表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/80

59

ーー君は変わらないな…


ヴァンディル卿は目を細めて笑うイズを見つめる。

口数の少ない彼はいつでも自分の感情を汲み取ってくれるイズに感謝していた。

何年一緒にいても自分を恐れる人が多い中イズは他の者とは全く異なる人間だった。


◇◇◇◇◇


「……私は弱い」


友人の死を聞いてヴァンディル卿が落ち込んでいた時の事、彼はそう呟いた。

幾度となく過ごした地獄を改めて突きつけられた様な気分だった。


ーーいつか、私も彼女を残して…


そう考えると恐ろしくなる。

彼は遠征に死ぬ覚悟で向かっていた。

もちろん、生き残ろうという意思はあったが、人の命を殺めている恐怖を感じながらも成功を納めようと必死だった。

いや、怖いもの知らずだったのかもしれない。

血生臭い場所では感覚も麻痺しそこまで恐怖を感じないが、普通の生活に戻れば自分の犯した事を身に染みる。

普通に生活する自分が善人の仮面を何枚も被っている様な気さえしていた。

そしてその感覚は彼がイズと結婚してからより濃くなった。

感じなかった恐怖、死にたくないという思いが彼の中で増幅していた。

それが知人の死により、糸が切れた様に様々な感情に襲われた。

溜まっていたものを彼は吐き出す様に語った。

こんな自分にイズは呆れるかもしれないと思いながらも止める事ができなかった。


「…」


黙り込んだイズにヴァンディル卿は語った事を後悔した。

情けないと自分を恨む。

長い沈黙が流れた。


ーー彼女を困らせてしまった…


そう思いどうにかしようと思うが、現状を変える方法を彼は知らなかった。


「だったら…」


長い沈黙のあと、イズがゆっくりと口を開いた。


「私は結婚して良かったと旦那様に思っていただける様に頑張らないとですね」


イズは上を見上げながら言った。

ヴァンディル卿は何を言っているのか彼は理解が追いつかないでいた。

どこをどう考えたらそこに繋がったのか、新婚ホヤホヤのヴァンディル卿には全く見えないのだ。


「旦那様が向こうの地がもっと恐くなる様に頑張らないと」

「恐くか…?」


ヴァンディル卿は表情を歪めた。

恐くなる人間は情けないと思わないのかと彼には不思議だった。

イズは平然と語り続ける。


「はい。恐くなればなるほど旦那様が帰りたいって思ってくれるでしょ?私には旦那様が生きて戻ってくる事が一番大切ですからね」

「……戦場で臆病者になれと?」

「臆病者のどこが不服で?生きる事は辛い事だとどこかのお爺様が言っていました。だったら、たとえ人生が辛い事ばかりでも生きる方が勝ちじゃありませんか?」


イズの言葉に暗い表情を浮かべていたヴァンディル卿はキョトンとする。


「それはどの観点で勝敗を決めている?」

「え?そりゃ、何でも大きい方が勝ちですよね?だから短いより長く生きる方が勝ちですよ」


イズの言葉に理論なんてない。

彼女の考えは誰も読めないが、その言葉には何かしらの力がある。

ストンとどこかに落ちるのがまた不思議だ。


「臆病者だと言われようと役立たずと言われようとも…、あとは…無愛想、でかいのは図体だけ、頭でっかち、分からずやーー」


イズの口からずらずらとヴァンディル卿の悪口と思われる言葉が次々と出てくる。

彼には痛い言葉だった。

思い当たる事も多い。


「とにかく、何と言われようと、旦那様が生きているのが一番ですよ。生きてくれなきゃ、待つ甲斐がないじゃないですか!」


あまりにも堂々と言ったその言葉にヴァンディル卿は真っ赤な目を丸める他なかった。

何故自分は叱られているのかとさえ思う。

無理な励ましの言葉でもなく、ただ生きろと言われた。

国の為だ、仕方ない事だと着飾った理論はそこにはない。

ただ自分の為に生きて帰ってこいと言う。


「…」


あまりの言葉にヴァンディル卿は絶句していた。

彼もイズは想定外の言葉ばかりだと分かっていたが、その構える気持ちさえも彼女は吹っ飛ばしてしまう。


