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ヴァンディル卿の誤解を解いたイズはその後のんびりと案内を再開し、ヴァンディル卿はイズの突飛な行動や発言に振り回されながらもそれなりに楽しんだ様だ。
祭りを一通り楽しんだイズは彼を自分の家へ連れて帰る。
「なんか同じ家に帰るって照れますね」
「!?」
ヴァンディル卿に慣れたイズは思った事をそのまま口に出す。
まだそれに慣れていないヴァンディル卿は赤面し慌てていた。
そして家に着くと、祭り終わりの晩餐会をしに多くの人が集まっていた。
「ただいまぁ〜」
いつも通りに呑気に家に入ると、エプリ家は更なる盛り上がりを見せた。
「ヴァンディル卿だ!」
「おぉ!国の剣士様!」
「我々の祭りにヴァンディル伯爵家の方がくる事は、初の快挙だぁああ!」
既に出来上がっている男たちがヴァンディル卿を見るなり叫び始める。
夜会ではない為これぐらいの事は無礼講だ。
イズの親類ならではのこの空気感がイズは大好きだ。
「おじ様、変に絡まないでね」
注意をしているが、イズも家の空気で呑気な笑顔を見せる。
「あぁ、イズ帰ったかい。ヴァンディル卿もお久しぶりです」
エプリ伯爵がヴァンディル卿に声をかける。
ヴァンディル卿も軽く挨拶を返す。
「我が領地の祭りはどうでしたか?楽しめましたかな?」
「えぇ」
ヴァンディル卿はゆっくりと頷いた。
ちょっとした仕草でもここにいる誰よりも気品がある。
流石は上位貴族だ。
「…活気があり、伯爵の人柄を感じました」
ヴァンディル卿はエプリ伯爵と握手を交わしながらそう呟く。
その言葉を聞いて、エプリ伯爵の顔には喜びが広がる。
「そうですか。私でしたか」
「はい」
「そのまま喜んでしまいそうな言葉ですが、きちんと聞かないと分かりませんな」
エプリ伯爵はイズにそっくりないたずらっ子の表情を浮かべる。
「そうだ。兄貴は呑気すぎるという悪口かもしれないぞ?」
「田舎らしいって意味かもしれませんね」
「どれも本当だからどうしようもないな」
出来上がっている人たちはそう言ってはやし立てる。
彼らはヴァンディル卿に興味津々なのだ。
早く話したくて仕方ないのが顔に出ている。
「あっ…いや、申し訳ない。私は…」
下手に真面目なヴァンディル卿はそれで慌てたようだ。
「真に受けなくていいですよ。我が家の人はみんな冗談好きです。話すことの8割は冗談です」
イズはそんな慌てるヴァンディル卿を可愛いと思いつつ、小さな声で伝える。
「お、イズ、冗談は大切だぞ?」
そこに祭りに合わせて帰ってきたラドが割り込んできた。
そしてすぐ、ヴァンディル卿に顔を向けて挨拶をする。
「よ」
「久しぶりだな」
2人は軽く挨拶を交わす。
ーーラド兄様と知り合いだったんだ
イズは意外なつながりだなと思いつつ、遠征があるからからかとすぐに納得する。
ヴァンディル卿はラドの発言に振り回されそうなだなとイズは想像してクスリと笑う。
「今日はイズに連れまわされお疲れと思いますが、最後まで付き合っていただきますよ。さ、私の印象についてじっくり話していただきましょうか」
エプリ伯爵は男衆の中にヴァンディル卿を連れ去ってしまった。
ヴァンディル卿は素直にそれについていきながら、軽くイズに会釈する。
ーー律儀な人
少し申し訳なさそうな表情を浮かべた彼だが、周りの迫力に緊張しているのか、フィンの時と同じ険しい表情を浮かべている。
それでもお構いなしなのはエプリ伯爵家の性格だ。
「楽しかった?」
一人になったイズに声をかけたのはエプリ伯爵夫人だ。
「うん」
イズは元気よく答える。
伯爵夫人は意外だったのか、少し驚いた表情を浮かべながらも頷いた。
「ヴァンディル卿って結構真面目で堅実的な人かも」
「かも、じゃ困るのよ」
「2回目で確信は持てないよ」
