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「フィン!彼がヴァンディル卿、上司よ」


馬車から降りて、離れた場所に目的の人物を見つけたイズはフィンにターゲットを知らせる。


「じょーち!」

「にしても、立ってるだけで目立つ…」


ヴァンディル卿は前回よりも控えめな服装なのだが、やはりどこか気品のある立ち姿であの容姿だ。

特に他の人より頭一個分突き抜ける身長だけでも十分目立つのに、様々な主力になり得る付属品が付き過ぎていて、彼を見つめる人々の視線はとんでもないものだ。


「いざ、出陣!」


イズはそう呟いてヴァンディル卿の元へ向かう。


「ヴァンディル卿!お待たせしました!」


イズはいつもの調子でへらりと笑いながら彼の元へ駆け寄った。


「いや…」


ほぼ1ヶ月ぶりのヴァンディル卿は、色気のある低音ボイスで囁く様に呟いた。

そしてすぐにイズの後ろの小さな生き物へ目をやる。


「…」


ヴァンディル卿はフィンを確認した後、すぐにイズの方へ目を向けた。

ーーあ、紹介!

イズは自分の後ろでトタトタと歩いているフィンに視線を向けながら言う。


「私の弟のフィンです。どうしても着いて来たいとぐずってしまい。申し訳ございません」


イズは頭を丁寧に下げる。

顔をあげたイズがヴァンディル卿を見ると、彼は眉間にシワをぐっと寄せていた。


「…」

「ご迷惑でしたよね。少ししたら、妹に預ける予定なので、それまでよろしいでしょうか?」

「…」


イズはできるだけ感じ良く言ったつもりだったのだが、険しい彼の顔は変わらずまたしても無言だ。

ーーあ、もしかして…子どもが苦手なのかな…

だとしたらかなりの失敗だとイズは反省する。


「あ、あの、すぐに妹と合流するので…」


下を向きながら、少し強調して言ってみるが、彼は相変わらずの無反応だ。

ーー無口な人ってレベルじゃないよね…怒らせたかな

イズは返事をしてもらわないと困るのだがとちらりと綺麗なヴァンディル卿の顔を覗き見る。

ーーえ、何!?

イズは少し驚く。

ヴァンディル卿はギラリとこちらを見ていたのだ。

今まで体験した事のない迫力がこちらに向かっている。

ーーううぇええ!?私、何かした?

何がなんやらでイズは混乱する。

ーーなんでこっちを睨んでるの!?

ヴァンディル卿の圧力が凄まじくイズは一度落としてしまった視線を上げれずにいた。

あの圧に勝てるわけがない。

ーーこ、殺される…

イズの本能が言っていた。

国家の剣と言われるほどの人間だ。

いざとなればイズの首など一捻りかもしれない。

ーーフィンは守らなきゃ!

イズは自分に追いついたフィンを庇う様に自分の後ろに隠そうとした。


「わーー!お兄たま達より、おっきい!」


が、フィンはキラキラした純粋な目でヴァンディル卿を見つめ、大きな声で言った。

いつものイズだったら『天使』と言って抱きしめる所だが、今はそれどころではなかった。

鋭いヴァンディル卿の目がイズを焦らせていた。

この状況が、か弱いハムスターのフィンが巨大で凶暴な狼の前に向かっている様だった。

ハラハラしたイズだったが、ヴァンディル卿の反応はイズが思っていたものと違った。


「っ……」


凶悪な心がフィンの純粋な目にやられたのか、ヴァンディル卿は一歩下がる。

そして自分の目元の方に手をやってフィンから顔を隠す様な仕草をした。

ーーあ、やっぱり…子どもが嫌いなんだ

イズはヴァンディル卿が油断している隙にと自分の前に出てしまっているフィンを回収する。


「ごめんなさい。ご迷惑でしたよね」

「お姉たま!おっきーです!」


ヴァンディル卿に迫りたかったフィンは興奮しながらイズに訴える。

イズは軽くそれに返事しながらフィンの頭を撫で、興奮を鎮めようとした。


「っ…いや、そうではなく…」


そんなイズにヴァンディル卿は言いづらそうに顔を歪める。

少し怯んだ様子のヴァンディル卿にイズも「あれ?」と様子を伺った。

今度はイズの真っ直ぐな瞳にぴくりと反応したヴァンディル卿は気不味そうに視線を逸らした。


「その…私の顔はどうも子供に悪影響を与える…」

「悪影響ですか?」


それはなんだとイズは考える。

ーー色気のある声が教育上よくないとか?あ、キラキラしすぎで視力が下がるとか?

