72
「きゃーーー!!」
リフィが顔を両手で覆って声をあげた。
「くすぐったいです!私もくすぐったいです!!」
体を左右に揺らしながらリフィはテンション高く叫ぶ。
そんな姿を見るとイズは若いなと感じる。
「それで!?その後はどんな甘い空気に!?」
「甘い空気って、まだまだだよ。お互い一歩近づけたくらいだし」
「いや、その一歩が大きいです!そこに踏み込めたのが奥様だけです!」
何を知ってかリフィは断言する。
「ま、でも、確かに知った時は嬉しかった」
イズも明るく反応する。
「でも、そのあとは普通だったよ。旦那様も普通の人なんだって知って、会話も結構普通にできたんだよね」
イズは思い出しながら微笑む。
「意外と子どもも大好きでさ」
ニカッと笑うイズはとんでもなく嬉しそうだった。
◇◇◇◇◇
「きゃーーー!!」
ヴァンディル卿に肩車してもらったフィンはテンションマックスで叫び始めた。
「フィン!暴れないの!降りなさい!」
イズが注意するもヴァンディル卿はそれを止めた。
「大丈夫だ」
「でも」
「なんともない」
ヴァンディル卿はそう言って上で暴れるフィンを支える。
確かにフィンがどんなに暴れても彼はびくともしないが、イズは子守りをさせにきた様で申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい」
「謝ることではない」
「でも、私が連れてきたから…」
イズも悪戯をした子供の様に下を向いて呟く。
すると、今度はイズの頭にヴァンディル卿の手が優しく乗っかる。
「だが、こうやって話せた」
やはり、ぎこちないが大きな手は温かく心地が良い。
なんとなくイズが視線をあげると、バッチリとヴァンディル卿と目があった。
「っ…」
ヴァンディル卿は目があった途端、大きな体を一瞬固まらせて顔を逸らす。
またしても真っ赤な耳が見える。
ーーうわ…うわ
そんな彼を見るたびにイズは知らない高揚がこみ上げる。
ーーしっかりしろ!
気を抜いたら足元が浮かびそうな気分になる為、イズは気持ちが持っていかれない様にわざとヴァンディル卿から顔を逸らし自分に気合を入れる。
「意外と人が多いな」
ヴァンディル卿が呟く。
「あっ、隣町から来る人もいるんです。うちのお祭りは催し物が多いから」
イズはしっかりしろと自分に言い聞かせて、本来の案内役をする。
「催し物?」
「はい。我が家が主催している催し物で、抽選会や射的みたいなものから、演劇や紙芝居もありますよ。最近はトロッコでちょっとした遊び場も作っていてーー」
調子の戻したイズはいつもののんびりとした口調で語る。
少し自慢げなのは一年かけて自分の父親達が力を入れてきたのを知っているからだ。
「あれは剣術大会です!他にもたくさんありますよ。楽しいことが一番ですから、これでみんなに喜んでもらえれれば父達は万々歳です」
イズは自分のことかの様に跳ねながら語る。
歳の割に彼女の言動は子供じみてはいるが、それだけ彼女は自分の感情をそのまま表に出せる性格なのだ。
「そうか」
ヴァンディル卿はイズの話を真剣な表情を聞いていた。
そして一言を付け加える。
「いい街だな」
ヴァンディル卿の少し細められた優しげな目がイズの方を向いた。
その表情に一瞬はどきりとする。
ーー綺麗な顔の人ってどんな表情でも絵になる
イズはそんなことを思いながら、話を続ける。
「田舎の小さな街ですけどね。きっとヴァンディルの領地の方が大きくて活気がありますよね」
ヴァンディル卿があまりにも素直に話を聞いてくれる為、少し自慢の度が過ぎたかとイズは少し照れ臭くなる。
全てにおいてイズの持っているものより彼の方が優れているのは明らかな話だ。
それが分かっていても自慢したくなるの、はイズにとっての最大の宝である家族の努力だからだ。
照れ臭いが、恥ずかしくはないイズの自慢だ。
「この街の者はよく笑っている」
特にイズの話に答えるわけでもなく、ヴァンディル卿は呟く様に言った。
「前回の時もここを通ったが、皆が楽しげだった」
そう言って彼は祭りの様子をじっくりと眺めていた。
無表情だったが、イズは彼が領主の一人としてここを認めてくれた様で嬉しくなる。
嬉しさが幸せにポコポコと変わっていく。
「いい街だな」
彼はイズに頷きながら言った。
ーーうわぁ…
ブワッと甘く熱い何かがこみ上げてくる。
熱っぽいのにそれが嬉しい変な感覚だ。
ーーこれがイケメン力!
