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「…まだ思い出してなかったのか」


イズが帰ってきたヴァンディル卿に、縁談が来た理由を尋ねると、ヴァンディル卿は顔を険しくさせて言った。


「まだ?とは?」

「君と会ったのは顔合わせの日が初めてではない」

「え?」


イズはなんのことか分からず首をひねる。

そんなイズを見たヴァンディル卿は気不味そうな表情を浮かべ、顔を逸らす。

そしてイズに聞こえない声で呟く。


「まるで私だけがこだわっているようだ…」

「え?なんですか?」


全く記憶が蘇ってこないイズはさらに首を捻らせてヴァンディル卿を覗き込む。

彼は恥ずかしそうな困った様な表情を浮かべる。


「とある学者だ」


渋々、ヴァンディル卿は言った。

それでもイズの表情は相変わらずキョトンとしている。


「それがヒントだ」


うっすらと口元に笑みを浮かべた彼は、言い終わると、イズの目元をそっと撫でた。



◇◇◇◇◇



「お前もそろそろ身を固める時なのではないか?」


訓練中に同僚の一人がヴァンディル卿に言った。

ヴァンディル卿は顔をあげるとあからさまに不機嫌な表情を見せる。

面倒だと全身で訴えていた。


「おいおい、ヴァンディル伯爵家の血を途絶えさせるきか?」


側にいたラドも話に加わってきた。

彼はお気楽な性格で、堅物なヴァンディル卿とは最初の頃はそりが合わなかったが、遠征を重ねるごとにそれなりに親しくなった。

苦痛や、無の中での遠征ではラドの呑気さが救いになる。

非日常の中で、いつも通りの彼が人間として大切な何かを取り戻させてくれる様だったのだ。

だからこそ、彼は多くの人から慕われる。

彼自身が優秀な軍師でも騎士でもないが、彼の人柄が人々を魅了していた。


「いざとなれば親類から養子を引き取る」


ヴァンディル卿は汗を拭いながら答える。

彼は結婚に興味はなかった。

築きたい家族像も彼にはない。

まず女性に魅力を感じたことが皆無だった。

遠征から帰るたびに、平和ボケした世界で牽制しあう彼女達を見てバカらしく思うばかりだった。


「そりゃ壮絶な跡取り争いが繰り広げられるだろうな」


ラドはゲラゲラと笑って言った。


「国内で争いとなれば、遠征どころじゃないな」

「こいつが結婚するって言っても、争い事だぞ?」

「令嬢達が魔獣の様に襲いかかってくる」


同僚達は好き勝手話し続ける。

彼らは付き合いが長く遠征でもよく同じ部隊になることが多い。

その分、騎士として名を馳せ、迫力のある容姿をしているヴァンディル卿に恐れる事はない。

彼らはゲラゲラと会話を続ける。

王都にいる間はあの遠征が嘘の様に穏やかだ。

今まで最も長い遠征終わりだったからだろうか、穏やかさが何倍にも感じられた。


「今回、また手柄をあげたんだ。競争率がまた上がるだろうな」

「あぁ、お前も歳が歳だし、今度の宴会はアプローチがすごいことになるぞ?」


他人事だからか彼らは呑気に会話を繰り広げる。


「興味がない」


ヴァンディル卿はバッサリと言い切る。

そしてまるで自分には関係がないと言わんばかりに、素振りを始める。


「今回はラドも成果をあげたんだろう?」

「あぁ、こいつのお残りな」


ラドは笑いながら話す。


「一応、家族も招待したけどよ。きっとお残りだって聞いたら恥ずかしいとか言って帰っちまいそうだ」


呑気に話す。

彼から聞かされる家族の話はいつもどこかあたたかい。

きっといい家庭環境が今の彼を形成したのだろうとヴァンディル卿は感じていた。


「お前んところ、妹が何人かいただろ?」

「何人かって、2人な」

「あれだろ?お前似の妹」

「上の方のな。下の妹はそれなりに美人で頭もいいけどよ、上の方が行き遅れしそうなんだわ」


ラドは相変わらず笑いながら話す。

彼にかかれば死んだ話も笑い話に変わりそうだ。


「女版のラドかぁ〜、行き遅れそうだな」

「なら、テュールに紹介してやれよ。丁度良いじゃないか」


一人が冗談まじりで言った。

ヴァンディル卿は面倒な話をしてくれるなと批判的にその人物を睨む。

だが、ラドは首を横にふった。


「やめとけ。あいつはかなり呑気なんだ。食事と寝る場所さえ与えとけば、ごろごろして生き延びる人間なんだ」

「それは呑気なのか?図太いの間違いだろ」

「あぁ、図太い。ちょっとの事じゃへこたれないからな」

「肝っ玉な嫁になりそうだ」


ーーラドの妹か…

ヴァンディル卿は少しだけ興味が湧いた。

だが、それは好意とかそんなものではなく、見せ物屋を少し覗くぐらいの感覚だった。


「それならモテそうだ。家を任せるなら図太さが大切だ」

「この国の女性は誰も彼も強いからな」

「いや、言っただろ?あいつは呑気なんだ。呑気すぎる。女を感じない。雲みたいなやつだ」

「雲?」


そこでヴァンディル卿は思わず声を出す。

雲の様な人とは想像がつかない。


「雲だよ雲。空に浮かんでるあれだ。ただただ流れに身を任せて流れているだけ。場合によっては雨を降らせたり、太陽を隠してくれるが、それは雲の意思じゃねぇ。ただ、そうなっただけ。何があろうとも、呑気に浮かび続ける。こんなやつに家を任せれるか?」


