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イズが王都の屋敷に滞在して数日、屋敷は瞬く間に穏やかな空気を漂わせていた。
騒々しい出来事があったのが嘘の様にゆったりとした時間を過ごしていた。
「…何だから無駄な時間を過ごした気分」
下女の一人が呟いた。
「ん?」
一緒にいた下女が聞き返す。
「だって、結局私達が惑わされた噂って、全部嘘だったわけじゃん。何だかなってならない?」
「まぁ…それは…」
その場にいた誰もが同じ気分なのか、苦笑いを浮かべた。
「でも、あのローゲにまんまと騙された俺たちも俺たちだからな」
下準備の為に食材の確認をしていた料理長が言った。
彼も責任の一部を感じていたのかもしれない。
「わしは最初からあんな小僧の話を信じておらぬわ」
庭師のじっちゃんは勝ち誇った表情で言った。
料理長がそれに反応する前にリフィが声を上げる。
「もう!じっちゃん!」
「さすが師匠!」
それに弟子も言葉を被せた。
「あんたは黙ってて!まだ半人前にもなれてないのに」
「あ?お前みたいなひよっこに言われたくないぞ!」
ここでも言い争いが起こる。
そんな様子を使用人達は穏やかな空気で見守っていた。
「こんな風になるなんて思いもしなかったわ」
「人生何が起こるかわからないな」
「そうよ、旦那様のあんなデレデレした顔を見れるなんてね」
使用人達はイズ達の話に盛り上がる。
「昨日ね。見ちゃったの!奥様と旦那様が馬車から降りてきたんだけど…」
「あ!旦那様が奥様をお姫様抱っこしてたやつ?」
「そう!奥様、顔を真っ赤にされて可愛かったわ!」
「それを言うなら旦那様も満足げな表情をされていてね…」
「え!何!?馬車で何があったのーー!」
下女達は主人達のラブラブぶりにやられている様だ。
頬を染めて甲高い声を繰り広げ合う。
「だって〜〜、最初の朝から…ねぇ〜」
「あぁ〜!もう!それは黙ってなきゃ!お昼過ぎまで部屋から出てこないなんて…」
「もぅ!!これ以上言ったらダメよ!」
キャッキャと乙女トークが止まらない。
男性陣も笑いながらそれを聞いていた。
「でも、まさか旦那様があんな風になるなんてな…」
一人がボソリと呟いた。
それに他の使用人が頷いた。
「確かに。生まれながらに感情の起伏がない人だと思ってたよな」
「側にいる女性ってティッタぐらいだったからよ」
「本当、まんまとやられたよな」
「旦那様は奥様のあの優しいお心にやられたのよ」
「でも、あの奥様はそれだけじゃないよ。何て言うかさ…あの日の堂々とした佇まい…」
全員があの日のことを思い起こす。
イズの姿にここの女主人の威厳を感じたのかもしれない。
だが、それよりもイズの人間性がより濃く分かった。
彼らの中でバカな噂を信じる者は誰一人いないはずだ。
「本当に、俺たちバカだったよな…」
その呟きが全員の心に染みる。
ここで働き続けれるだけでも彼らには有り難いことだ。
「あのね。奥様が言ってたけどーー」
リフィが口を開いた。
リフィもイズに何度も謝った。
自分が噂のみを信じていたことをリフィは恥じていた。
そんなリフィにイズはあっけらかんと笑って言った。
「『私に罰なんて求めないでよ?反省しているならそれが罰。きっと私が何を言っても言わなくてもリフィはこの事を思い出して何度も反省するもの』ってさ」
リフィが笑って言うと、全員の顔が綻んだ。
「さすが奥様だ」
笑い合う。
それができる。
「でも、奥様もきっと反省することが多そうだよな」
「あぁ、それ分かる」
「奥様ってスイッチが入った様にいきなり暴走するもんな」
「きっと暴走スイッチがあるんだよ」
「奥様が暴走したら、旦那様は犬の様について回りそうだ」
「止めもしないで笑ってるだけだ」
「そりゃ傑作だ」
「微笑ましいからいいじゃない」
使用人達はそう言って笑い合う。
そして自分たちで何度も反省する。
リフィはその様子を黙って見ていた。
『人間は反省が大事なんだって。お父様が小さい頃から教えてくれた事よ』
そう言ったイズを思い出す。
ーー奥様が来てくれてよかった
リフィは思う。
噂がなければリフィはイズと出会うことがなかったかもしれない。
なくても出会えたのかもしれないが、だがこうやって出会えてリフィは嬉しく思う。
「リフィ、お前さんもここで働くかい?」
じっちゃんがリフィに尋ねた。
リフィはそれに迷いなく答える。
「うん。まだまだ奥様にお仕えしたい!」
元気よく答えたフィリにじっちゃんは嬉しそうに微笑むのだった。




