはよう!起こしてくれてありがとう!」
わぁ、嬉しいなぁ。でもそれがボクの役目だからね。こちらこそ、起きてくれてありがとう!
大好きな優花の1日を始めるボクの鐘の音は、彼女にとってかけがえのない存在になった。同時に、ボクにとっても大切な時間なんだ。だから優花が小学6年生になって、2泊3日の移動教室に行くって聞いたとき、少し寂しかったよ。でも、優花はその前の日、ボクの体に油性ペンで「小松優花」って書いたんだ。そして電池カバーの裏に「小松リン」って書いてくれて、そのとき確信したよ。ボクを日光に連れていってくれるんだって。
宿舎でリュックからボクを取り出した優花は、「いつもより時間早いけど、明日も起こしてね」と笑顔で言ってきた。するとそれを見た優花の友達は、「なにその時計、古そう~」って言ってきた。うん、きっとボクは古く見えるんだ。でも優花は「美希には分かんないでしょー!これが良いの!」って言ってくれて、嬉しかったなぁ。
中学3年の修学旅行で京都に行くときも連れていってくれた。言われることは前と一緒だけど、優花が「明日もよろしくね」って言ってくれたから、ボクは頑張れたよ。
だけど優花が高校生になる頃、目覚まし時計事情は大きく変わってしまった。それは、優花が高校生になって初めて携帯電話を買ってもらったことから始まったんだ。
「携帯のアラーム機能があれば十分」
優花のお母さんのその一言で、ボクはもう役目を終えたんだって思ったよ。もうお別れなんだなって。
しばらく優花は、ボクを使い続けたいって言ってくれた。でも最終的にボクは、優花の元から離れることになったんだ。9年間ボクを使ってくれてありがとう。
え?…リサイクルショップ?捨てられたわけじゃない…そっか、ここで次の人が見つけてくれれば、ボクはそこでまた誰かのモーニングコール役になれるんだね!
泣きながら「小松優花」の名を消す。それでも優花はボクを丁寧に使ってくれたから、傷ひとつ無く高値で買い取られた。
優花、ボクをここまで使ってくれてありがとう。出逢えて良かった。またどこかで会えたら良いね。
──砂町のリサイクルショップに売られたボクは、3日ほどで別の人の目に止まり、ボクの2人目の所有者となった。どうやらつい最近この街に来た学校の先生みたい。この近くの小学校に赴任してきたんだ。あ、自己紹介してる。もしかして着任式のスピーチの練習かな?へぇ、笹倉秀輝さんっていうんだ。秀輝さん、よろしくね!
僕にとって10回目の春。秀輝さんも学校の先生になってから10年目なんだ。ボクと一緒だね!毎日朝早いんだろうなぁ。よし、ボクが頑張って秀輝さんを起こすんだ!
