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「謝りませんわよ」
案の定、ヴィナディスは会うなりそんな一言を言い放つ。
扇で隠されて表情は見えないが、目元は暗そうに見える。
「ですよね」
イズはコロコロと笑いながら椅子に座る。
ーーあれで十分です
心の中でイズは伝える。
「離縁する」とイズが騒いだ時にヴィナディスが止めてくれただけで十分だ。
あの時、グダグダになってしまったプライドは綺麗に再建されているが、一回でも崩したのだ。
きっと一度としてそのプライドを崩した事はないだろう。
だからあの出来事が起きた。
「貴方…怒らないの?」
流石のヴィナディスも怪訝な表情でイズを見る。
イズは笑う。
「別に一々言葉にする必要なんてありませんよ」
イズはカラッとした表情をして言う。
「それよりも、ヴィナディスお姉様はお話をしに来てくださったのですか?」
イズは目を輝かせて問いかける。
謝らない事を伝えに来ただけではないはずだ。
「別に…ただお父様に行ってこいと…」
モゴモゴとヴィナディスは口ごもる。
きっと来たくなかったのだろう。
だが、あの父親を怒らすのも困る。
だとすれば、大人しく来るしかないのだ。
「って…いい加減、お姉様はお辞めなさい!貴方の方が年上でしょ!」
ヴィナディスは我に返るとすぐにイズに噛みつく。
「ですが、私からお姉様に学ぶ事は多いです」
「当たり前よ!貴方みたいな社交界に顔を出した事もない貧乏貴族と一緒にしないでっ」
ヴィナディスは扇子からひょっこりと見せる目元はイズを攻撃的に見ていた。
謹慎中にすっかり調子を取り戻していた。
「だからこんな子にヴァンディルの妻だなんて務まるわけがないのよっ…なのに…っ」
扇子で隠れているが、ヴィナディスが歯を食いしばっている事がよく分かる。
「この私が…王妃にもヴァンディル伯爵夫人にもなれないだなんてっ…」
ヴィナディスは悔しそうに視線を落とす。
彼女にとっては幼い頃から未来は決まっているも同然だった。
「私は…ヴァング公爵家の娘なのよ?」
彼女はイズに視線を合わせずに語る。
国内随一の公爵家の娘として生まれたヴィナディスは常に特別だった。
近い歳に現国王がいたが、ヴィナディスに張り合える身分の令嬢は一人もいなかったのだ。
いたとしても歳が行き過ぎているか、幼すぎる者が多い。
誰もが、彼女が後の王妃になるのではと噂をしていた。
そんな環境で育てばヴィナディスはそれが決まった未来のだと思っていた。
立場的にも自分が上に立っている人間だと彼女は自覚していた。
幼い頃からどんな我が儘も通す事が出来た。
父は厳しかったが、父の目を盗んで自分に甘い母を使って上手くやっていた。
「私は、公爵家の娘として教育も受けていたわ…いつかこの国の顔になるのだからと、一生懸命…」
ヴィナディスの目は少し赤くなった。
信じていたからこそ、彼女は努力をしていたのだ。
母に教えられる通り、王妃になる事はどの女性の夢なのだと。
それは自分だから手に入れられる。
だから他の者に負けぬ様に自分は誰よりも素晴らしくないといけないのだとーー
その事を語るヴィナディスは悔しさが溢れたのか、扇子を握る手に力を込める。
ーー確かヴィナディス様ってマナーすごいもんね…
考えてみればとイズは思う。
ヴィナディスがイズに仕掛けてくる嫌がらせも、マナーが分かってこその嫌がらせだ。
彼女は傲慢な一面があるものの、上にたつものとしての誇りと責任を知っているのだ。
ーー問題は、その中心は自分である前提である事か…
一概にヴィナディスを非難する話ではないとイズは感じる。
「なのに陛下は…いきなり他国の姫などと…私はずっと信じていたのに…なのに…」
ついにヴィナディスの目から涙がこぼれ落ちる。
イズもその姿に同情した。
「陛下は私なんてどうでもよくて……、私なんて見向きもされなかった……どうにかして見返したかったのよ…だらか、ヴァンディス卿に……」
ヴィナディスの動機の全てだった。
国王の結婚でヴィナディスのプライドは燃え上がってしまったのだ。
深く考えず、自分本意な面だけで暴走した結果だ。
「そんなっ……」
イズはヴィナディスの話を聞いて驚愕の表情を浮かべた。
「それって…国王様が最悪じゃないですかっ!」
イズはバンと机を叩いて立ち上がった。
「え?」
ヴィナディスは咄嗟のことに素っ頓狂な声を上げる。
驚きで涙は引っ込んだ。
「無頓着にも程がありますよ!何でお姉様を放っているのですか!!」
イズの言葉に熱がこみ上げてくる。
「だって、ずっとお姉様が候補に上がっていたのですよね?なのに、さっさと別の人と結婚っておかしくないですか?」
「いや…別に、私は婚約者でもないですし…ただの噂程度で…」
何故かヴィナディスが擁護する様な立場になっていた。
またしてもイズはスイッチが入ったのだ。
