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イズが縁談を受けると決めるとすぐに顔合わせの日程が決まった。


「お忙しい人なのに、こんなにも早めに会う事になるなんてね」


イズはとんとん拍子で決まってしまった日程に驚きながらも、楽しみが目前にやってきて気分を浮つかせていた。

何せ国内でも有名な美男子だ。

平凡な顔面の家系に生まれたイズにとっては、そんな美形が拝めるなど滅多にない事なのだ。


「焦っているのが、余計に怪しいと思わないのですか?」


スノトーラは鼻にシワを寄せて言った。

まだ成人もしていないはずのスノトーラは、とっくに成人しているイズよりも警戒心が強い。

エプリ伯爵夫人は「生む順番を間違えたわ」とよく言う。


「お姉たま。ケッコンするの?オヨメたまになる?」


イズの兄弟で一番年下のフィンが二人の話を聞いて首を傾げた。

喋りたい盛りのフィンはまん丸な愛らしい目でイズを見つめる。

そんな目にイズは一瞬で全て心が奪われる。


「まだ決まってないよ。でもイズお姉たまはフィンのお嫁さんになりたいぃい!」


イズはそう言って、床で絵本を読んでいたフィンを抱きしめる。


「お姉たま…くるちぃ…」

「お姉たまもフィンが可愛いくて苦しい!」


イズはフィンの頬に自らの頬をすり寄せて全身で愛を表現する。

エプリ伯爵も親バカだが、イズもかなりの姉バカだ。


「お姉たま、カドなアイは身を滅ぼちゅよ」


愛を放出していたイズにフィンは笑顔でとんでもない事を言い放つ。


「…フィン、そんなのどこで習ったのですか?」


スノトーラが険しい顔でフィンに尋ねる。

フィンは笑顔ですぐさま答える。


「ラド兄たま!」


その答えにスノトーラはため息をついた。


「碌な事を教えないのだから…」

「もう!難しい事を言うフィンもかわいい!!」


イズは鼻をてで押さえながら至福の表情を浮かべていたのだった。



そしてすぐに初めての顔合わせの日になった。

今回の顔合わせは、ヴァンディル卿がエプリ伯爵家に一人でやって来た。

ある程度の挨拶を終わらせると、イズとヴァンディル卿は応接間に2人っきりになった。

ーーうわぁああ!本当に綺麗な顔立ち…

イズは改めてヴァンディル卿の顔を見ると口を開けて堂々と観察していた。

見たことがないほど美しい顔立ちにため息さえ漏れそうだった。


「…」


そんなイズの真っ直ぐ視線を受けながら、ヴァンディル卿は黙って座っていた。

その視線を知ってか知らずか、じっと手元のカップを見続けている。


「…」


ーーイケメンって何を考えているのかな?こんなにもの思いにふけっている表情をしていて何も考えていなかったりして

イズは沈黙の中で想像を膨らませていく。


「ふふっ」


イズは想像に心を奪われ過ぎて笑みが溢れる。

そんなイズに驚いてヴァンディル卿は顔を上げた。

初めて彼と目が合う。


「あ、どうも」


イズは驚いてそんな素っ頓狂な言葉をかけてしまった。


「じゃなくて…えっと、ご趣味は?」


ベタな質問しか思いつかなかった。

質問が思いつかないぐらいにイズは何も彼のことを知らない。


「…特にはない」


ーーうん。私もない

イズとヴァンディル卿の最初の共通点だ。


「…君は?」

「私もです」

「そうか…」

「はい」

「…」


ーーおっと?

イズも流石にそこで会話が途切れるとは思っていなかった。

しかも、ヴァンディル卿は一瞬あげた顔をすぐに下を向けてしまっていた。

ーーやばい…切り札を失った

顔合わせの前にイズは一人でシミュレーションをした時に思いついた質問は残念ながらあの一つしかなかった。

スノトーラがその場にいれば何故それしか浮かばなかったのだとすぐに指摘していたはずだが、残念ながらイズがシミュレーションをしたのは真夜中の暗闇で一人で行ってしまった。


「えっとーー」

「…」


イズは何かを言わなければと考える。

ーー性別は知ってるし

当たり前だ。

ーー名前も知ってる

その通り。

ーーあとは…

イズは今までにないほど頭を回転させる。

初回の顔合わせで会話がないなど先が思いやられるだけだ。

イズは折角有名人に出会えたのだからと少しでも思い出に残そうと思っていた。


「あっ!ヴァンディル卿はイケメンですよね!」


イズは自分の思いを素直に伝えるのが一番だと、同じく真夜中に読んだ縁談の必勝本を思い出し言った。


「容姿のことが噂になるのも納得できます。見たことがないほど綺麗な方で驚きました!ヴァンディル卿の顔は毎日見ながらお茶ができるほどですね!」


イズは思いの丈を素直すぎるほど素直に言う。

きっとあの本に『ミーハー心は隠しましょう』と書かれていなかったのが悔やまれる。


「私も有名な方に会えて、孫の代まで自慢できます!」

「孫…?」


イズの言葉にヴァンディル卿は反応した。


「はい。『おばあちゃんは素晴らしい方にお会いしたのですよ』って。あのヴァンデル伯爵家の方とこうやってお話できただけでいい思い出です」

「それは私では無いのか……」


何やらポツリとヴァンディル卿が呟いたがそれがイズの耳には届かなかった。

ーーあれ?

