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「それで奥様は本当に縁談を譲ったのですか?」
まさかと思いリフィはイズに問いかける。
それに対しイズは爽快な笑い声を上げて否定した。
「まさかぁ〜」
呑気な声でイズは言う。
リフィはホッと息を吐く。
「お家に来た縁談なのに他に回しちゃ、相手に失礼だもん」
「そうですが…」
『あなたは何をするか分からない』という言葉をリフィは飲み込む。
「まぁ、その時は断ったんだけどねぇ〜」
イズはぼんやりと呟いた。
ーーあの時、全然スノちゃんの言ってる意味を理解してなかったんだよね…
イズは珍しく苦々しい表情を浮かべるのだった。
◇◇◇◇◇
案外、イズが断るとオリビアはあっさりと引き下がった。
その代わりに会った時の話を聞かせてくれと言われたので、イズは「まぁ、いいか」とありのままを話した。
オリビアは過剰に反応するわけでもなくただ笑って聞いているのみだった。
イズもきっとなくなる縁談のつもりでいた為、あえてオリビアにそれ以上の事を言うことも無かった。
そしてそれから数日して、2度目の見合いの日がやって来た。
イズは努力の成果を見せる時と意気込んで向かう。
今回のお見合いはなんと2日にわたる長丁場だ。
丁度、イズの町でお祭りがあり、それを案内した後、ヴァンディル卿はイズの家に泊まる予定だ。
そのお陰で、イズの家は大騒ぎだった。
地方の宿よりはマシだが、大貴族が泊まるような屋敷でもないイズの実家はそれは大慌ての支度をしていた。
「ど、どうしましょう!領地で一番質の良いベッドを買うべき!?」
エプリ伯爵夫人は最大のおもてなしをしなければと意気込んでいた。
だが、それとは反対にエプリ伯爵は呑気に笑っていた。
「背伸びしても、粗が出てくるだけだよ。私たちが出来る限りの範囲でいい気持ちでもてなす事が大切じゃないのかな?いつもと同じようにね」
そう言って、慌てるエプリ伯爵夫人を落ち着かせていた。
毎年この時期には祭りに合わせて幾人かの客人がやってくる。
特別有名な祭りではないが、エプリ領地に関わりのある人間には馴染みのお祭りである。
この前の親族の集まりも主にこの為に集まっていると言っていいぐらいだ。
「何の為にこんなに何度も会うのでしょうか?」
エプリ伯爵夫人は1度会っても破談にならなかったのなら進めるしかないと意気込み始めたのだが、スノトーラは未だに疑っていた。
「普通は、顔合わせもなしに婚約するものだっているのに…」
ぶつぶつと何かを分析する様にスノトーラは考え込む。
そんな事を言われてもイズにだって分からない。
そんなこんなで、ヴァンディル卿の来る当日に向かって屋敷の中の全員がソワソワしていた。
イズもいつになくやる気を出していた。
もちろん、予習万全の状態なので実戦に備えて気持ちを高めていただけだ。
ーー思い出としていいものを残さないと!
そんな思いで、ヴァンディル卿と落ち合う約束の場所へ向かおうとした。
だが、ここで予想外の事態が発生する。
「やぁあああああだぁああああ!!」
あの大人しく天使のフィンがイヤイヤ病を発症したのだ。
「イズ姉たまと、おまちゅり行くのぉおおお!」
何故か前日までスノトーラと一緒に回る事で同意していたはずなのに、朝になってイズがいいと泣き出した。
「フィン、イズお姉様は大切な御用事があるのです。それを邪魔する事はいけません。いいですか?約束をするという行為はその誠意を相手にーー」
「いーーや!スノ姉たま、きりゃい!」
フィンはしっかりと説明を始めたスノトーラを一瞬にして固まらせた。
ーーあ、灰になってる
流石に直球の『きりゃい』は攻撃力が高すぎた様だ。
「こら、フィン!スノちゃんをいじめちゃダメよ」
イズがイヤイヤ病のフィンを叱る。
フィンは真っ赤にした目をこちらに向け頬をさらに膨らます。
「いじめてにゃいもん。スノ姉たまが僕をいじめりゅの!」
「いう事聞かないのはフィンでしょ?」
「だって…やなの…、やなんだもん!!」
そう言って、フィンはそっぽを向いてしまった。
エプリ伯爵夫人は祭りの件でもう家を出てしまっている。
こうなったフィンをうまく大人しくさせる方法をイズもスノトーラも持ち合わせていない。
イヤイヤ病が難しいのはその根本の理由がフィンにも説明できない事だ。
何故それが嫌なのか理解できないから解決法が見出せない。
「フィンは、イズ姉たまとお祭りに行くのね?」
イズはフィンに確認する。
フィンはむっつりしたままコクコクと頷いた。
「絶対大人しくできる?」
「はい!」
「お姉様!」
イズの問いかけにフィンが元気よく返事したのと同時にスノトーラが止めようと割って入る。
「ヴァンディル卿のーー」
「いいよ。フィンが大人しくできるなら。大の大人が2人で黙々と歩くよりは楽しいと思うし」
イズは苦笑いで答える。
実際何度かしたシミュレーションで気まずい雰囲気でただ歩く光景が見えてしまった。
ーーまさかね…
そう思いつつも、少しはマシなのではと思ってしまう。
「ここで手こずって時間に遅れるのも失礼だし。ある程度回ったら、お母様かスノちゃんに頼むから」
まだ準備の出来ていないイズにとってはこれ以上時間を取られる方が困る。
「…わかりました」
「向こうにも事情を話すしね。それを理解出来ない人なんてそっちの方が願い下げよ」
「お姉様!」
「ごめん。分かってる」
イズはそう言うと、本当に時間が迫っている為急いで支度を始めた。
ーーデートで子連れって…
「ふふっ」
「イズ姉たま?」
「お祭り楽しみね」
「はい!」
おかしな状況になったなとイズは微笑む。
「いい?フィン、会ったら最初に『お疲れ様です。この度は時間を割いて頂き誠にありがとうございます』って言うのよ?」
「ちょれ、なーに?」
「上司への礼儀作法よ」
「じょーち?」
「そう。上司よ。あ、そうよ。堅物上司を懐柔する方法は愛嬌とか書いてあったわね。フィン貴方の力を貸して頂戴」
「あい!」
イズの言葉にフィンは訳もわからず元気よく返事をする。
援軍を手に入れたイズは昨日よりも軽い気持ちで約束の場に向かうのだった。