「噂って、でもそれを否定もせずに放って置いたのですよ?普通根も葉もない噂なら否定ぐらいするべきじゃないですか?だって、今回の場合婚姻の噂ですよ?婚姻って一生を左右しますからね?私みたいな玉の輿ワッショイもありますから!」
イズは捨て身の演説モードだ。
「特に、これで不利益なのお姉様だけですからね!国王陛下は涎を垂らしながら勝手に嫁探しして居れればいいけど、それを信じちゃったらヴィナディス様は婚期逃すばっかりじゃないですか!」
「へ、陛下は涎を垂らしたり致しません!!貴方無礼すぎですよ!!」
「無礼だろうと何だろうと何のそのです!あの噂を真に受けるな程度のフォローあってもいいのでは?一回も否定しなかったのでしょ?」
イズはヴィナディスの指摘で止まる様な暴走はしない。
イズの質問にヴィナディスは戸惑いながら答える。
「そ…それは…でも、考えてみれば…わたくし、一度もダンスに誘われた事もないもの」
ヴィナディスは悲しげな表情を見せる。
妖艶な容姿に儚げさが合わさると何とも色気のある雰囲気が出ている。
「それでもです!そんなので、気付くわけないじゃないですか!察しろはちゃんと会話して親しい人のみに使えるやつです!」
イズは熱の入った演説を続ける。
「ーーって、そんなのヴァンディル卿もじゃないの!ティッタとの噂を放ってーー」
「旦那様は知らなかったのですぅー!それに変に引っ掛けて勘違いさせたのお姉様たちじゃないですか!」
「っそ、それは…ーー」
何も言い返せないヴィナディスは苦い顔をする。
「お姉様、自分のやった事を忘れちゃいけませんよ〜」
「だから!私は貴方よりも年下よ!」
「尊敬の度合いなので歳は関係ありません!」
実にならない言い合いだ。
「兎に角、私でも聞いた事がある噂です。陛下が知らなかったなんてありません。絶対誰かは耳に入れてるはずです。それを放って置くだなんて、罪悪感のカビで心がもじゃもじゃになればいいのです!」
「陛下はそんな方ではありません!陛下は本当に素晴らしい方で…」
「素晴らしい方がそんなことします?人の気持ち無視する様な事!知らないじゃ済まされないですよ!幼い頃からですよ?ありえます?カビぐらいでも甘い方です!お姉様はそれだけ今まで頑張って来たのです!」
「あ…貴方……」
イズの発言にヴィナディスは呆然とする。
だが、その中でどこかこみ上げるものがあった。
「わたくし…頑張ったのね……」
ポツリと彼女は呟いた。
「そうですよ!頑張ったら悔しいに決まってます!その努力をむげにした陛下には罪がありますよ!一言でも否定してくださっていれば、その努力に気付いてお姉様に心を奪われる人だってーー」
そこまで言いかけてイズはハッと気付く。
「でも、お姉様も結構遊んでましたよね…」
イズは噂を思い出す。
様々なカップルの仲を壊したりと有名だった。
「そ、それは…私だけなんでって…」
「あぁ!こじれてる!国王のせいでお姉様の性格がねじれ曲がってしまってしまってる!」
「あっ…そ、それは…」
自分のただの逆恨みだと分かっている分、ヴィナディスも恥ずかしい様だ。
彼女の中の黒歴史化しているものだろう。
「この際、全部、国王野郎陛下のせいです!お姉様が歪んだ性格になったのも、魔物が生まれたのも、我が国が寒くて作物が育ちにくいのも、野蛮人だって言われるのも全部陛下のせいですよ!」
イズは力を込めてそう言うと、いきなり扉が開いてラドが現れた。
「そうだ!そうだ!この世界に戦争があるのもあいつのせいだ!」
「あっ!貴方っ…この前のっ…」
ラドの登場にヴィナディスは驚いていた。
そして先ほどの話を全て聞かれていたのかと顔をカッと真っ赤にさせる。
ーーあの無礼な男に…
ヴィナディスの中でラドの印象は最悪だ。
「全部、あいつのせいにすればいい。そんでもう一度、頑張ればいいんだ。嫌な気持ちを全部それで忘れて万々歳だ」
ラドはそう言ってイズにそっくりな呑気な笑顔を見せる。
「えっ…わ、わたくしは…」
憎らしい男のいい顔にヴィナディスは戸惑う。
「いえ、まずは野郎陛下をぎゃふんと言わせないと!この怒りが消えません!」
「な、何故貴方が怒っているのよ!もういいわよ!」
これ以上恥を大きくしないでくれとヴィナディスは叫ぶ。
「何言ってるのですか!今回の被害者私じゃないですか!」
「絶対、スノトーラだろ」
ラドのツッコミはイズに無視される。
ヴィナディスはこのままだとイズは本当に何かやりかねないと慌てる。
「本当に大丈夫よっ!やめて!!」
ヴィナディスはそう叫びながら自分の中で何かが生まれるのを感じた。
ーーわたくしの為に怒るだなんて…
彼女は不思議な気分だった。
恥ずかしさがあるのにどこかくすぐったい温かい気分がある。
それと同時に今までの自分を悔いる面も出てきた。
自分の感情で振り回してきた多くの人間が思い浮かぶ。
ーーわたくしは…
彼女の中でもう一度踏み出すべき道が見えつつあったのだ。