そう言われてしまえば皆が苦笑いを浮かべる。

全員口に出しはしなかったが、『ラドにそっくりだ』と感じたに違いない。


「でも、性格はいいやつだ。それだけは間違いないね」


先程まで自分の妹を貶していたの関わらず、彼は頷きながら言った。


「ま、なる様にしかならねぇからな。あいつに白馬の王子が現れるかどうか見守るしかないわな」


ラドはそう呑気に言って笑う。

そこから同僚同士の他愛のない話が続いたが、ヴァンディル卿はやっぱり雲の様な女性が気になった。

ーー雲…

想像しても想像できない。

ただ薬にも毒にもならない人間は、毒になる人間よりはマシだと彼は思った。

彼にとって狩人の様な目で自分を追ってくる女性は毒でしかないのだ。

ーー会ってはみたい

ヴァンディル卿はそう思いながら、また素振りを再開させるのだった。



そして数日して、遠征の成果を祝う宴が開かれた。

いつもよりも大勢の人間が集まり、勝利に酔いしれている。


「御機嫌よう」


知らない令嬢達が親に連れられて挨拶にやってくる。


「素晴らしいご活躍だとお聞きしましたわ」


熱っぽい視線を感じながらも、同じ会話を延々と繰り返すばかりだった。

ヴァンディル卿は無表情でそれを流していた。

不快な表情が顔に出ない様に、訓練のことばかりを考えていた。

ーー帰りたい…

そう考えていると、先程までの下心満載とは違う声が飛んできた。


「おーい」


ラドだった。

彼が正装をしているのは珍しい。

幾分かいつもより知的に見えるから不思議なものだ。


「楽しんでるか?」


相変わらずお気楽な声でラドは言う。


「あ、こっち、俺の親」


ラドが近くにいた人間を引っ張って言った。


「あぁ、これはどうも」


ラドの荒々しさが抜けた優しさ溢れる人物が、目を嬉しそうに細めてヴァンディル卿に挨拶をした。

彼がエプリ伯爵だった。

ラドの語る話と重なるあたたかみのある人物だった。

ーー想像通りだ

そう思いつつ、こんな人間が現実にいるのだなと思い知らされる。

こんな人間が増えれば遠征など必要ないのかもしれないとまで考えた。


「ラドから話はよく聞いております。国家の剣にあえて誇らしいです」

「いえ…」


なんと言えばいいのかヴァンディル卿も困る。

人が良さそうなのがひしひしと伝わる分、その言葉が彼の本心だとよくわかる。

助け舟を求めようと、ラドに視線を送る。


「妹達も紹介しようかと思ってたんだけどよ、向こうで食事に夢中でよ。上の妹がな」


ラドは少し離れた場所を指差す。

ラドに似た栗色の柔らかそうな髪が揺れているのが見えた。

他に料理がないのか探している様でキョロキョロと辺りを見回していた。

これと言って特徴のある顔ではないが、ラドやエプリ伯爵によく似た穏やかさを感じる。

その隣で、彼女の口をふく凛々しさの感じられる女性がいた。

あれが下の妹なのだろうとラドは瞬時に理解する。

大人しく口を拭いてもらった令嬢は、また新しい何かを見つけた様で楽しそうに目的に向かって早足で歩く。


「随分、王城の食事が気に入った様だな」


ヴァンディル卿は穏やかな気持ちでそれを見守りながら言った。

最低限のマナーは守ってますよと言うその歩き方と、たかが料理に目を輝かせている彼女の瞳にヴァンディル卿はいいなと思った。

女性のキラキラした、いやギラギラした瞳は目を背けたくなるが、彼女の水色の優しげな瞳は不思議と見ていたいのだ。


「言ったろ?食い意地が取り柄なんだ」

「あの子は、素直な子だからね」


呆れた様子のラドとは違い、エプリ伯爵は嬉しそうに言う。

ーー確かに雲みたいだ

ヴァンディル卿はそう思った。

ただその雲は周りの流れに流されている雲じゃない。

雲には雲の決めた流れがあって、その流れに乗っている様だった。

自分の決めた流れにただ乗って、流れるのを楽しんでいる。

周りを気にせず、ただ食事を楽しむ彼女をヴァンディル卿はただ目で追うのだった。



それからラド達と少し言葉を交わすと、また令嬢達の襲撃にヴァンディル卿はあう。

先程まで感じていた穏やかさは飛んで行った様だった。

一定の人との挨拶を交わしたヴァンディル卿はダンスの申し入れを全て断り、壁に寄りかかりながら会場を眺めていた。

ーーあの場所とは大違いだ…

ふんだんに着飾った人々がふんだんに豪華に仕上げた場所で声を上げて笑っている。

