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一通りの話を聞いてもラドはそれにそれほど関心を持たなかった。
むしろ、イズの悪女説に腹を抱えて笑った。
ラドもイズと同じお気楽な人間だからかもしれないとスノトーラは思っていたが、談笑を終え帰宅する時にラドはイズの頭を軽く触った。
「まぁ、分からんが、頑張れよ」
頼りないラドの言葉だが優しさがある。
「はい」
イズも元気よくお返事をした。
ラドもラドなりに心配しての事かもしれない。
「スノトーラは、頑張りすぎんなよぉ」
そう言って、今度はスノトーラの頭をわしゃわしゃと触る。
真っ直ぐで綺麗なスノトーラの髪があっという間にぐしゃぐしゃだ。
ーー心配なのね
イズはそれを見ながら微笑ましい気持ちになる。
こんな空気になるのも久しぶりだ。
ラドは抜けているがやはり兄だ。
「もし何かあれば俺に任せろ」
「もう既に困ったことが起きています」という思いをスノトーラは飲み込む。
そして胸を張って無駄にドヤ顔のラドに声をかける。
「ラド兄様が何をしてくださるのですか?」
「俺は何も出来ないが、俺の知り合いなら凄い奴が多いぞ!」
清々しいぐらいの他人任せだ。
兄らしくはないがラドらしい事だ。
そこまで真剣でない分、きっと彼にとって心配な範囲にならない事なのかもしれない。
確かに夫婦間の問題など2人以外がどうこうする問題ではない。
ーーでも、他の人が無駄に関わっているから…
そう、スノトーラには、2人だけの問題には見えないのだ。
ティッタの存在もヴィナディスもスノトーラには不可解なことが多い。
これをはっきりさせないと、スノトーラは黙って引き下がれないのだ。
「心強いです!」
嬉しそうにラドに話しかけているイズはどこまでも呑気だった。
ラドが帰ってしまうと、イズとスノトーラはまたイズの部屋で話の続きを始めた。
「ラド兄様の言う通り、ヴィナディス様の目的はティッタを守るためではないかもしれませんね」
スノトーラはイズにもっと自覚してもらおうと状況を整理する。
「だとしたら?」
「それはお姉様が一番にわかっているのでは?夕食での振る舞いに、お姉様が言うヴィナディス様のヴァンディル卿への想いで大体見当はつくかと」
「え、どうしよう…分からない」
イズはキョトンとして言ってのける。
「お姉様に敵意を示しているのです。彼女はお姉様を追い出そうとしているのでは?」
「なんで?私を追い出せばヴィナディス様は幸せなの?旦那様がヴィナディス様を好きになるとは限らないじゃん?」
「それでも、目障りな人物は消えます」
「そんな事して満足なのかな?絶対後であんなことしたよなぁ〜って嫌な気分にならないかな?」
イズは不思議そうな表情で言葉を続ける。
「嫌な事したわけじゃないのに、ちょっとした言葉でもあの言い方はいけなかったって思うじゃん?スノちゃんなんて特にそうでしょ?」
そう言われてスノトーラはぎくりとする。
確かに、イズの言うとおりスノトーラは意外と気にし過ぎる点がある。
冷静な分、それを深く考えてしまうのだ。
それにイズやラドの不快でない物言いを知っているから、余計に自分の言葉を気にしてしまう。
後々考えて後悔する事などザラにある。
イズに厳しく言い過ぎたかと思うが、イズは平気なそぶりを見せる為、それを変えない。
それは家族だからと言う点もあるが、他人なら適度に流され距離を置かれるだけだ。
スノトーラにはそれが酷く怖い。
「…」
「でしょ?その時の正義の為の言葉でもそれで人が傷つくのって嫌じゃない?」
時にイズは的を射た様なことを言う。
確かに厳しい注意の後味はいいとは言えない。
「でも、それは…相手を傷つけたくないという想いがあるからです。最初から傷つけたいと思って向かってくる人間は別です」
「好きな人に近づく為に、そんな事をするってめちゃくちゃ後ろめたいじゃん。だって好きない人の為にも少しでも真っ当になりたいものじゃない?それに、それって逆に自分がされてもおかしくないんだよ?」
ヴィナディスは目的に目が眩んでその先は見えていないのかもしれない。
「だって、ヴィナディス様は今までがそうではありませんか。気にいった殿方を自分のサロンに引き入れる様に手を回したり…、婚約者がいようがいまいがお構いなしで…」
スノトーラはヴィナディスの噂を思い出す。
実際、スノトーラの知り合いも同じ様な目に合っていた。
「殿方を虜にして最後には婚約破棄まで追い込む…その後殿方には捨てられるか彼女の駒になるかの2択だけです」
「だけど、皆が皆そうなるわけじゃないでしょ?」
「もちろんです。遊びと割り切っての付き合いの方も、距離を置かれる方もいます。けど、彼女はかなり魅力的な様で、女性に興味がない様な方でも虜にしてしまう様です」
そう言われて、イズはヴィナディスを思い出す。
確かに彼女には独特の空気感がある。
美人なのだが、それよりも表情が誘惑している様で、話していると見つめてしまう。
ーーうん。なんとなく分かるかも
イズはそう思うも、それが人を傷つける事が平気な人とどうも思えない人なんているのかイズには不思議だ。
「後ろにヴァング公爵家があるから誰も文句は言えません。だから彼女に後ろめたさはないのでは?」
イズとは根本が違うのだ。
これを説明してもイズには分からない。
「そっか…」
納得は出来ないがイズはなるほどと頷いた。
「大きな過ちをしないうちに、気づけるといいね」
イズは他人事の様に言った。
今、その標的が自分である事を忘れている様だ。
「それをお姉様が同じ目に合わされるかもしれないのですよ?」
スノトーラは頭を抱えながら言った。
これ以上言っても無駄かもしれないと思い、疲れと同時に眠気がこみ上げてくる。
「どうだろうね。でも、何度も同じ事を繰り返すってどういう気持ちなんだろうね」
「え?」
「だってさ、私たちが毎日食事をするみたいにしさ、同じ事を繰り返すってのは、満たされている様で満たされてないんじゃない?ほら、愛は生モノで消費するものだからさ」
スノトーラはそれが分かる様で分からない。
だが、何故だかヴィナディスが可哀想な人間にも見えてくる。
「旦那様を好きなのは分かるけどあの「好き」ってどこに向かうものなのかな?」
イズはぼんやりと呟いた。
スノトーラはそれに答えない。
どこに向かうものなのか、ヴィナディスがイズの言う通りの人間なのか何も定かではないのだ。
「ふぁ〜〜〜」
イズは眠くなって、ゆっくりと欠伸をした。
「もう寝ますか?」
スノトーラが立ち上がって部屋を出ようとすると、騒がしい何かが近づいてきた。
「お待ちください!そこはっ」
「私を馬鹿にしているの!?いいから退きなさい!」
リフィとヴィナディスの争う声が聞こえた。
「下賤な人が私に触れないで!」
そんなヴィナディスの声と同時にイズの部屋の扉が開かれた。
イズもスノトーラも何事だと扉の方に目を向ける。
そこには部屋着に着替えているヴィナディスがこちらを睨んで立っていた。




