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手配した馬車に揺れながらイズはニタニタと笑っていた。


「旦那様驚くかな?」


いきなり自分が現れたらどんな表情をするのかイズは想像しただけで笑みが溢れる。

反対にスノトーラはあの仮面の様な無表情男がそれぐらいで揺らぐのか怪しく思えてならない。

特に幾度の戦場で成果をあげた男だ。

これぐらいで動じるわけがない。


ーーやっぱり旅は疲れるなぁ~


そんなスノトーラを他所にイズは伸びをしながらもう一度目的を思い出す。


ーーうーん、想い人か…


スノトーラに知らされて数日経っても、イズは現実味のないそれにどう思いを寄せればいいのか分からないでいた。

まず、イズの頭で考えても結論などないものに、馬鹿みたいに時間をかけていても無駄だ。


ーーま、すぐにわかる事だろうね


そう考えるイズは恐れもせずに意気揚々とヴァンディル伯爵の屋敷に向かうのだった。





「お、奥様だと!?」


門番から連絡を受け、一人の使用人が声をあげた。

その声に反応して他の使用人もワラワラと集まってきた。


「どうしたの?」


声をあげた者に他の人が集まる。


「お、奥様が…奥様が、この屋敷に来た様だ」

「え!?」


イズが呑気に馬車から降りている間、いきなり来たヴァンディル伯爵夫人に慌てていた。

結婚してからも姿を見せた事のない伯爵夫人が現れたのだ。

驚くのも無理はない。


「奥様って…あの悪女?」


驚愕の表情を浮かべながら一人の下女が言った。


「悪女?」


一人がキョトンとした顔で聞き返す。


「ほら、旦那様を苦しめている悪女だよ」

「あぁ!贅沢三昧で領地に籠りっぱなしの!」

「なんか旦那様を追い詰めて無理やり結婚したとかって言う?」

「そうそう!結婚してから以前よりも忙しくなってしまってさ」

「全然こっちで休まれてないしな…」

「呼び出されてるみたいで、仕事の区切りがつくとすぐ高飛びで帰って行ってよ」

「しかも、我儘だから思い通りにならないと癇癪を起こすとか」

「だから毎回あんなにも贈り物を買って帰るらしい」

「失敗した向こうの領地の人間が幾人かクビを切られたらしいぞ?」


次々と使用人達の間に噂が飛び交う。


「国王陛下さえ頭が上がらない旦那様なのに、そんな旦那様を操ってるだなんて…」

「それだけ旦那様を苦労させている悪女がここにいるだなんて…」


彼らの中で会ったことのない伯爵夫人は未知の生物だ。

いつそんな噂が出来上がったのか定かではない。

だが、彼らの中ではいつの間にか伯爵夫人に対して『悪女』と言うイメージがついてしまっていた。


「おいおい、だったら早く出迎えないといけないだろ!?」

「すぐにローゲさんに知らせないとっ!」

「早くしろっ!」


噂話に花を咲かせていた使用人達は自分たちの本来の仕事を思い出し、慌ただしく動き出した。

誰にもわからない伯爵夫人だからこそ、余計に彼らの中で危機感が煽られていた。

彼らは大慌てで、伯爵夫人を迎える支度を始めた。





「お、奥様、ようこそ…」


この屋敷を取り仕切っている様な男が前に出てきて、イズ達を迎えた。

顔が少し引きつっている。


「いきなり来てごめんなさい」


イズはほんわかと微笑みながら言った。

天使のような穏やかさと言うよりはヘラッとした笑い方だ。


「なんだか急に来たくなっちゃって」

「い、いえ…」


男はそんなイズに引きつった顔のまま返事をする。

穏やかなイズの様子よりも、突然来たイズに緊張している様だった。


「えーっと、お名前は?」


そんな彼などお構いなしに、イズは呑気に名前を尋ねる。


「…ローゲと申します。この屋敷で副執事を努めさせていただいております」

「なるほど。ローゲ、今日からよろしくね」


イズは穏やかな空気を醸し出すが、ローゲの緊張が溶ける事はない。

この屋敷には身分的に副執事以下の人間しかいない。

領地でもイズがお世話になっている執事が、王都と兼任しているのだ。


「こっちは私の妹のスノトーラ、お部屋を用意してくれるとありがたいけど…いい?」

「あっ…はい!」


ローゲは返事をすると、使用人に指示を出す。

イズ達は準備をしている間、ローゲの案内でまず客間で待つ事になった。

ローゲはかなり気まずそうで何かを気にしている様子だった。

イズはそれに気づく事はなかったが、スノトーラはその気配をなんとなく察していた。


「ど、どうぞ…」


下女が香りのいいお茶を運んで来た。

何故か下女は緊張したように手を震わし、カチャカチャと陶器がぶつかり合う音がする。

イズも零れたり割れたりしないかと緊張しながらカップが無事自分の所まで着くのを見届ける。

なんとかカップ達がセットされる頃にはイズの口の中はカラカラになっていた。


ーーあ…これ…


イズはやっと自分の元に来たお茶を少し飲んですぐにカップを置いた。


ーーちょっと渋みが強すぎだな


イズ好みの紅茶ではなかったのだ。


ーー残念…


香りが良かった分、味も楽しみにしていた為、少し寂しい気持ちになる。

喉も渇き切っていて紅茶を受け入れる体勢は整っていたのに、ただ渇いただけと残念さが残る。


「ゴホン…ところで、ヴァンディル卿は?」


目的を忘れてしまっている姉に変わって、スノトーラがローゲに尋ねる。


「え?旦那様ですか?」


ローゲはキョトンとした表情を浮かべる。


「今日の朝方、領地に戻られましたが?」

「え?」


ローゲの一言にイズもスノトーラもぽかんと口を開けていた。

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