ヴァンディル卿はそのまま口を噤んでしまった。

イズはやっと乗ってくれたのかもと思い話したのだが、彼の気に召さなかったようだ。

ヴァンディル卿は先程より顔を険しくさせて空っぽのカップを持ち上げ飲もうとしていた。


「あっ…」


無いと気づいたヴァンディル卿はカップを口に当てたまま固まる。


「あの。お代わりをーー」


この家には給仕係などいない為、イズがポットの準備をしようと立ち上がる。


「いや、いい!」


今日一番に大きな声をあげてヴァンディル卿はイズを止めた。

そしてまたしても顔をしかめさせる。


「いや…すまなかった」


険しい顔のままヴァンディル卿はイズに謝る。

全く意図の見えない行動にイズは不思議に思いながらも

ーーこの人、険しい顔も綺麗だな

と呑気に思っていた。

ーーあ、返事!

イズは慌てて答える。


「あっ、いえいえ!謝ることはありません」


そう言っていつも通りの呑気な笑顔を見せたイズを見たあと、ヴァンディル卿は再び俯く。

ーーあ、あれ…余計な事言った?

イズはどうしたものかと考えていたが、目の前の麗しい男を見ていると本能が焼き付けとけと言い、ついつい彼を見つめてしまう。

もちろんヴァンディル卿も黙ったままなので、その場に再び沈黙が流れる。


「……もう一度チャンスをくれ」


幾分かの長い沈黙の後、ヴァンディル卿はそう呟いた。

ヴァンディル卿の顔に注目していたイズはその声で我に帰る。


「ふぇ?え?なんて…」

「…次の日程までもう少し時間をくれ」

「次?」


ーー次って何?

これっきりのつもりでいたイズはキョトンとする。


「また日取りについては相談させてもらう」


そう言うとヴァンディル卿は立ち上がった。

立ち上がるとまた迫力がある。


「あ、いえ、この縁談はーー」

「邪魔をした」

「え、ちょっ!お待ちください!!」


イズの声など聞こえていないようで、ヴァンディル卿はそそくさと帰ってしまった。

ーーえ?次って言ったよね?

イズは呆気にとられて固まっていた。

一度きりのミーハー心の顔合わせにまさか2度目があるなどイズは思っても見なかったのだ。

ーーなんで??

イズの中には疑問ばかりが浮かぶのだった。


そして数日後、本当に2度目の日取りが決まってしまった。

もちろんスノトーラもエプリ伯爵夫人は怪しんでいたが、エプリ伯爵は喜んでいた。


「大丈夫。ラドも言っていたが、彼は悪い方じゃ無い」


そう言って、断るどころかズイズイと話を進めてしまっている。

イズも向こうが嫌では無いのならとなんとなくその波に乗ってしまっている状況だった。

ーーよくわからないけど悪い人では無いはず

イズはそんな呑気な考えでいたのだ。


そんなこんなでイズがそして2度目の約束の日が迫った頃、定期的に行うイズの親類の集まりがあった。

イズの家系はエプリ伯爵領地内や関連の人間が多く定期的な情報交換やちょっとした相談の会でもある。

そんな中イズは会話の幅を広げなければと懸命に『上司との会話術』を読んでいた。

ーーヴァンディル卿と会話を…会話を…

見つめるだけで終了した事を思い直し、イズは読書に夢中になっていた。


「あの、イズ?ちょっといい?」


そこへ従姉妹であるオリビアがイズに声をかけてきた。


「え?うん」


イズは珍しいなと顔を上げる。

オリビアはスノトーラと同じ歳でいつも笑顔で人当たりのいい人間なのだが、イズと彼女はあまり親交はない。

何故かと言われればイズにもよく分からないが、なんとなく合わないのだ。

呑気なイズがそんな事を思うのが不思議なのだが、自分とオリビアはあまり関わらない方がいいと感じる。

スノトーラも「あの人に付き合うのはいい事ありませんよ」と言っていた。

同い年で何かあったのかもしれないが、それはイズの知らない所だ。


「本当にあのテュール様と縁談が?」


オリビアはぎこちない笑顔でイズに問いかける。


「へ?テュール?軍神の?」

「ヴァンディル伯爵様のことよ」


オリビアはイズのとぼけた発言にも引きつった笑顔で対応する。


「あぁ!そうだった。そうそう。縁談、来たよ。この前一回会ったけど、会話が全然弾まなかったから勉強中なの」


イズはそう言って自分の持っている本を掲げた。


「そ、そうなのね…」


オリビアはそう言って目を伏せた。

彼女はそれなりに整った女子らしい可愛さを持ち合わせた容姿の人間だ。

オリビアは再びイズに尋ねる。


「なんで、イズが?」

「さぁ?でもお母様達は誰でもよかったんじゃないって言ってる」

「そう…それなら私でもいいのかな…」


ポツリとオリビアが何気なく呟く。

オリビアも家柄的にはイズとそう変わらない。

誰でもよかったのならその通りだ。


「そうだよね」


イズも確かにそうだなと思い、何気なく頷く。

だが、それをオリビアは見過ごさなかった。


「本当に?私でもよかったのかな?」

「え?」


いきなり食いついたオリビアにイズは驚き固まる。


「実はね、私…昔から彼をお慕いしてたの…」


オリビアは頬を染めながら言った。


「あ、え、そうだったの?」


イズはただそのいきなりの告白に目を丸める。


「でも、今まで全然機会がなくて……まさか、こんな事になってるだなんて…」


分かりやすく悲しい表情を見せるオリビアは懇願するように上目遣いでイズを見つめる。


「お願い。イズ、私に協力して?私、彼じゃなきゃダメなの…だから、その縁談、私に譲って!」

「へ!?」


イズはまさかのお願いに声を上げる他なかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 仮に譲って貰っても相手からしたらそんな非常識な願い口にする奴はナシだろうに
[一言] そんな展開があったとは! オリビア…お見合い進んでる相手に協力して〜はないと思うぞ! 文章に勢いがあって、いつも更新楽しみにしてます。 誤字報告が煩かったらスルーしてください。以前あちらで…
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