迎えた秀輝さんの最初の出勤日。その朝のモーニングコールを任せられた。時刻は5時50分。
「ジリジリジリジリジリジリジリジリ」
良かったぁ!起きてくれた!これがボクの役目ではあるけど、やっぱり起きてくれると嬉しいなぁ。だけど、少し寂しいな。いつも「おはよう!」って言ってくれた優花はもういない。忙しい朝の先生は、40分ほどで身支度を済ませ出掛けてしまった。
誰もいなくなった部屋に響く、ボクの秒針の音。一人暮らしの家なんてみんなこうなんだろうなぁ。ボクの場合は最初の人が良かっただけだ。今ごろ優花は何をしてるのかなぁ。
そんなこんなで早くも3年、秀輝さんは転勤になり、行く先々で家財道具を買っている秀輝さんは、ボクを近所のリサイクルショップに売却した。必要最低限の使い方だけをしてもらってたからあまり思い出はないけれど、でも秀輝さんが使ってくれて良かった。本当にありがとう。
──東陽町のリサイクルショップに売られたボクは、5日ほどで次の人が見つけてくれた。名は飯島孝太郎くん。兵庫県出身でこの4月から東京の大学に通うらしい。すごく頭がよくて、弁護士を目指してるんだって。
毎回緊張する、3回目の初仕事。時刻は午前6時45分。
「ジリジリジリジリジリジリジリジリ」
良かった。孝太郎くんも起きてくれた!でも、やっぱり大学生って忙しいんだなぁ。30分くらいで家を出てしまった。
ぽつんと取り残されたボクは、これまでの恵まれた過去を思い返していた。そんな毎日を過ごすこと2年。孝太郎くんはアメリカへ留学することが決定し、またもボクはリサイクルショップに売られてしまった。
ボクが目覚まし時計として働き始めて14年。この世界では、平均的な寿命が15年だと言われているんだ。動けてあと1年。こんなボクを次に買ってくれる人はいるのだろうか。もうこのまま捨てられるのではないか。一抹の不安が過る。せめて、優花に会いたい。捨てられる前に、もう一度だけ優花に使ってほしい。ただの思い上がりかもしれないけど、ボクは優花に使ってもらうために生まれたのかもしれない。そう思いながら、今日も門前仲町のリサイクルショップで時を刻んでいた。
──この店で500円の値札を貼られて、気がつけば1ヶ月が経とうとしていた。これまでは「安ければ誰かが買ってくれる」状況が続いたけど、携帯電話やスマートフォンの普及率は7割を超え、あえて目覚まし時計を購入する人も減少傾向にあった。ましてやノスタルジックでもなければSNS映えするわけでもない、無難なデザインの目覚まし時計はお洒落なデジタル式時計の後塵を拝していた。もうボクを買ってくれる人なんていない。そう諦めかけていた。
そんなある日、店に来たおじいさんがボクを指差しながら、「こんな素朴な目覚まし時計あったかい?」と尋ねた。店員さんが頷くと、少しばかり考え、ボクを手に取った。
「わしの家ももう物がいっぱいでなぁ、後先短いんだから道具を増やすなとトキさんに言われているんだが、遅咲きの健康志向ちゅうか、目覚めたと思えば座敷に座って酒を嗜むだけの生活を続けるのも些か毒かと思ってなぁ、規則正しき生活をしようと思ってな」
きっとトキさんというのは、このおじいさんの奥さんのことなのだろう。店員さんとのしばしの会話の後、ボクはトキさんが待つおじいさんの家に向かった。きっとこの人が、ボクの最後の所有者になるんだろうなぁ。最後の最後まで役目を全うすることを誓った。
家につくと、案の定トキさんは「善一郎さん!また物を増やして!」と叱った。それでもおじいさんは「可愛らしい時計じゃないか」と微笑む。ボクのこと可愛いとか、そんな風に思ってくれたの、優花だけだったなぁ。いや、もしかしたらこれまでボクを使ってくれた人は、言葉にしなかっただけでそう思ってくれてたのかな。
──それから1年ほど時が過ぎた。善一郎さんは常にボクを見ながら行動を起こす。5時にボクのモーニングコールで目を覚まし、少ししてから散歩に行く。2時間ほど経ち帰ってきてからは、トキさんが作った朝食を食べ、そこから昼頃までのんびり読書をする。これはボクを使い始めてからできた趣味で、午後はその日の気分次第で古本屋のオカノヤに行ったり、喫茶すまいるで珈琲を飲んだり、佐倉酒店でお気に入りの日本酒を探したり、以前よりも外出する機会が増えた。なぜボクがそんなに詳しいのかって?善一郎さんは携帯電話や腕時計を持ってなくて、代わりにボクを持ち歩いているんだ!だからこれからも、善一郎さんと一緒に出掛けるのを楽しみにしていたんだ。
