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昼食を終えたイズは使用人達の視線から逃れる様にスノトーラを引き連れて庭でのんびりと散歩をしていた。
「スノちゃんはもう大丈夫なの?」
「えぇ、マナの回復は体力と同じなので、寝れば大体治ります」
「異能力は羨ましいけど大変だ」
全てにおいて平均値であるイズには勿論異能力を持ち合わせていない。
マナの量が足りないのだ。
「キル教では『魔法』と呼ぶそうです」
「異能力と同じ意味?」
「いえ、魔法というものは異能力よりも人1人が使える能力の幅が広いとか」
「ん?説明がよく分からないよ?幅?」
イズはくちびるを尖らせてスノトーラに聞き返す。
異能力は普通は1人に特定の何かしらの能力が人よりも優れているもので、マナが関係するなど特別なものではあるが、算術が得意、剣術が得意というのと同じ感覚だ。
だからこそ、その異能力の幅が広がると言ってもイズにはピンとこない。
「なんでもマナを最大限に解放できるらしいです」
スノトーラは相変わらず淡々と説明を始める。
「え、それってスノちゃんみたいに倒れる人がたくさん出てこない?」
「私も良く分かりませんが、キル教はプリムス神話がベースにできていてーー」
「あの魔物を作り出したとかいう?」
プリムス神話はまだ国家や都市などの概念がない太古の昔からの言い伝えで出来たもので、この世界を作り出した神が誕生した話から始まる最古の神話とも言われている。
その神話ではある神が魔物を生み出したと記述されている為、一般的にはプリムス神話を作った文明が魔物を誕生させたのではとされているのだ。
「それが実話かどうかは定かではありませんがね」
スノトーラはイズの発言に付け加える。
こういう真面目な点はスノトーラとヴァンディル卿の共通点とも言える。
「でもどっかの学者さんでプリムス神話とかを邪神の集まりの物語だって言ってたよ?」
「どこの情報ですか?」
イズの実に信憑性の低い情報にスノトーラは顔を顰める。
だがイズはスノトーラノ反応などお構いなしに語り続ける。
「そんな邪神を信仰し続けてキル教を作った人たちが私たちの事を野蛮族とか言っちゃうから不思議なものだよね」
使用人達から解放されたイズはいつの間にかいつもの調子に戻っていた。
「相手国からしてみれば、遠征で略奪を繰り返し、領地を荒らされていては野蛮人と言うしかないです」
「でも魔物を生み出したせいでここら辺の地域は荒れたんだよ?うちの領地なんてギリギリでさ、あれ以上北だともっと土地は荒廃してて、気候もめちゃくちゃだし、魔物なんてたくさんいるんだよ?それを放置してるのは非道じゃないの?」
実際にヴァンディル伯爵領土よりも北の地はまだはっきりとしていない為、イズの語る内容も噂程度のものだ。
「それも所詮は神話ですから」
専門家でもないイズとスノトーラがそれについて語っても結論が出てくるわけでもない。
イズの言い分も完全に否定ができない分、スノトーラはそのまま流そうとした。
「うん、でもきっと魔物を生み出すのも私たちの遠征の様に生きていく上で必要な事だったんだよ」
イズは伸びをしながら語る。
「今みたいにさ、生きている事に必死だとすぐに見出せる解決策にすがるしかないじゃん?」
「まぁ…」
スノトーラは曖昧に返事をする。
イズの言い分は間違ってはいないが、なんと答えるかスノトーラは悩んだ。
もっと他に方法があるかもしれないという考えが脳裏に過ぎる。
「魔物を作った神様もきっとそうだったんだよ。何か理由があってその時の最善のことだったのかも。でも長い目でみれば結局それで苦労する人が多すぎる結果になっただけでさ」
「…そうかもしれませんね」
スノトーラにはそれ以上の言葉は出なかった。
イズは呑気だが何かを考えている様に空を見上げている。
「全部そうだよね。その時はそれが最善だと思って行動するしかないんだよ。その結果は長い時間をかけないと分からないから信じるしかないよね」
イズは早朝の出来事を思い出していた。
ーーティッタを追い出す形になった事がいいか悪いかはこれから次第ってことだよね
イズは真っ青な空を見上げ思い直す。
一度決めてしまったことでもどことなく不安になる。
それが誰かしらを傷つけている事なら尚更だ。
向こうが自分を思ってくれないのだから仕方ないと割り切ったはずなのに、ふと弱気になる自分がいるのだ。
