1.悪魔は苦しまない
一応、全11話で完結済み予約投稿してます。
その男は悪魔と呼ばれていた。
ここは血塗られた王宮。王は存在するものの、その傍では兄弟、親戚、力のある貴族など、虎視眈々と王座に狙う者たちがいた。
後宮があり、序列をつけない名目上は同等とされている王妃が複数いた。そこでもまた次期王を賭けて争っている。
それぞれの体調の変化、寵愛の受け方などを監視するように牽制しあい、子を宿したようならば、いかに世に出さないようにするか、男児が生まれたと聞けばその子の命をいつつんでしまおうか、狙い合うのがここでの日常。
そんな状態であるため、貴族同士の仲も極めて悪く、派閥争いも複雑に入り組んでいて激しかった。大事な局面でもみみっちいことで足を引っ張りあっていた。
当然、国の運営などうまく行くはずもなく。国を取り仕切る者たちもまた不要な手順に悩まされていた。
この貴族を立てればこちらが立たず、あの貴族が昰と言ったからこちらは否と言う、というような、子どもの喧嘩よりもひどい理由で国家を揺るがす大きな案件が、ぽいと蹴られる。
早朝から深夜まで休まずやっても仕事が尽きない職場。あれこれ変わって一向に定まらない方針。怒号が飛び交い、次は自分だろうかと怯える者たち。
既に心身を崩している様子の者もいるが、休むことも許されない。
まさに阿鼻叫喚図。
その現場で、鼻歌を歌うが如く、平然と過ごしている男がいた。
非常に有能でハードワークも苦にすることなく仕事も人の何倍もこなしていた。
立場としては中間管理職で、普通ならば精神崩壊しそうな立場だった。仕事のできない上司からは怒鳴られたり無茶振りをされたり、仕事のできない部下からは迷惑ばっかりかけられる。
実際同じ立場の人間は何十人も消えていった。
しかしその男は、他の者のように、怒鳴られたり恫喝されても堪えることなく飄々と返す。部下の尻拭いも平然とこなし、他の上司のように怒鳴ったり嫌味などを言わないので慕われてもいた。
そんな姿から一種の英雄視されている、一方で恐れられてもいた。
堪えていない様子だがやり返さない訳ではないのだ。
上司にも部下にも笑顔で無理難題をさらっと押し付けたり、さり気なく誰かと誰かを対立させたり。しているのではないか……と疑念を抱く程度の巧妙さで。
仕掛けられた者が気づいた頃にはすでに遅く、周りが気づく頃にはその者の存在がいない。
そして、ついたあだ名は悪魔だった。
この国の物語に登場する悪魔は、人々を混乱に陥らせて喜ぶと言われていた。殺伐としていればしているほど生き生きとしていて、更に対立を煽るのだと。
神話では戦争に導き、双方の陣営が疲弊し、兵士は衰弱するその戦場の中、一人で優雅に微笑み立っていたと言われている。
まあ、実際にその悪魔なのだが。
彼は人の負の感情を得るのを喜びとしていた。
確かに伝説の戦場はとても良質な負の感情を得られた。
しかし、戦争なぞ長い彼の寿命からすると一瞬のものであった。
安定して負の感情の供給を得るには、そこそこ国は平和であった方が都合が良い。死なない程度に、しかし最大限まで苦しめる方法を探し求めた結果がこの王宮なのであった。
故に、陰謀うずまくブラックな王宮なんて、彼にとっては、三度の食事に、二度のオヤツと夜食がつくほどの快適空間なのである。長く長く終わりが見えない残業なんて、彼にとっては食堂の利用時間が延長している程度の話だ。
彼がわざわざ手をくださなくても勝手にイライラする上司、怯えたり不満を抱く部下。
1人が陛下の寵愛を獲れば、あらゆる所で、陰謀、憎悪が沸き起こり、激しい嫉妬の炎が各地で燃え上がり、いかにして出し抜こうかと怒りや軽蔑が入り混じった画策する。不満や悲しみはいたるところに溢れていた。
そんな環境の中、ほとんど全く負の感情を抱かない者がいた、自分と同じように。