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「いいですよ」


イズは平然として答える。

勿論、周りの者はそれに驚いて騒ぎ始める。


「お、奥様!?」

「何を仰っているのです!?」


リフィやスノトーラだけではない。

先程まで黙って聞いていた他の使用人達が驚いて騒ぎ始める。

彼らはイズは噂の様な人間ではないと気づいていた。

そして守るべき対象を認識し始めていたが、正直、この掴めない奥様にどう対応するべきなのか彼らは理解できない。

悪い人ではないが、その頭が本当にまともなのか疑ってしまいそうだ。


「え?」


イズは周りの騒ぎに驚いて「何がいけないの?」と言いたげな顔になる。


「だって、旦那様に会いたくなったからそろそろ領地に帰ろうと思ってたのだけど?」


引き止められては困るなと、イズは頬に手を添えて考えるポーズをするが、その言葉に騒がしさが一旦止まる。


「「「「「え?」」」」」


今度はイズ以外の者がキョトンとする番だった。


「え?」


流石のイズも周りの空気を感じてキョトンとする。

先程までの勢いなど無かったかの様にその場が静まっていた。


「なっ!離縁するのよ離縁!出ればいいわけじゃないわ!」

「え?なんで離縁の事をヴィナディスお姉様に決められなくてはならないのですか?それは私と旦那様の話ですよ?」

「こんな事をしていて、ただで済むわけないでしょ!ヴァンディルの家に傷がつくのよ!!」


ーーなんでそれをヴィナディスお姉様が言うのだろう…

イズは不思議そうにヴィナディスを見つめる。

ーーなんだか、親切の度が過ぎる人なのかな?

イズがそんな事を考えているとそこへ先程の騒ぎで呼ばれたのか庭師のじっちゃんと料理長が駆けつけた。


「リフィ!?大丈夫かっ!」


じっちゃんはほとんど見えない目で必死にリフィを探す。


「じっちゃん!」


リフィはじっちゃんの元へ駆け寄る。

じっちゃんはリフィがやってくると優しく抱きとめた。

ーー感動的だ…

イズはその光景を見るだけで鼻の奥がツンとしてくる。


「リフィ…大丈夫か?」

「大丈夫だよ。けど…」


リフィはこの状況をどう説明しようか気不味そうな顔でイズに顔を向ける。

美しい祖父と孫の絆に見惚れていたイズは「なんだっけ?」とぽかんとする。


「奥様が…私の代わりに屋敷を出ていくって…」

「「なんだと!?」」


じっちゃんと料理長が同時に声をあげた。


「いえいえ、出ていくってのは、領地に戻るって意味でーー」


イズが訂正をしようとしたが、じっちゃんと料理長は聞いていなかった。

2人は自分達の声が重なった事に気づくと、お互いに険しい顔で見合わせる。


「お前が奥様に近づくな!」

「それはこっちの台詞じゃ!」

「老いぼれはさっさと引退しろ!邪魔なんだよ!」

「なんじゃと!?大した腕もない料理人が偉そうに言いおって!」

「その土臭い体でここにくるな!」


実はこの2人は犬猿の仲だ。

それぞれの職に対するポリシーが高すぎるが故に起こる衝突だ。

それぞれ、この屋敷で一目置かれている存在であるが為にその衝突に誰も手出しはできない。

イズはそれを止めようとしたが、先にヴィナディスが声をあげた。


「どうでもいいわよ!」


さっさと自分の思う通りに動かしたいヴィナディスはまたしてもイラつきをあらわにする。

イズはその声に驚いたが、じっちゃんと料理長は負けない。


「すみませんが、部外者の方は黙っていただけませんか?」

「そうじゃ。どこのお嬢さんか知らぬが、ここはヴァンディルの屋敷です。貴方が口出しすることではない!」

「なっ…、この女がティッタへの嫉妬で盗みを働いたのよ!?しかもヴァンディル卿の許可もなくあの部屋に入って、犯罪者よ!」


確かに、部屋の主人の許可なく入ることはマナーに欠けているが犯罪者は言い過ぎだ。

ヴィナディスは興奮して同じことばかりを繰り返していたが、じっちゃんと料理長がその勢いに負けることはない。


「それぐらいで犯罪者?」

「ティッタの物が紛失しようが、壊れようが関係なかろうに…」

「だとしてもそれを言及できるのは旦那様だけです」

「貴方様がこの屋敷で振りかざす権限などございますまい」

「なっ…こ、この私を誰だとっ…」


ヴィナディスは勢いのある2人に押されていた。

イズも職人の迫力をドキドキしながら見守る。

何故か今、手を出してはいけない気分だった。


「誰でも関係ありますまい!この屋敷の事はこの屋敷の者で解決いたします!」


じっちゃんが叫んでいるわけではないが、誰よりも響く声を発した。

ヴィナディスはその迫力に慄く。


「大体、ローゲ!!副執事であるお前がいながらこの状況はなんだ!」


じっちゃんの矛先は先程までだんまりを貫いていたローゲに向かう。

ローゲはいきなりの叱責に顔を白黒させる。


「わっ…私は…」


ローゲは言葉を詰まらせて戸惑いを見せる。

そんな様子のローゲに料理長は呆れ顔だ。


「3年前から変な噂が立つ様になったと思えば…今度は奥様がティッタに嫉妬?」


料理長がため息まじりに呟いた。


「おい、なんじゃ?その噂とやらは?」


じっちゃんは知らない様で料理長に喧嘩腰で尋ねる。

そんなじっちゃんに知らないのかと料理長は鼻で笑う。


「奥様が『悪女』だとかなんだかとかな」

「はぁ?なんじゃそれは?」

「誰が言い出したか知らないが、誠に巫山戯たことだ」

「こんな事をしておるからヴァンディル卿もこの屋敷を畳む決意をなさったのだろうな」

「だな。紹介状をいただくのも申し訳ないぐらいだ」


じっちゃんの言葉に料理長がウンウンと頷く。

だが、2人以外の全員が目を丸めた。


「じ、じっちゃん!?今なんて?」

「ちょっ、屋敷を畳むって!?」

「どういうことですか!?」

「俺らはどうなるんだよ!」


勿論黙っていられるわけもなく口々に彼らはじっちゃんと料理長を質問責めにした。

彼らにとっては死活問題だ。


「お屋敷無くなるの!?」


イズも驚いて声をあげた。

ここに来て1番の驚きだ。

ティッタも初耳の様で固まってしまっている。


「奥様も知らなかったのですか?お前達にはこれから知らせるのだったから当たり前だが…」

「あぁ、そうじゃったな…」


2人はぼんやりと語る。


「待て!!聞いてない!そんな事、私は聞いてない!」


焦る使用人の中で一番に慌てていたのはローゲだった。

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