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ティッタが王都のヴァンディル邸を去った日から数日全てを片付けようとイズとヴァンディル卿はそれなりの忙しさだった。


まず、ローゲに関しては問答無用で解雇となった。


「元々、彼については対処をしなければと考えていたのですよ」


執事のオセルがイズに苦笑いでローゲの処分について説明をしてくれた。


「え?」


イズはその情報に目を丸め、口に先程から食べていたタルトのクリームを付けたままポカンとしている。


「彼には気になる行動があった様です。先任の執事からの引き継ぎの際に報告を受けていました。まぁ…その原因に私が関連していた様ですが…」


オセルは気不味そうに頬を掻く。

ローゲは前々から向上心の強い人間だった。

どことなく下級使用人だけでなく使用人そのものを見下す様な発言が時々見られることがあった。

彼の血筋の中にも貴族がいた様で自分は本来上に上り詰めれる人間だと心の中であったのかもしれない。

それでも、勤務上の問題はなかった為先任の執事も警戒しているだけだった。

彼もそこまで馬鹿ではなく、周りの信頼を得ようと上手く立ち回っていたのだ。


そしてオセルが領地で執事に就任してから彼の中で、遂にその欲望に火がついた。

如何わしい場所に出入りする様になり儲け話を聞けばそれに大金を注ぎ込む様になった。

自分より10歳も年下でただの平民だったオセルに負けてたまるかと、自分は違うと感情が掻き立てられたのかもしれない。

だが、そんな思いも虚しく投資にも失敗し、ヴァンディル卿の結婚からオセルの立場は強くなり始め、今度こそ自分が就任すると思っていた王都での執事の座も彼に回ってくることがなかった。


「儲け話の話もあっけなく消えてしまったので、お金にも困る様になり、それでも諦めきれず借金をしまた新たな話にのっかっるという事を幾度となく繰り返していたと…」


自分も関わっていた為かオセルは少し歯切れ悪く言葉を続ける。

そして次に彼が目を付けたのはヴィナディスだった。

噂で彼女の性格を知っていた彼はわざわざ彼女の行きつけの店まで確認して接触した。


『あなた以外にヴァンディル伯爵家にふさわしい人はいない』

『あんな形だけの田舎貴族の妻にも、平民のティッタにも相応しくない』

『ヴァンディル伯爵家は王家を凌ぐ力がある。あなたがこの国の王妃になったも同然だ』

『あなたこそこの国の宝石だ』


そんな甘い言葉ばかりを投げかけヴィナディスをその気にさせた。

前から手懐けていたティッタを上手く使う方法をヴィナディスに伝えた。

そして手助けをした自分を執事として昇進させる様に頼んだ。

勿論、計画を進めるたびに細かい褒美も忘れないでもらっていた様だ。


「奥様の悪口を広げたのも、最初は鬱憤ばらしの一環だった様です…ティッタさんを手懐けるにも使えるからと…自分の言葉で簡単に操れる人々を見るのが愉快だったと…」

「ヴィナディス様との計画で利用できて彼には幸運だったでしょうね」


気不味そうに話すオセルの横でスノトーラはすぐに理解した様で話を付け加える。

オセルはそれに頷いた。


「えぇ…それで、いきなり現れた奥様に驚いてすぐにヴァング公爵家に報告に向かった様です。そこですぐに2人で計画を立てたのでしょう。奥様を煽ってこのまま追い出そうと…即席の計画ですのでかなりお粗末な点は多かったですけどね」


オセルは苦笑いを浮かべる。

確かに今考えてみれば何ともお粗末な物だ。

イズに突っ込まれる点があったのだから、完全な計画とは程遠い。


「きっとお姉様の事も『貧乏貴族が玉の輿に乗った』と馬鹿にしていたのでしょう」

「う゛っ…」


イズにはスノトーラの言葉が痛かった。

その通りの為、イズは返す言葉もない。


「いやいや!でもさ、借金もないし、暮らせていけてるからそこそこの貴族だよ!」


少しだけ返す言葉があった。


「それでも王都に屋敷を持っている貴族に比べたら貧乏の類です」


スノトーラはイズの小さな抗議もバッサリと切り捨てた。

自分の家の事なのに容赦がない。

自称中級を名乗っていたイズには耳が痛かった。


「確かにな!」


何故か一緒に報告を聞いていたラドはソファに寝転びながらゲラゲラと笑う。

スノトーラはそんなラドを冷たい目で見ていた。


「でも、幸せならいいじゃん…」


イズは口を尖らせて反論するも、それはスノトーラに届かない。

スノトーラはすっと目を細めて話を続ける。


「きっと嫉妬もあったのでしょうね。男がそう簡単に玉の輿なんて狙えませんもの。ま、変なプライドの持ち主の方の様ですし、ヒモになる度胸もないでしょうね」

「え、スノちゃん?」


見たことのない毒々しいスノトーラにイズは目を丸めた。

冷静なスノトーラが感情をあらわにするのはイズを叱るときぐらいだ。


「とことん器の小さい男です」


スノトーラはじっと自分の手元にあるカップを憎らしそうに見つめ続ける。


「お姉様が玉の輿に乗ろうとする打算的な人間だとでも?勘違いも甚だしいです」


今日はイズに変わってスノトーラが暴走する日の様だ。

スイッチが入った様にスノトーラの口は止まらない。


「本当に打算的な人間が領地で大人しく暮らすと思っていたのでしょうか?ローゲとかいう道端の石ころーーいえ、アリにも見向きもされないただただ景観を害するゴミが、お姉様を理解できるとでも?お姉様の煩悩なんて、『美味しい物を食べたい』『ぐっすり寝たい』『のんびり生きたい』ぐらいしかないのですから!そんな人間が人を害する能力があるとでも?そんな能力があればもっと派手に動いてますよ!3年も領地でくすぶってるわけないでしょうに!!」


