5.王女は信じない
しかし、悪魔はだんだんと、王女のそばにいるだけで心地よく感じるようになる。
なぜなら、彼女のそばにいて、甘やかすだけで、負の感情を入れ食い状態だった。ぐらぐらと煮えたぎるどろりとしたスープのような嫉妬……チープで軽い食感の嘲り、軽蔑……。
待っているだけで、次々と様々な料理が送られてくるが如く、並ぶ負の感情に、彼女本人から得られるもの以上に喜びを感じる。
王女は、あまり負の感情を抱かなくなり、それはそれで残念ではあったが、代わりにある種の喜びを感じていた。
将来に向けて気持ちが育っているのだという確証のように悪魔には思えたから。
今すぐにその信頼を裏切り、絶望を感じさせたらどれだけ素晴らしい味わいだろうかと昏く想像する。
その一方で、裏切っても、負の感情を得られなかったら、という懸念もあった。
もう、そろそろ良いのではないか、いやいや、まだまだもう少し、機を待つべきだ。と、
彼の中で悪魔と悪魔がささやきあう。
彼女は意外な程あっさりと諦めてしまうのだ。
亡き王妃からの贈られた物なども、なくなったり壊されたと聞いても顔色一つ変えずに「そう」とだけ答える。理由を問えば、「物は物だから」と。
悪魔が、多くの贈り物を与えて、例えそれを奪われても揺らぎもしなかった。当然のように受け入れているのだった。
「せっかく贈っていただいたのに申し訳ない、でも、きっと私とはご縁がなかっただけ」だという。
思えば、彼女は母親の遺品などを持っていなかった。自ら手放したのか、手放さざるを得なかったのか、どちらにせよ、その際は、その諦観に至るまでは、さぞかし、美味であったことだろうと悔しく思う。
そして、やがて、この環境が悪いのだと悪魔が気が付く。
ここにいる限り、理不尽なことが罷り通ってしまうのだ。
この環境を生み出した悪魔が、理不尽にもそう思い当たる。
いっそのこと居場所を変えて良い環境にお連れしようか、と考え、提案したが、王女は、首を横に振って断った。もっと住みやすい場所があるということを信じていないようだった。