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イズは自分の芯が冷えた様な感覚だった。
周りはそれを黙って見つめていた。
ーーわざわざ私を追い出す為にこんな事を…
何の為にスノトーラは悩んでくれていたのかイズは申し訳ない気持ちになる。
ーー旦那様がどうのこうのの前の話じゃない…
わざと仕掛けられたものを信じろと何だのと無理な話だ。
「けど、私も悪かったです。ごめんなさい」
イズがヴィナディスに頭を下げた。
「え…?」
ヴィナディスも冷え切っている両手を握りながら顔を上げる。
イズはゆっくりと顔を上げた。
「私はヴィナディス様の気持ちを無視し過ぎていました」
イズは深呼吸をする。
自分の対応が間違っていたのは事実だと思った。
「どうしようもできないから、そこには触れなければいいと思ってました。触れなければ呑気でいられると……。それはあまりにもヴィナディス様の気持ちを無視した行動でした。気遣いがなかったです。ごめんなさい」
イズはもう一度頭を下げた。
周りの者を傷つけたのは許せなかったが、それとこれとは別だ。
ーー私が呑気で居られればいいって話じゃなかった
自分はヴィナディスに誠実でなかったと恥ずかしさがこみ上げる。
この問題の本質が見えていなかった。
「何で…」
ヴィナディスは訳がわからないと言った様だ。
「ヴィナディス様の言うとおり、幸せを求めることは他の方の幸せにつながります」
ヴィナディスは自分の為だけではないと言った。
苦し紛れな話だが、それは他の人の幸せにもなるのだと。
その考えは間違ってないとイズは思う。
「でも、そのやり方が間違っていたら、その幸せを存分に楽しめません。幸せや愛は生モノですから、存分に楽しまなきゃ。あ、そうなると人生が生モノですよね」
イズは独り言の様に呟いて微笑んだ。
その微笑みだけでその場が和らぐ。
「うん。けど、私のヴィナディス様への態度は配慮に欠けていた…だから、私がすっきりしなかった点です。私がヴィナディス様を傷つけてしまったことがどこまでも悔やまれて、どこまでも思い出して『あぁ!!』って奇声を上げたくなっちゃいます」
イズは実演しながら語る。
イズなら本当にそんな事をしそうだ。
「今、謝まらなかったら私はもっと後悔するので。既にこの件は思い出して奇声を上げるレベルです」
真剣な顔でイズは語るが、どこか抜けている。
「私も、私の大切な人の幸せのために胸を張れる人間でいたいです。偉ぶれる様な人間ではありませんが、せめて全力で悔いの少ない生き方をするしかないので!」
そう言い切るイズはどこまでも晴々としていた。
雲の上の太陽というよりも、その光を浴びてのびのびと育った雑草の様だった。
「ですので、ヴィナディス様の気持ちをわかっていながら、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
イズが再び頭を下げた姿を見て、ヴィナディスは何かを感じた様だ。
真っ青だった顔は落ち着きを取り戻していたが、暗い顔つきになる。
「わ…わた……わたくし……」
ヴィナディスが何かを語ろうとした時、何かが倒れる音がした。
イズは驚いて後ろを見るとそこにはスノトーラが崩れ落ちていた。
「スノちゃん!?」
イズは驚いてスノトーラの元へ駆け寄る。
先ほどから顔色が悪かったが、さらに悪くなってしまっている。
額に汗があり、少し熱っぽい。
「どうしたのっ!」
イズは驚いてスノトーラを揺さぶる。
だが、それはスノトーラにキツイようで、自分に触れるイズから距離をとるように腕を差し出す。
「やめてください。ただの貧血です」
「え!?スノちゃんが貧血起こした事ないじゃん!」
「…大丈夫ですから」
そんな会話を聞いていて使用人達はすぐに動き出した。
「どう致しましょうか?」
「え?」
下女の中でまとめ役をしている者がイズに声をかける。
「氷をお持ちしますね」
「奥様、妹様に触れても構いませんか?」
「うん…」
「失礼します」
先ほどのイズの話を聞いて彼らは自分たちの役目を思い出したかのように動き出す。
ヴィナディスやローゲ、放心状態のティッタは置いてけぼりで、それぞれが自分の悔いを上書きするようだった。
それは先ほど懺悔をした下女も同じだった。
「あっ…お、おい」
ローゲはまるでいないかの様なその場に躊躇いを見せる。
居心地の悪さが満載だ。
だが、誰もそれに耳を傾ける事をしない。
今やるべきことに対して動き出す。
すると、その場に男性の叫び声が響いた。
「ヴィナディスーーーー!!」
野太いその声は、屋敷中に轟く。
動きだした者達もそれに驚き足を止めた。
「どこだーーー!!」
その声はドカドカとした足音と共に近づいてくる。
余程焦っているのか、足がもつれそうな足音だった。
そして、すぐにその足音はイズ達のいる場所に辿り着く。
その男はかなり恰幅の良い体をしていて、イズの父親ぐらいの歳に見える。
身なりはかなり良く、しかも煌びやかだ。
ーーヴィナディス様みたい…
容姿は全然違うのに、イズはそう思った。
「ヴィナディス!お前は一体何をやっているのだぁああああ!!」
男はヴィナディスの前に立つと、思いっきり彼女の頬を叩いた。
男の顔は怒りで真っ赤になり震えていた。
ヴィナディスはいきなりのことに放心状態だったが、すぐに我を取り戻して顔を上げる。
「っ!お父様!何をなさるのですかっ!」
ヴィナディスが抗議すると、今度は思いっきり頭に拳骨を落とす。
どうやら、ヴィナディスの父、ヴァング公爵の様だ。
「この馬鹿女が!!王妃になれなかったと言って、ヴァンディル伯爵夫人に迷惑をかけるとは何事だ!」
「なっ!違うわ!ヴァンディル卿のお嫁様になれないなら王妃で我慢しようとしたのよ!なのにあいつ全然違う奴を選んで!だから我慢ならなかっただけよ!」
「どっちでも良いわ!お前は我が家を破滅させる気か!」
またしても拳骨がヴィナディスの頭に落ちる。
流石に痛かったのか、ヴィナディスは頭を抑えて黙り込む。
ーーおぉ…時には実力行使
イズは驚いていたが、勉強になるなとそれを眺めていた。
すると、ヴァング公爵はくるりとイズの方に顔を向けると、深々と頭を下げる。
「この度は誠にうちの娘がご迷惑をおかけしました…」
先程までの威厳のある男が小さくなる。
だが、娘同様光源ばりの煌びやかさだ。
この親子は趣味が似ているのかもしれない。
「どうこれを償う?」
そこに聞こえたのは低い感情のない声だった。