そんな頓珍漢な考えばかりが浮かんでくるが、いつも難しい顔をしているヴァンディルがどこか悲しそうにも見える。

イズも気にせずにはいられない弱々しさが垣間見れるのだ。

ーーいや、男に弱々しいって…

失礼な考えかなと思いつつ、イズは心配そうにヴァンディル卿を見つめた。


「〜〜…っ」


ヴァンディル卿はそんなイズの視線も居心地悪そうな表情を浮かべる。

そして、ついに顔も逸らすとそれと共に呟いた。


「…私を見た子供は泣くのだ」

「へ?」


イズは思いがけない返答に一瞬でキョトンとした。


「泣く…?」

「…私の顔がいけないらしい」


そう答えるヴァンディル卿の耳が真っ赤になっているのをイズは見つけてしまった。

ーーえ?


「えぇえええ!?」


思わずイズも声を出して驚いてしまった。

ーーあのヴァンディル卿が子供に泣かれるだけで恥ずかしがっている!?


「イズ姉たま?どーしたの?」


側にいたフィンが不思議そうにイズを見上げると、イズもハッとする。

ーー流石に失礼だった!?

慌ててヴァンディル卿を見直すと、顔を完全に片手で覆ってしまい、耳はさらに赤みが濃くなっていた。


「えーーー…」


もう驚きでイズの心の声はだだ漏れになってしまった。


「あ、あの、さっき私を睨んでいたのは?」

「…すまない。緊張するとうまく表情が動かなくなる」


ヴァンディル卿は顔に添えている手を緩めちらりと目を見せた。

彼の少し甘い香りが感じられた。

その匂いがイズを少し落ち着かせる。


「フィンを見たから?」

「いや…それもあるが…その………」


また黙ってしまった。

イズは彼の答えを待つ。


「君が私と2人になるのが嫌なのかと…邪推してしまった」


ヴァンディル卿は相変わらず視線をイズに向けないが、自信なさげな目と見える全ての肌が真っ赤だった。


「邪推って…」

「すまない」


ヴァンディル卿はそう言って謝るが、そこではない。

ーーそれ邪推じゃないよ

そう思い口に出そうとする前に、イズの中で先ほどとは違う感情がこみ上げる。


「ぷっ」


イズの気持ちを溜め込む容量はすぐに限度を超えてそのまま吹き出す。


「クッアハハハ!邪推って!邪推って!!」


一度火が着いて仕舞えばイズの笑い声は止まらない。

腹を抱え、涙を流しながらイズは笑い続ける。


「めちゃくちゃ優しい思考回路!表情と違いすぎ!!あんな鋭い目をしながら!!」

「イズ姉たま、変なのーー!」


ゲラゲラと笑い続けるイズの横でフィンもつられて笑い始める。

大笑いし始めたイズ達は周囲からの視線を集めてしまっていたが、イズはお構いなしだ。

思いっきり笑い続ける。


「はぁーー、お腹痛い」


ひとしきり笑ったイズはふにゃりとした表情で涙を拭う。

ーー子ども相手に緊張って、こんな可愛い人だなんて思わなかった

イズは心の中が跳ねるのを感じた。

先程の真っ赤な顔を思い出すだけでくすぐったくて顔がにやける。

そしてどうしていいか分からず固まってしまっているヴァンディル卿に改めて顔を向ける。


「大丈夫ですよ。怖くありませんよ。ほら、フィンを見てください」


イズはグイッとフィンを前に出す。


「じょーちたま、かっこい!かっこい!!」


フィンは改めてみるヴァンディル卿を見上げてまた目を輝かせる。

驚きで怖い表情が抜け落ちているヴァンディル卿は全くと言って良いほど先ほどまでの迫力がない。


「本当だ…」


ヴァンディル卿はほんの少しだが穏やかな声色で言った。

表情も先ほどより柔らかく見える。

イズの中でまた何かが跳ねる。


「でしょ?」

「君も怖くないのか?」


ヴァンディル卿は恐る恐るイズに尋ねる。

緊張したのかまた険しい顔つきになったが、イズはもう怖くなかった。


「怖くないです」


イズは自信を持って答えた。


「今は」


そして苦笑いで付け加える。

その答えにヴァンディル卿はまた顔をしかめさせたが、すぐに穏やかになる。


「……そうか」

「初めて会った時に私怯えている様に見えましたか?」

「そうではない」


ヴァンディル卿は目を伏せて答える。

どういう事だろうとイズが聞く前にヴァンディル卿が続いて口を開く。


「違うならいい」


そう言うと、ヴァンディル卿は自分の足元にしがみつこうと迫るフィンの頭をぎこちなくも優しく撫でた。

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