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「お~い」


ーーこの声!

先程の声にイズは聞き覚えがある。

この大きいのに気を抜けた声は一人しかいない。

イズは直ぐに振り向こうとしたのだが、それをスノトーラががっしりと掴まえ阻止する。


「お姉様、振り向かないで下さい」

「なんで?だってあれーー」

「違います。幻です」

「でも不審者を捕まえたってーー」

「幻聴です。馬が興奮して叫んでいるだけかも知れません」


これ以上、悩みの種を増やしたくないスノトーラは現実逃避を始めた。

見開らかれた目は彼女の必死さを表している様で、イズもそれに押される。

だが、そんな状況などお構いなしの人物はイズ達の元へやって来て呑気な声をあげる。


「お~い、妹達よ!麗しの兄だぞ!!」


流石に放置できない状況に、イズもスノトーラも振り向く。

そこには晴々しい笑顔の兄のラドとーー


「ちょっと離しなさい!私を誰だと思っているの!!」


昨日会ったばかりのヴィナディスがラドに抱えられていた。

ラドの小脇に抱えられたヴィナディスの煌びやかなドレスも一緒になって暴れていた。

夕陽がそれに反射してただでさえ光源化しているヴィナディスが更に眩しい。

ラドはそれに耐性があるのかのほほんとした顔をしていた。


「おい、あんまり暴れんなよ。怪我するぞ?」

「離しなさいよっ!この私にこんな事をしてっ!」

「こいつがさ、門の前でウロチョロしててよ」


ヴィナディスなどお構いなしにラドはイズ達に話しかける。

ーーなんでヴィナディス様が?

イズはキョトンとしていたが、直ぐ様何かに気づき驚愕の表情を浮かべる。

ーーまさかっ!


「ヴィナディス様!偵察にいらしたのですか!?」


イズが叫ぶとヴィナディスがぎくりと体を硬らせた。

先程まで暴れていたのが嘘の様にピタリと静かになっている。

その反応に自分の考えが当たっていたのだと察したイズは更に驚く。


「そんなに私のほっぺが羨ましくなっちゃいました?」


イズは簡単に腹立ちを忘れるタイプだ。

魚のおかげでイライラは完全に解消されていた。


「秘策を知りたくなっちゃったのですねぇ~」


イズはニヤニヤしながらヴィナディスに話しかける。

ヴィナディスは呆気にとられていたが、直ぐに我に返って叫ぶ。


「っなわけないわ!巫山戯ないで下さいまし!」


相変わらず令嬢の中でも迫力のある言い方だが、ラドに抱えられている状況ではイマイチ迫力もない。


「貴方もいつまで私を持っているの!いい加減おろしなさい!!」

「あ~はいはい」


耳にキンキン響いてラドも辛かったのかあっさりとヴィナディスを解放する。

身なりを整え直したヴィナディスは睨む様にラドを見た後、イズにもその目を向ける。


「私はティッタが心配できたのよ!」


ヴィナディスは苛立ちのままに叫ぶと、深呼吸をして自分のペースを戻そうと状態を整える。

そして顔と体を絶妙な角度にして、お高くとまった雰囲気を醸し出す。


「…貴方がティッタに何かしない様に見張りに来たのよ?ヴァンディル卿の大切な方ですもの、何かされたら大変ですもの…ねぇ?」


扇子まで取り出して、ヴィナディスはねっとりと粘着質な声を出す。

イズはヴィナディスの様子に衝撃を受ける。

ーーこれよ!

そしてキラキラした目をスノトーラに向けた。

ーーこの前見たお芝居!こんな感じが正妻だったの!

どうでも良い事へまた脱線したイズにスノトーラは白い目を向ける。

ーーどうでも良いです


「兄からして公爵家に対してこんな振る舞いをするのですから、本当にどうしようもないお家ね?これだから、田舎の貴族っていやだわぁ~」


先程ラドに触られたところをヴィナディスはハンカチを取り出して拭き始める。


「あーあ、下賤なものがうつりそうで嫌になる」

「え?ヴィナディス様のお家の領地も自然ばかりの場所じゃないですかぁ~、一面が緑で」


イズはケラケラと笑い飛ばす。

完全に嫌味だと思わず、自虐のネタだと思っている様だ。

確かにヴァング公爵家はヴァンディル伯爵家に次いで広大な土地を保有しているが、その領地がこの国でも農作物が育ちやすい南に位置していることから土地のほとんどが畑や自然で占められている。


「なっ!」


ヴィナディスは顔を真っ赤にした。


「とにかく!わたくしはここに泊まらせていただきます!」


よく見ると手元には荷物があった。

公爵家の娘が馬車で敷地内に入らず門で彷徨いていたのも、お付きの者もいない事など不自然な点は多い。

だがそれよりもスノトーラには見過ごせない点があった。


「ヴィナディス様、それはあまりにも無礼ではございませんか?」


スノトーラは堪らず言った。


「姉はこの家の主人です。昨日からいきなり押しかけて…その様な態度はいかがなものかと」


怒りに思いを任せるのは馬鹿のする事だ。

スノトーラはできるだけ冷静に理論的に指摘する。

それが彼女のできる精一杯だ。


「あら、貴方のご家族は本当に無礼ね?公爵家である私が何をしようと勝手よ?なんの為の身分なのかしらね?」


権力を振りかざす為だけの身分ではない。

だが、それをここでヴィナディスに言っても効果はない。


「ローゲ?何をしているの?早く部屋に案内してくれるかしら?」


まるで彼女がこの屋敷の主人であるかの様に振る舞い始めた。


「はい。ヴィナディス様」


ローゲも彼女に忠実だ。

イズに気を配りもしない態度だった。

ヴィナディスは周りの空気などお構いなしに勝手に屋敷の中に入っていく。

それが当然の様に…


「おいおい。なんだ?」


ラドはキョトンとして言った。

全く事情は把握できていない様だ。

スノトーラはかなり不満げな表情を浮かべている。

ーーなんかこっちに来て休む暇がないなぁ~

イズはそう呑気に思いながらも、少しだけモヤッとするのだった。

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