顔がいい人にときめいてしまうのは本当なのだなとイズは感じる。
ーー流されない!流されない!
イズは慌てて両頬を叩く。
何かを期待してしまいそうだった小さな芽をイズはすぐに抜いた。
ーーきっと気まぐれの縁談だから!
決して自分が好まれているわけではないと言い聞かせる。
「あ、そろそろ妹との合流地です。フィンを連れて行ってきますね!しばらくお待ちください!!」
「あ、あぁ…」
ヴァンディル卿はフィンを肩から下ろす。
イズはグラグラしそうな自分を立て直すために急いでフィンを連れてスノトーラの元まで走るのだった。
「あ、危なかった…」
イズはスノトーラの所にたどり着いて息を吐く。
「いや、家族のことを褒められるのはやっぱり嬉しいし…」
イズはぶつぶつと呟く。
貴族というのはプライドが高い。
いくらイズが自慢をしてもそれを素直に受け取ってくれる人は少ない。
「不意打ちだよ…あんな顔しといてさ」
「お姉様?」
独り言が止まらないイズにスノトーラは不審な目を向ける。
「イズ姉たま、かっこいーじょーちと楽ちかったよ!」
そんな状況は関係ないフィンは上機嫌でスノトーラに報告する。
スノトーラはフィンの発言でさらに表情を険しくさせる。
「じょーち?」
「ヴァンディル卿ね。フィンは上司って言いたいの」
「また変な事を教えて…」
スノトーラはため息をつく。
「順調で何よりです。それではあとはゆっくりと」
フィンを回収し終えたスノトーラはさっさとその場を去っていく。
イズはまだ整え切れていな心を乱れを感じながらも、またヴァンディル卿の元に帰って行くしかなかった。
「あれ?」
だが、別れた場所にヴァンディル卿の姿はなかった。
「え!?迷子!?」
大の大人に迷子とはおかしなものだが、イズは本気で辺りを探す。
「「「「うわぁあああああ」」」」
イズがキョロキョロとしてヴァンディル卿を探していると凄まじい歓声が沸き起こった。
ーー何事!?
生まれてからずっとこのお祭りに参加してきたイズは聞いたこともない盛り上がりに驚く。
そして気になってその歓声の向かっている方へ目を向けた。
「え!?なんで!?」
イズは思わず声をあげた。
先程イズがヴァンディル卿に説明した剣術大会に何故かヴァンディル卿がいたのだ。
「いきなり現れた剣士様!祭り始まって以来、最速で優勝決定だぁああ!」
進行役が場を盛り上げようと声を張り上げる。
その話でイズは瞬時に状況を理解する。
ーーって優勝って!
イズが彼から離れた時間を考えれば1試合あるかないかぐらいだ。
イズはギョッとしながら舞台の上のヴァンディル卿を見つめる。
「なんで、そんな顔するかなぁ〜」
イズは再びため息を吐く。
ヴァンディル卿は歓声を受けながらもどこか満足げな表情をしているのだ。
ーー国家の剣なんだから優勝なんて当たり前なのに…
なのに彼は嬉しそうなのだ。
こんな小さな村のお遊びの大会でだ。
イズは彼の表情を見ているだけで口角が上がってくる。
その顔は困った嬉しさの様な表情で、木洩れ出てくる幸せがある様だった。
「なんだろうこれ…」
いつも感じる幸せと異なるその感情をイズはまだ知らなかった。




