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優勝したヴァンディル卿と合流したイズは、なんともむず痒くも心地よい感覚のまま彼と祭りを散策する。


「「…」」


またしても2人は無言だった。

ーーわぁ、何!?何も話せないじゃん!

初めての感覚にイズは案の定テンパってしまう。

今日までの勉強が一気に無に返った。

ーーさっきまで普通に話せてたのに…

意識すればするほど頭は真っ白になっていく。

あれだけスラスラと出てきた言葉が出ない。

ヴァンディル卿もヴァンディル卿でイズがリードしなければ口を開かない。


「「…」」


ーーどうしよ!

イズは心の中で頭を抱える。

いつでも呑気な彼女は、今自分が焦りを感じている理由さえも分からない。


「あ、す、凄かったですね!」


イズはなんとか絞り出して話かける。

ヴァンディル卿がゆっくりとイズに顔を向ける。

それがより一層イズを焦らせる。


「きっとみんなも名剣士を見れて嬉しかったはずです」


ヴァンディル卿から視線を合わせずにイズは早口に言葉を続ける。

ーーひぇええ、そんなに真っ直ぐ見ないでくださぁい

イズは赤面になりそうな自分を押さえ込む。

ーー私ってこんなに面食いだった!?

違うと思っていたイズはイケメンの力に怯え始める。

イケメンを舐めてたとイズは後悔していた。

ミーハー心で会うんじゃないと自分を怒りたい気分だ。


「あぁ、私も楽しかった」


ヴァンディル卿は嬉しそうに言った。


「!?」


その声色に誘惑されてチラリと彼の顔を覗き込んだイズは一気に息苦しさを感じる。

ふわりと彼の顔に広がる笑みを見てしまったのだ。

イズは瞬時に目を固く瞑って顔を背ける。

ーーもう無理!無理!

無理しか出てこない程、混乱状態だった。

1回目と2回目で違いすぎだ。

知らない体験にイズは完全に自分のペースを崩していた。


「君のいう通りだった。いい祭りだ」


ヴァンディル卿は先程のイズを体感した様で、自分に染み込んだ何かを感じながら呟く。

そして自分がその言葉に納得したのか、黙って頷いていた。

ーーあ…この人

イズはそんなヴァンディル卿を見ながらある事に気づく。

ーー無口っていうより、自分が本当に感じた事しか言わないんだ

それを無口っていうのかと思いつつ、イズは自分の周りにいないタイプだとヴァンディル卿をじっと見つめた。

きっともっと彼の中に感情はあるはずだ。

だが、彼はその中でも一番適している言葉のみを伝える。

それは緊張しているのか、言葉を紡ぎ出すのに険しい顔をしている時も多かった。

ーー子ども相手にも…

フィンと話しているヴァンディル卿はぎこちなく険しい表情だったが、まだ十分に言葉を発音できない子どもと真剣に向き合っていた。

ーー真面目っていうか、不器用というか…

イズには彼の綺麗な緑の瞳や美しい白銀の髪は、彼の清らかさを表しているかの様だった。


「…何だ」


さっきまでキョロキョロと視線を彷徨わせていたイズがいきなり自分を凝視していたからか、ヴァンディル卿は居心地悪そうに口を開く。

いつの間にかイズの焦りは消えて、今は彼を知りたいという興味が湧いていた。


「ヴァンディル卿はすごいなって思ってたのです」

「…」


イズの言葉にどう返していいのかわからない様で彼は沈黙する。

その態度でイズには彼が称賛を鼻にかけるタイプではないとすぐに分かる。


「きっと私が想像しているより凄い方な気がしています。きっと凄い方です。最初の時と全然印象が違います。人は一瞬では分からないとはこの事ですね」

「…」


今度は少し眉を寄せて困った表情をヴァンディル卿は見せる。


「やはり…私の印象は良くなかったのだな」


ヴァンディル卿は何かを受け止めた様で、苦しそうに言った。


「ん?」

「私は言われるまで全く気づかなかった。不快な思いをさせて申し訳ない」


そう言ってヴァンディル卿はイズに頭を下げる。

だが、下げられてもイズにはなんのことやらさっぱりだ。


「あの…え?なんのお話ですか?」


イズはキョトンとして思い出す。

確かに沈黙や会話の無さには戸惑ったが、イズもヴァンディル卿の端正な顔を鑑賞し続けて堪能できたわけで不快とは違う。

イズの「なんのこと?」と言わんばりの表情に今度はヴァンディル卿が戸惑う。


「前回、君を不快にしてしまったと聞いた」

「聞いた?」

「あぁ、君がそう思っていると」


なんの話かイズにはさっぱりだ。


「もっと詳しく説明してくださいよ」


一問一答ではキリがない。

ヴァンディル卿は目を伏せて話すべきかどうか悩んだ表情を見せたが、すぐに綺麗な唇をゆっくりと動かし始めた。


「会話が弾まずつまらなかった。私の無表情が怖かった。と聞いた」

「誰にですか?」

「君の従姉妹だが」


途端にイズは素っ頓狂な声を出す。


「へ?だれ?オリビア?」


最近一番印象的だった人物の名がつい声に出てしまって。

勿論そこに意図などなかったのだがーー


「あぁ、そう名乗っていた」


ヴァンディル卿が肯定してしまった。


「先週の王都での夜会で会った」


そしてそう付け加える。

ーー嘘だ

と思いつつも彼が嘘ついている様には見えない。

それにイズには思い当たる会話があった。


『どんな人だった?』

『うん?んー、無口だったね。すごくオーラがあって私も無口になっちゃった』

『そうなんだ』

『うん。それに噂通り綺麗な顔でついつい見入っちゃった。会話もないし、表情も変わることがなかったけど、見ているだけで十分だった』

『へ、へぇ…そうなんだ』

『だから、勉強してるの。いい思い出たくさん作らなきゃね!』


ーーあれか!でも、意味が違う!

