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イズを捉えたヴィナディスは、目を細め顎をクイッと上げ挑発的な表情をした。
「ねぇ、貴方、客人に対して対応があんまりじゃなくて?」
ヴィナディスはねっとりと言う。
まさしく蛇が彼女には似合う。
「あの、どうされましたか?」
イズも立ち上がって、扉の方まで向かう。
ヴィナディスがイズに何かを言いに来たのは誰が見ても明らかだ。
スノトーラもイズの後ろに控えて見守る。
「あんな貧相な部屋に私を泊める気なの?私がヴァング公爵家の娘だって分かっての事かしら?」
いきなりなんだとイズは驚いていた。
ここはヴァンディル伯爵家の古くからの屋敷だ。
アルヴィング夫人がイズの結婚を機に改装してくれた様だが、屋敷の全てが伝統あるもので、国内屈指の素晴らしい建築物である。
なのにヴィナディスの口からは『貧相』などという言葉が溢れて来た。
「え、ヴィナディス様がヴァング公爵家であるのは知ってますよ?昨日からそればかり言ってるじゃないですか」
イズはケラケラと笑う。
ーー私、そこまで馬鹿じゃないって
完全にヴィナディスの冗談だと思っている。
イズの中ではヴィナディスは大胆に冗談を言う面白い人だ。
「ちゃんと覚えてますよ!」
イズは親指をグッとして、自慢げな表情で言った。
まるで子どもが母に「出来たよ!」と報告する様だ。
「丁寧に教えてくださりありがとうございます」
イズは社交界に慣れない自分へヴィナディスが気遣って何度も言ってくれたのかとさえ思っている。
感謝の思いを込めて深いお辞儀をする。
ヴィナディスはそのいきなり見せられたイズの素直さに狼狽る。
「なっ…は?わ、私はそんな事申しておりません!」
ヴィナディスはすぐにムキになるタイプの様で怒りをあらわにする。
手に持っている扇子をギュッと力強く握りしめる。
「私をもてなすのにあんな部屋でどういうつもりかと言っているのよ!!」
ヴィナディスの言葉にイズは流石に驚いた顔をする。
「え?でも、さっきヴィナディス様がローゲに命令して用意させた部屋です。それに、この時間だと……」
今更言われてもとイズは困った様子だ。
深夜に近づいている時間帯だ。
使用人達も最後の仕事を片付けているのに、叩き起こして新しい部屋を用意するのは雇主であっても気が引ける。
「ま、あの部屋で寝ろと?客人に対してそんな無礼普通はしないわよ?これだから何も知らない田舎者は…はぁ……」
ヴィナディスはわざとらしいため息を吐く。
ーーこれは…
イズはハッとする。
ーーまたしても親切に教えようとして下さっているのね!
王都の社交界を知らない自分の為なのだとすぐさま心のノートを開いてイズはメモをとる。
「も、申し訳ございません、私がすぐに準備します!!」
後ろで様子を窺っていたリフィは困っているイズを見かねて言った。
何故この時間帯にリフィがここにいるのだろうとイズは首を傾げた。
ーーまって、リフィの方が私よりも社交界に詳しいのか!
全て勉強になりますとイズはここにいる2人の先生に感謝したい気分だった。
「あら、話が分かる子がいて助かるわぁ〜」
ヴィナディスはねっとりとした口調を取り戻して扇子をバサリと開く。
その微かな風だけでヴィナディスのむせ返るバラの香りがイズの部屋に充満しそうだ。
風呂上りなのだろうか、彼女の匂いは更にキツい。
それに部屋着のはずの服も妙に豪華だ。
「あら?あら、あら?」
ヴィナディスは何かに気づいた様で、イズの許可もなく部屋の中に入って来た。
イズとスノトーラはヴィナディスに押しどけられる。
「まぁ!ここ、素敵じゃない!」
ヴィナディスは目を輝かせる。
それもそのはずだ。
イズの部屋は最新のデザインに最高級の品質の家具が備えられている。
ヴィナディスの目に止まるのは当たり前だ。
ーーしかも、似合う!さすが!
イズは煌びやかなヴィナディスはこの豪華を尽くされた部屋に引けを取らないと尊敬の眼差しを向ける。
ーー王都の令嬢は凄い!
「いいわね!私はここに泊まるわ!」
目を輝かせるヴィナディスは部屋を恍惚とした表情でとんでもない事を言い放つ。
リフィとスノトーラは当然の様にそれに目を見開いて声を上げる。
「えっ?」
「そ、それは…」
無駄な指摘だと分かってるため、2人はそれを最後まで言葉に出来ない。
2人が気にするのはイズの様子だった。
勿論の事イズはーー
「流石、お姉様ですね!お目が高い!」
どこぞの商人の様にイズはヴィナディスを『お姉様』呼びをしながら誉め讃える。
「こちら、私の旦那様が腕によりをかけて選んだ家具達です」
何故か自慢げにイズは部屋の紹介を始めた。
「因みに、この部屋のベットまさかのキングサイズです。大人二人が寝るには十分な大きさで…お泊まりの定番、夜の女子会に適した最高のベットとなっておりますよぉ〜。是非とも私と一緒にいい夢を見ましょう!もっと私に教えてください!!」
人懐っこい笑顔を向けながらイズは一気に説明をする。
目は輝きを失わない。
彼女の中で謎に生まれてくるワクワクは止まらない。
勿論ヴィナディスはそんなつもりは全くない。
「は!?私がなんで貴方と寝るのよ!」
「もしかして、まだ王都を知らない私が図々しくお姉様と同じ布団は厚かましかったですか?」
イズは捨てられた子犬の様にヴィナディスに問いかける。
「当たり前でしょう!」
ヴィナディスは残念ながら子犬を愛でる心はないようだ。
バッサリと言い切る。
「なら、雑魚寝で構いません!」
「だから一緒の部屋など使うなどあり得ませんわ!」
「あっ…まだ私はお姉様と使うほど王都の洗礼を受けていないと!?」
「そうよ!」
2人の会話を聞いていてスノトーラはまたしても気が遠くなりそうだった。
ーーお姉様、何故自ら虐められる体勢に…
そんな声をかける気力さえもスノトーラにはなかった。