「貴方もまだまだね。お父様なら会って10秒で把握してしまうわ」
「5秒で相手の懐に入り込むもんね」
「そうよ。だからきっと貴方の言う通りかもね」
あれだけこの縁談に慎重だったエプリ伯爵夫人は呟いた。
「かもね」
イズも親類にヴァンディル卿を紹介するエプリ伯爵を眺めながら頷いた。
ーーうん。結婚もいいかも
そんな考えも浮かんでくる。
自分が結婚などという想像はしたこともなかったが、なんとなくキラキラしたものは向こう側にある気がしてきた。
まだはっきりしないが星の欠片を見つけた様で、イズはふわりと笑う。
それからイズには恋の話題を渇望している令嬢や、少女の心を持ちながらお節介が入り混ざる女性陣の質問責めが待っていた。
ーーまだ、結婚が決まったわけでもないのに…
そうは思うも仕方ないなとイズはある程度流しながらも、自分のそこにある照れ臭さを感じぜざるをえなかった。
ーーわぁ…なんだこれ…
イズはくすぐったさを感じながら、なんとか一通りの会話を終えると、視界にオリビアが入った。
「あ」
そうだとイズは思い出す。
ヴァンディル卿の誤解は解けたが、オリビアの誤解は解けていない。
イズは他の人と談笑しているオリビアに近づいた。
「オリビア、ちょっといい?」
「え…」
オリビアもイズに声をかけられた事に驚いたようで、目を丸めた。
「イズとオリビアってなんだか不思議ね」
オリビアと話していた一人がイズを見ながら声をかける。
「そうね。意外と見ない組み合わせ」
「確かにね」
他の者もそれに賛同する。
イズ自身もオリビアとあまり関わった事がないのは自覚しているのか、苦笑する。
「オリビアをちょっと借りるね」
イズはそう言ってオリビアを連れてその場を離れる。
「…何かしら?」
オリビアはいつもよりゆっくりとイズに声をかける。
イズが振り返ると、オリビアの表情は幾分か険しかった。
「あのね、この前の話なんだけど、誤解させた様でごめんね」
「え?」
「あれ、ヴァンディル卿の事を悪い意味で言ったつもりじゃなくて、いい意味のつもりでさ」
イズは先に説明をした。
誤解は早めに解きたいに決まっている。
「私が困ってると思って、ヴァンディル卿に伝えてくれた気持ちは嬉しいけど、別に嫌だとかそんなふうに思った事はないんだ」
「…彼が貴方になんて言ったの?」
オリビアは勘違いをしていたと謝罪をすることもなくイズに聞き返す。
何か違和感を感じながらもイズも返答する。
「オリビアが教えてくれたって。それが気になっていたらしくてさ、謝られちゃった。けど、あっちの誤解はきちんと解けたから大丈夫」
「…」
イズはあっけらかんと返事をしたのだが、オリビアは一瞬眉間にシワを寄せた。
ーーあ、この顔…
その表情にイズは見覚えが会った。
昔、何度か会話した時にオリビアがイズに見せていた表情だった。
いつも笑顔でいる彼女がそんな表情をするのは自分のことが好ましくないのではとイズが感じてしまい話しかけなくなった要因の一つだ。
だが、それも一瞬でオリビアは切り替えた様に表情を一転させる。
「えっ…ごめん。なんの事か分からないわ」
「え?」
「私、そんな話した事ないわ。ヴァンディル伯爵と話した事すらないのよ?」
「でも、ヴァンディル今日はそう言ってたけど…」
「何かの勘違いだと思うけど…」
そんな事を言われてしまったらイズは頭が真っ白だ。
ーーヴァンディル卿は話したって言ったっけど、オリビアは話してないって?
何がどうなっているのかさっぱりだ。
まるでヘンテコな物語の中に飛び込んでしまったようだった。
「話はそれだけ?」
オリビアは少しきつい口調でイズに聞く。
「う、うん…」
「そ、それじゃ、行くね」
押された様な形でイズは頷いて返答すると、オリビアはすぐにその場を離れて元の場所へ戻って行った。
ーーどうなってるの?
そう思わずにいられないイズはぽかんとした表情でそれを眺めるのみだった。




