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「あぁ!なんでよ!」
相変わらずイズの部屋に居座っているヴィナディスは手に当たり次第床に投げつける。
イズは既に朝のお礼に出かけている。
「おやめ下さい!この部屋がめちゃくちゃにっーー」
ローゲは慌ててそれを止めるが、ヴィナディスはお構いなしだ。
「いいじゃない!いずれ私のものになるんだから!!」
自分の思い通りでない現状に彼女のイラつきは最大値にのぼる。
彼女の中の計画が全て上手くいかない。
「他に何かないの!?」
これ以上策を持っていないヴィナディスはローゲを睨んで言った。
ーー役に立たなかったら、こいつもすぐにクビにしてやる!
ヴィナディスは使えないものはすぐ切り捨てる。
ローゲもそれが分かっている為、背筋を伸ばす。
「そ、それは…」
何か案を出さなくてはとローゲは視線を彷徨わせる。
もう引き返せない所まで来ていた。
「あ、あぁ!ティッタがいます!彼女は完全に私を信じ切っていて、使用人達が奥様を擁護する発言をした様でそれに腹を立てていました」
「なんですって!?ちょっと『悪女』の噂はどうなってるのよ!あの子の味方はここにいないはずでしょ!?なかなか社交界でも広がらないし!どうなっているのよ!」
ヴィナディスは更に目を釣り上がらせて叫ぶ。
妖艶さはどこにもない。
彼女には相当余裕がない様だ。
「折角家も飛び出してきたのに…今日中に決着しなきゃならないのよ!?」
更に声を荒げる。
ローゲはその声が外に漏れないか気が気でならない。
「お、落ち着いて下さい!バレたら元も子もないです!」
気持ちを沈める様にローゲは両手を動かす。
ヴィナディスも現状が分かっているのか豊満な胸を上下させながら深呼吸をする。
少し落ち着いたヴィナディスはゆっくりと椅子に座る。
「ティッタをどう使うのよ?」
「それは…あっ!ですが、旦那様とティッタは幼馴染みです。ティッタが奥様に何かされて訴えればきっと追い出せるかもしれません!」
「!」
ヴィナディスは一瞬で目を輝かせる。
それは美しいというよりも、獲物を見つけた蛇そのものだ。
「あの女がティッタをいじめたって事にするのね?」
「はい!実際、ティッタが旦那様の倉庫の前で奥様と衝突したと聞きました!他の者も納得するやもしれません!」
ローゲも得意げに語る。
彼の窮地はひとまず乗り越えられそうだ。
「ふん、貴方、少しは役に立つわね」
ヴィナディスは嬉しそうだ。
そして形のいい長い指をぽってりとした唇に添える。
「そうね…どうしようかしら?」
ヴィナディスはそう言って考えを巡らせる。
ーーあの子が帰ってくる前に仕込まないと…
彼女は楽しそうに笑う。
だがその笑みは妖艶であっても、誰もを嬉しくさせるものではなかった。
「あぁ〜疲れたぁ〜」
イズはお礼の挨拶と買い物をし終えるとまだ日が暮れない内に屋敷に辿り着いた。
馬車を降りる前にイズはスノトーラに問いかける。
「お土産も買えたし、もう戻ってもいい?」
イズは上目遣いで尋ねた。
何故か、買い物の途中からスノトーラが落ち着かない様子だ。
「早く帰ろう」と急かし始めた為、イズも切り上げて帰ってきたのだ。
あのまま買い物を続けていたら、日が暮れても帰らなかったかもしれない。
それだけ久しぶりの王都はイズに魅力的なものばかりだった。
「……」
イズがおねだりモードになっているのも気にせず、スノトーラは何か考え込む。
スノトーラの様子がどうもおかしい。
ーー何かあったのかな?
スノトーラはイズに比べたらいつも心配事ばかりだ。
「お姉様」
イズが不思議そうにスノトーラを見ていたら、何かを決意した様な顔をする。
スノトーラが『想い人』について語っていた時と同じ表情だ。
だが、幾分いつもより表情に元気がない。
「何?」
「…お姉様は本当にヴァンディル卿が何もしていないと信じていますか?」
スノトーラが確認する。
その表情はいつものしっかりした印象はなく、何かに縋りたいような表情だった。
イズはその表情に一瞬驚きはしたが、すぐに柔らかい表情に戻る。
「うん。信じるしかないじゃん」
イズの表情はどこまでも晴れやかで、淀みがない。
彼女の見る世界はどこまで素敵なのだろうかと誘われるようだった。
もうないと分かっている桃源郷を探したくなる。
「だって、そうじゃないと私のこの3年間が嘘になるんだよ?そんな悲しい事ある?私の感じてたものが嘘だってさ」
「…」
「旦那様はそんな人じゃないよ」
イズはスノトーラの手を握った。
「本当に騙されていたらとっくに気付いてるはずだもの」
「…お姉様は騙されやすいタイプです」
スノトーラは垂れてきそうな鼻水を啜った。
彼女の中で何か不安がこみ上げた様だ。
「でも、本当に騙された私を見た事ある?」
イズに言われてスノトーラは思い出す。
確かにイズはよく失敗をする。
それは彼女の注意不足のせいなのだが、確かに人に騙されて何かに陥るということはない。
いつでもイズ単独の失敗で、その失敗さえも大ごとになった事などない。
愛情に敏感なイズは信じるべきこととそうでない事の区別がつく。
常にイズは平和な世界を選択してきた。
「…」
スノトーラの沈黙は肯定だった。
イズを否定できるものはない。
その証拠さえないのだ。
薄々スノトーラも感じていた。
「でしょ?だって、私にはスノちゃんがいるもん」
イズはスノトーラを抱きしめる。
やさしいイズの温もりがスノトーラを覆った。
スノトーラにはイズの香りが幸せの象徴だった。
「スノちゃんが悲しむ状況に自分から飛び込んだりしない。私が幸せじゃないとスノちゃんは辛いでしょ?」
「…そうですよ」
スノトーラはイズを責める様に言った。
当たり前の事だ。
「お母様もお父様も、お兄様たちも誰も傷つける事なんてしないよ」
「…はい」
「私はね、大切な人はちゃんと守るよ」
そう言うイズはいつもより頼もしい。
姉らしい、妻らしい表情だった。
柔らかい言葉の中にどこか意志の強さを感じられる。
ーーうん。大丈夫
スノトーラは自分を落ち着かせた。
もし何があってもこの姉の様に自分も姉を守ろう。
スノトーラはいつもこの優しさに守られてきた。
恩返しを絶対にしよう。
ーーあの方々に負けるわけない
スノトーラはグッと体に力を込めた。