イズは顔を上げて勢いよく否定する。


「いや、言ってませんから!いや、言ったけど」

「言ったのか…」


イズがそこまで言うと、ヴァンディル卿は辛いことを受け止めたかの様な表情を浮かべる。


「だから違いますよ!意味が全然違うんです!」


イズはがっしりとヴァンディル卿の俯きかけた顔を掴んで叫んだ。

背の高いヴァンディル卿相手の為、イズはつま先立ちでギリギリだったが、そんなのお構いなしだ。

彼が凹んでいるからイズは必死だった。


「全部いい意味です!ヴァンディル卿が謝る必要なんて少しも、全くありません!」


イズはそこから勢いのまま会話の内容を事細かに話した。

確かに言葉のチョイスはいけなかったと反省する。

イズは会った感想について語るというなんともヘンテコで恥ずかしい状況になりながらも、『もっと言い方あっただろ!』と自分を責めていた。

やっと意味を知ったヴァンディル卿は険しい顔からだんだんと眉間のシワを緩め始め、代わりに驚きを広げる。


「不快…ではなかったのか?」

「全く不快じゃありません」



少しでもこの気持ちが届けと言わんばかりに必死にヴァンディル卿に言葉を投げる。

ヴァンディル卿もイズに顔をがっしり掴まれたまま逃げようともしない。


「嫌ではないのか?」

「嫌じゃありません!」

「そう…なのか…」


やっとヴァンディル卿は表情を和らげる。

イズもその表情を見てやっと落ち着く。

ーーよかった

誤解は解けた。

ーーオリビアにも勘違いさせちゃったな。ヴァンディル卿もずっとそれを気にしていたのか…

イズは自分の言葉が悪かったのだと思い込んでいた。

そして自分の手の中にいるヴァンディル卿の綺麗な顔を見る。

今までで最も近い距離だった。

ーー鼻の穴さえも綺麗

イズはガン見をしながら考える。

その顔を捕まえていることは忘れている。


「無口でもか?」


ヴァンディル卿もまだ逃げないでイズに問いかける。

彼は用心深いのかまだ確認してくる。

イズはなんとなく可愛いなと思ってクスリと笑う。


「無口の何がいけないのですか?」


のんびりとした口調でイズは答えた。


「無表情でもか?」

「ヴァンディル卿は無表情ではありません」


イズが言うと彼の顔には再び驚きが広がる。


「今日知れました」


イズは満面の笑みを浮かべた。


「あなたと会えて、こうやって話せて、ちゃんと知れました。いきなり相手の感情とか、全部を知る人なんています?」


イズが言い切るとヴァンディル卿は緊張していた口元を緩める。


「そうか…」


イズのての中のヴァンディル卿は少し頬を紅潮させながら瞳を輝かせながら、どことなく嬉しそうな表情を見せた。

その表情を見た瞬間、イズの中でまた何かが跳ねる。


「違ったのか。そうか…」


そう言葉を重ねて優しげに微笑む彼は少年の様だが、立派な大人でイズの感情を擽ってくる。

ーーうわ、私、ヴァンディル卿の顔掴んでる

イズは今更ながら現状に気づいた。

素直にヴァンディル卿はイズの手の中に収まってしまってしまっているのもまたイズの中に感情を新たに生む。

その感情にイズは嬉しさや楽しさを感じてしまい、恥ずかしさはどこへやら吹っ飛んでいく。

ーーずっとこんな表情でいればいいのに

そう思いながらも、あの緊張した表情を見るのも微笑ましい為、無くなるのは勿体ない。

イズは悪戯な笑みを浮かべる。


「私としてはそれなりに楽しんでいたつもりでしたが、不快そうに見えました?」


イズは冗談まじりにヴァンディル卿に尋ねた。

ヴァンディル卿はその言葉を聞いて見る見る間に頬の赤みを顔中に広げていく。

ーーうわぁ真っ赤っか


「た、たっ…楽しかった…」


自分で呟いてヴァンディル卿はまた恥ずかしそうな表情をして顔を少し動かす。

イズががっしりと掴んでしまっているので逃げきれないのが可愛いところだ。

ーー手が熱い…

ヴァンディル卿の熱が自分に直接流れてくる様な感覚にイズもむず痒さで口元を緩める。


「ふふっ」


まだ名前をつけきれないその感情にもうイズは戸惑わない。

既に彼女は自分の中で生まれてくるそれを受け入れていたのだ。


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