──そんな3月のある日。それは優花がボクを最初に使い始めてから、ちょうど16年が経った頃だった。いつもと同じように、5時になり善一郎さんにモーニングコールをする。
「ジリジリジリジリジリジリジリジリ」
…しかし、全く目を覚ます気配がない。どうしたのだろう。誰かが止めてくれることはなく、ひたすら起きてもらうために鳴らし続ける。10分ほどして、異変に気づいたトキさんが様子を見に来る。すると慌てた様子で電話の元へ行ってしまい、数分後には救急車が到着した。善一郎さんは薄い水色の服を着た人たちによって担架に載せられ、トキさんと共にどこかへ行ってしまった。
ボクは目の前で起こっていたことに呆気をとられて、時計の針を止めてしまうところだった。一体何があったのだろう。善一郎さんの枕の横で取り残されたボクは、不安が漂う部屋で時を刻み続けるしかなかった。
その日の夜、トキさんが帰ってきた。息子たちや孫も一緒である。でも、善一郎さんは戻ってこなかった。こんなに家族も集まるなんて、きっと善一郎さんは亡くなったんだ。もう会えないんだ。もうどこにも連れて行ってくれないんだ。どこからともなく沸き上がる寂しさ。同時にボクはもう役目を終えたんだ。もうボクは捨てられるんだ。トキさんたちから漂う哀しみの雰囲気が、時間の流れを止めようとしていた。
この16年間を思い返せば、他の目覚まし時計が経験していないようなことばっかりだった。ボクを使ってくれた4人とも、ボクにとっては大切な思い出だ。善一郎さんも、飯島孝太郎さんも、笹倉秀輝さんも、短い期間でも使ってくれてありがとう。そしてボクの生涯で半分以上の期間を共に過ごした小松優花ちゃん。今頃はどこで何をしているんだろう。でももう、ボクには関係ないことかな。
──誰かが部屋に入ってきた。ボクはもうすぐ捨てられるんだな。覚悟はできている。すると突然、若い女性がボクを持ち上げた。様々な角度からボクを眺めると、裏側の電池カバーを徐に開ける。そう、そこにはボクの名前が書いてあるんだ。優花が小学生の頃、日光の移動教室に連れて行ってくれたときに書いてくれたんだ。何だか恥ずかしいなぁ。
「やっぱり」
…え?
「リンくんだ」
…どうしてそこにボクの名前があるのを知っているの?
「…久しぶり、優花だよ」
…え?優花?本当に?
突然のことで驚いてしまった。優花がボクを手放してから7年経ってるから、大人になってて気付かなかったよ。そっか、善一郎さんは優花のおじいちゃんだったんだね。
「おばあちゃん、この時計持って帰っても良い?」
「えぇ、いいとも、古物だけどねぇ」
──こうしてボクは、17年目を迎えることができたんだ。とは言っても、大学を卒業した優花のモーニングコール役ではなくて、就職した家電メーカーのデスクでの時計として使ってくれてるんだ!ボクもこれから先、何年間動き続けられるか分からないけれど、優花がボクを使ってくれるうちは頑張ることにした!
──ここまで長々とボクの半生を語った訳だけど、みんなには「小さな頃から使い続けてるもの」が何かあるかな?もしあれば、その子に名前を付けてあげてほしいんだ。ボクたちもみんなと同じように、意味をもってこの世に生を受けて、様々な想いを胸に働き続けているんだ。だけど、その役割を果たせなくなると、人は物を簡単に捨ててしまう。もちろん使えなくなってしまったボクたちは捨てられる運命に違いないんだけど、それでもあっけなく捨てられるのはとても悲しい。実はボクたちにも感情があるんだよ?そして思い出も一緒に作る。ボクたちは皆な、誰かの幸せのために存在してる。ボクは優花のために時計として存在し続ける。それは人も同じはずだよ。みんなも誰かの幸せのために生きてほしいな。
ここまで読んでくれて本当にありがとう!そしてもし読んでくれた人のなかに、ボクを使ってくれた人がいるのなら、ボクを捨てずに他の誰かが使ってくれるような対応をしてくれてありがとう!
ボクは元気です!これから先もずっと!
小松リン