「闘うのが恐くないとか、ずるいですからね」


その一言にヴァンディル卿は完全に固まる。


「赤ちゃんだって自分の為に泣くのです。だったら大人はもっと泣き喚いて、怖がって、臆病になれますよ」


普通の人間なら『赤子みたいに泣くな』『大人らしっかりしろ』と言うとこだろう。


ーーなのに赤子にできるのなら大人にはもっとできるなどと…


ヴァンディル卿は思わず笑みを溢す。

つくづくイズという人間を知るには自分に足りな事が多いと感じさせられる。


「くくっ」

「そうですよ。目一杯怯えて、帰ってきてください!」


やっと笑ったヴァンディル卿にイズは意気揚々と言った。


ーー敵わない


この時も彼はそう思った。

そして自分は何か自惚れていたのかもしれないとさえ感じた。


ーーただ、君の為に…


国の為とかそんな綺麗事はどうでも良くなった。

ただ目の前の人の為にーーそんな欲望が彼の中に生まれ始めていた。


「君が言うお爺様とは王都で出会った人間か?」


ヴァンディル卿は微笑みながらイズに尋ねた。


「え?あぁ…そうだったでしたかね?」


イズはあまり思い出せない様で首を捻らす。


「そうか」


ヴァンディル卿は嬉しそうに頷いて立ち上がった。


「ん?でもあれって、旦那様の婚約前で…」


イズはヴァンディル卿の後ろ姿を見ながら頭を悩ますのだった。


◇◇◇◇◇


ーーこの人しかないない


ヴァンディル卿は改めて思った。

変わらないイズに目を細める。


「…君をあいつに見せなくて本当によかった」


ヴァンディル卿は自分の親しい人を1人思い出し、安堵した表情を見せる。


「え?」


ヴァンディル卿の頭を抱えたままのイズが聞き返すと、ヴァンディル卿はイズの腕の中で首を横に振った。


「ありがとう」


ヴァンディル卿はそう言うと柔らかい笑みを見せてまたしてもイズを強く抱きしめた。


「うわっ!」


イズは驚いた様で変な声をあげ、腕をヴァンディル卿から外す。

するとヴァンディル卿はイズを持ち上げて高い高いをするかの様に天井に掲げる。


「旦那様!?」


流石のイズもまるで赤ん坊王の様な扱いに慌てる。

足が宙に浮き切っていて怖さしかない。

しっかりしているヴァンディル卿の腕でも、腰回りを持たれているだけでは不安定さがある。

そんなイズをヴァンディル卿は楽しげに見つめるのみだった。

イズもその瞳い吸い込まれていく気分に陥る。


「おっ、あ、え!?」


ヴァンディル卿はそのままイズをベッドに運び始めた。

その行動が理解できずイズはあたふたする。

そして彼はイズをベッドに座らせると、そのままイズの手をつかみ、手の甲に自分の唇を落とす。


「!?」


イズはボンッと弾けた様に顔を真っ赤にした。

何やらイズの知らない空気感をヴァンディル卿が纏っているのだ。

甘い笑みと共にヴァンディル卿は混乱状態のイズに声をかける。


「私だって君を手放す気はない」


見たことがないほどヴァンディル卿は嬉しそうに笑っていた。


「ふぇ!?」

「もう我慢する必要もないだろ?」

「きょっ…今日はやることがたくさんありますよ!?」

「あぁ、分かっている」

「分かってないです!この状況はなんですかっ…」

「気にするな」

「え、いや、ちょっ…た、タイむっ…っん!!」


騒ぐイズを黙らせる様にヴァンディル卿が顔を近づけイズの唇を塞いでしまった。

結婚してこんなことがなかったわけではない。

だが、とてつもなくヴァンディル卿から漂ってくる甘く痺れる感覚にイズは流されるよりも恥ずかしさの方が勝っていた。


「ん!!んんっ!!」


だが、イズの非力な力ではヴァンディル卿を押し除けることなど出来ない。

あっという間に押し倒されたイズは目の前でヴァンディル卿がまるで少年の様に笑っていた。


ーーずるい…


イズはそう思いながら先程の抵抗を弱めた。

彼の甘く優しい表情はイズを鷲掴みにしてしまう。

そしてその部屋に入り始めた朝日を見つけ目を細めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