怒りのままスノトーラが机を叩く。

ガシャンとティーセットが音を立てたが、溢れはしなかった。

勢いがすごいが、イズは首を捻らせた。


ーーん?私の為に怒ってくれてるんだよね?


スノトーラの迫力に驚きながらも庇ってくれているのだと少し感動していたイズは、いまいち喜びきれない言葉に頭をまた動かし始める。


「寝る事も食べる事も生きていく上で一番大切だろうが」


イズと同じ脳を持っているラドはムッとして言った。

だが、スノトーラにはそんな言葉は必要ないようで口を開き続ける。

スイッチの入り方はスノトーラもイズに似ている。


「大体、『悪女』だなんてそんなありきたりな表現でお姉様を表現しないでいただきたいです。お姉様がどれだけ人誑しで、自分の世界へ巧みな手で誘惑してくる悪魔だなんて知らないくせにっーー」


スノトーラはそこまで言うと耐えられないと言わんばかりに顔を両手で覆った。

何故かその背中からは悲壮感が漂っている。


ーーなんか悪いことしたかな?


流石のイズも居た堪れない気持ちになった。


「私ってそんなに迷惑かけてる?」


イズはラドにこっそり問いかける。


「人間は迷惑かけてなんぼだ。気にするな。迷惑かけた分後で迷惑かけられればプラマイゼロだ」

「だよね」


この兄妹は相変わらずだ。

へらりと笑い合う。


「…君の気持ちは分かる。だが、あれは彼女を理解できないどうしようもない人間だった。それだけだ」


じっと黙っていたヴァンディル卿がいきなり顔を上げて、スノトーラに向かって力強く頷いた。


ーー旦那様がいたの忘れてた…


イズはあまりにも静かに座っていたヴァンディル卿に驚いて顔を向ける。


「あの類の人種は自分が人よりも優れていると言う幻想に取り憑かれている為、自分の作り出した固定概念から抜け出せない。特に追い詰められると余計に視界が狭まり、同じことを繰り返す…学習能力が欠如している哀れな存在だ」


そのままヴァンディル卿が淡々と語る。


「そんな者に話が妻が理解できるわけがない。存在しているのを認識させるのだって惜しい」


淡々とした話ぶりとは違ってその目は穏やかではない。

奥深くに何かが燃えていた。


「それにあれが遠征に向かえば小賢しい真似をして逃れようとするが少しでも想定外の事が起これば暴走し一番に命を落とすだろう。仲間を犠牲にしかねないが、どちらにしろ自滅するタイプだ。そして最後まで自分は悪くないと訴え続けるだろう」


彼の話は重みがある。

ヴァンディル卿と初めて向かい合って話をするスノトーラも真剣な表情で頷いていた。


ーースノちゃんを納得させるなんてさすが旦那様…


イズは唾を飲み込みながらそれを静かに見守っていた。

自分はスノトーラのため息しか引き出せないのにとヴァンディル卿に尊敬の念を向ける。


「私の耳に届かぬ様随分小細工をしてくれた様だが、それが失敗した場合までも想定できていないのなら彼は所詮その程度の人間だったのだ。優秀な人材は想定外がある事を知っているから他のものより秀でている。物事は全て偶然が重なってできている物だ。その偶然を見越し必然にしてしまうからこそ天才と呼ばれるのだ。過度に高過ぎる自己評価はそれを不可能にしてしまう」


今日のヴァンディル卿は良く喋る。

その話をスノトーラは真剣に聞いているが、イズとラドは何の話をしようとしているのか理解できず首を捻らす。

オセルだけが苦笑いを浮かべていた。


「そんな男に職を斡旋したとか…そこまで慈悲を与える必要が?もっと罪を問うべきでは?」


解雇だけでは納得できないスノトーラは険しい表情を見せる。

その言葉にヴァンディル卿は得意げに顎を上に向けた。


「だから、だ。ただ解雇をしてもあいつは自滅に向かって同じ事を繰り返すだけだ。自分で自分の首を絞めるだろうが決してそれを悔い改めることはない。彼は我が妻の存在を知ってしまったのにだ」


ヴァンディル卿はイズを何だと思っているのかふんぞり返るように語る。


「お前、神にでもなったのか?」

「なってないよ。どっかの学者さんが言ってたけど神は死んだらしいよ」

「何だそれ?」


仲間外れのイズとラドはひっそりとマイペースに会話を続けていたが、次のヴァンディル卿の言葉でラドが吹き出した。


「それに彼に斡旋した職場は、南部の国境隊だ」


何故か自慢げに語るヴァンディル卿の意図をイズもスノトーラも理解できなかった。

ただラドは再びソファの上で笑い転げているのだった。


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