「信じるしかない」
イズはもう一度言った。
昨日からの全ての決断を確かめる様にイズは目を閉じる。
ーーうん、大丈夫
しばらくして目を開けたイズは頷いた。
その表情は先ほどよりも清々しかった。
「きっとみんなその時の事を互いに理解し合って、どっちかが悪いとかって争うよりもこれからどう改善できるかって相談し合えるのにね」
まるでイズには違う世界が見えているかの様に語る。
彼女の言う世界があればもっと世界は単純でいれたのだろう。
イズは散歩を再開せせようと足を進めたがそれを直ぐに止めた。
「あ」
イズはどこか一点を見つめ声をあげた。
スノトーラもその視線を辿ると固まった。
長く歩いていた2人はいつの間にか屋敷の裏の方まで来ていた様だ。
使用人達が使用する出入り口から出てくるティッタの姿がそこにあった。
「あっ…」
ティッタも自分に向けられた目線に気づいた様で声を軽く上げた後、持っていた鞄を背に隠す様に気不味そうな表情を浮かべる。
そのままスルーするもできなかったのか、イズはティッタに近付いた。
「もう出て行くの?」
ティッタは問いかけてくるイズに構える様に体を硬らせた。
まだ彼女の中ではイズは憎むべき敵なのだろう。
「テュッ。…旦那様が直ぐにと言われたので」
ティッタは流石にヴァンディル卿の名前を最後まで言い切ることはなかった。
だが、自分では出ていくとは言わない。
その目はイズを批判的に見つめていた。
「…」
思い沈黙が流れる。
「では…」
そのままティッタは体を翻して去ろうとした。
「あ…うん」
小さな荷物を一つしか持っていないその姿はひどく小さく見える。
彼女も大切なものを失った。
あの部屋には彼女の大切なものが詰まっていたはずだった。
本来なら彼女はそれとともにここを出ていけたのに、彼女の指にはめられた指輪しか残っていない。
ーー言う言葉が思いつかない
イズは自分でも不思議なくらいティッタにかける言葉がなかった。
ここに来て彼女と交わした会話は数えるぐらいしかない。
だから彼女の本来の人間性は分からない。
ただ、彼女のイズへの態度は決して好感を持てるものではないが、ただ単にそれを責めるほど恨む訳でも彼女の状態に同情を感じない訳でもない。
ーーでも、後悔もしてないんだよなぁ…
驚くほどこの状態と別の道が見えないのだ。
遠のくティッタの背中を見ながらこれでいいのかもしれないとイズは思った。
何を言ってもティッタには必要のない同情か皮肉にしか聞こえないはずだ。
だってティッタもイズの思いを汲めるほど、イズを何も知らない。
「気をつけてね」
イズはその言葉を背中に投げかけたが、それにティッタは答えなかった。
「もっとちゃんと話しとけばよかったかな…」
イズはティッタの去った方向を見ながらぼんやりと言った。
「彼女と?」
また変な話を始めるのかとスノトーラは顔を険しくさせた。
仲良くなりたかっと言い出すのではと構えた。
「もっと喧嘩できれば言いたい事言えたのにね。飲み込むしかない気持ちって勿体ない」
「無駄に喧嘩しなくてよかったではないですか」
エネルギーの無駄遣いだと言わんばかりにスノトーラは溜息を吐いた。
「違うよ。出ない気持ちは溜まってカビになるよ」
またとんでも理論が飛んできた。
「ちょっとだけ思ってた気持ちが、思い出すたびにめちゃくちゃ大きくなっていつまでも増え続けちゃうじゃん。『やだな』と思ってた人がいつの間にか『めちゃくちゃ嫌い』になってたりするじゃん?」
「久々にあった苦手な方とはいつも通りにしようとしても上手くいかなくなるとかですか?」
「そ、うちうちの気持ちがいつの間にか繁殖しすぎて溢れ出ちゃうの」
ピンとはこないがなんとなくスノトーラには思い当たる所がある。
「カビに心の隙間をあげちゃうなんて勿体ないよねー」
イズは呑気にそう言うと珍しく溜息を吐いた。
「カビが漏れちゃう前にもう一度会って話せたらな…」
ここに来てイズは一つの後悔を感じた。
「その時にこれが正解かどうかは分かってるかな?」
イズはスノトーラにへらりと笑いながら問いかけた。
「その頃には私たちは野蛮人ではなく聖人と呼ばれているかもしれませんね」
スノトーラは呆れながらそれに答えると、イズは嬉しそうに頷いた。
あまり言いたいことではありませんが、宗教の設定は大してこの物語には関係していません。
最初の下の会話は「へぇ〜そうなんだ」ぐらいで流していただけたらと思います。