この煌びやかな世界の為に、あの暗く苦しい世界を過ごしてきたのかと思うと、彼は複雑な心境になる。


「呑気だよな」


ある人物が会場を眺めていたヴァンディル卿に声をかける。

彼はその人物に軽く挨拶をする。


「陛下」

「ん、少し外の空気でも吸わないか」

「はい」


2人はバルコニーに出る。

国王の後ろで控えていた側近達はドア越しに見張っている。


「今回も成果をあげた様だな。流石、俺の剣」


ニタリと国王は笑った。

先程までの堅苦しい空気は彼にはない。


「お前のではない。国のものだ」


ヴァンディル卿は煩わしそうに答える。

2人は小さい頃からの幼なじみだ。

国王がまだ王子だった頃から、遊び相手としてヴァンディル卿は側にいた。


「この国は俺のものだろ?」

「そういう考えの王は大概が自滅する」

「大馬鹿者達と一緒にしないでくれるかい?」

「大して変わらない」


素っ気ないヴァンディル卿の言葉に国王は苦笑いを浮かべる。


「国王がここで遊んでいていいのか?他国の来賓もいるんだろ?」

「あぁ、俺のところに嫁がせようとする下心満載の奴らがな」

「…お前もか」


ヴァンディル卿は顔を青ざめさす。

彼もこの宴が始まってからうんざりするほど、令嬢との挨拶を交わした。

彼に愛想があるわけでもなく、何度か言葉を交わすだけで終了するが、食事もできないほどに胸焼けやしそうな彼女達の香水や化粧の香り、警戒心を解けないほどの鋭い眼光に彼の心は休む暇もない。


「なるほど。お前もってところか」

「早く歳をとりたい…」


切実な願望だった。

彼女達に相手にされない歳に彼はなりたいと思う。

それを見て国王は鼻で笑う。


「それは難しいだろうな。歳を重ねても、狙われるのは分かっている。嫌なら領地に籠もってるしかないだろ?」


そう言われてヴァンディル卿は想像する。

この状況は無くなるのは彼にとっては嬉しいことばかりだ。


「…それもありか」


そう呟くヴァンディル卿に、国王がすかさず口を挟む。


「いや、させないからね?」


瞬時にヴァンディル卿は国王を睨む。

国王はニヒルな笑みを浮かべる。


「易々と優秀な人材は手放さないよ。ま、あらかじめ10年分の仕事をしてくれてたら、何年かは開放してあげるけど」


冗談の様に言っているが、彼の目は笑っていない。

本気だ。

国王はなかなか喰えない人だ。


「妻にするなら面白い人間がいいよね。代用の効く人間は面白味がない」


彼はどことなく人を人として見ていない点がある。

それが上に立つ人間なのかもしれない。


「楽しませてくれる人間じゃないとね」


そう笑うと、国王はヴァンディル卿の肩に手を置いた。


「ま、今後の活躍期待しているからね」


労いの言葉と共に、意味深な笑みを残し彼は会場に戻っていく。

彼が出ていくとヴァンディル卿は盛大にため息を吐いた。

ーーあいつの犬である事に不満はないが…

ヴァンディル卿は手すりに肘をついて考える。

なんとも言えない気持ちがこみ上げる。

静かなバルコニーから賑わっている会場を眺めていると自分だけだ取り残された様だった。

それを寂しいと感じたことはないが、普通の人間とは違う感覚の自分はおかしいのかと考えてしまう。

だからといって彼が自分を変えようと思うわけではない。

ただ、この世界に自分は本当に必要なのかと、どれほど活躍したところで自分がいなくても代役は他にいるのだろうとそんな気分になるのだ。

そんな事を考えていると、先程のラドの妹が踊っている姿が視界に入る。

口を拭いていた下の妹が迷惑そうな顔をしながら、それに付き合っていた。

だが、そんなことはお構いなしで楽しそうに踊り続ける。

ダンスも特に上手いわけではないが、楽しそうな彼女を見ているといいものに見えてくる。

次第に迷惑そうな表情をしていた妹も、表情を和らげ始めていた。

ーー雲だ

そう感じた。

しかも唯一無二の特別な雲だ。

彼女にしかない輝きがある様あった。

ヴァンディル卿はそれを永遠に眺めていられる気がした。


「雲になれたらいいのにな…」


彼はそう思った。

流れに身を任せて、役割を果たせる人間であれば楽だと思う。

彼には『雲』がどこまでも遠く、高いものに見えるのだった。


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