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イズの発言にスノトーラは唖然としていた。
ーーお姉様、またおかしな事を…
スノトーラは何度もこの呑気な姉に振り回されている。
マイペースだと言えば聞こえばいいが、イズの思考や行動はとんでもないものが多い。
まず注意力がない。
例えば、前を向いて歩かないと何かにぶつかる危険性は当たり前なのに、何度ぶつかってもボケーっとして歩くといったように、危険察知が人よりも劣っているのだ。
スノトーラは単純に姉を心配してから、しっかりとせざるをえなかった。
ーーお姉様は人を疑う事を知らないのよ
今回も噂を聞いてスノトーラはぼんやりとした姉が心配で来たのだ。
なのに当の本人はその噂を伝えてもボケッとしている。
身分差のありすぎるこの結婚にスノトーラは他の者と同様に不安を感じていた。
「随分な自信ですね…」
イズのとんでも発想が発動したのだと思ったスノトーラは、冷静さを失わないように自分を落ち着かせながら声を発する。
「だって、全然心当たりがないしなぁ~」
イズは口を尖らせて言った。
全く危機感のない姉は机の上でだらけ始める。
「不倫とは分からぬ様にするものです。そんな堂々とするわけありません」
スノトーラは呑気なイズにどうにか伝えようとする。
「あ、そうか。確かにね」
イズはそんなスノトーラを気にも留めず、勉強になるなと頷いている。
「ですから、お姉さーー」
「あ、これ、最近のお気に入りのお菓子だよ。スノトーラも食べなよ」
イズはそんなスノトーラなどお構いなしに「あ~ん」とお菓子を差し出す。
スノトーラは反射的に口を開けてそれを食べる。
「美味しい?」
「えぇ…」
口に甘さが広がり、怒り気味だったスノトーラの顔に穏やかさが戻る。
ーー本当に美味しいわ
先程のイズと同じ様にせっせと口を動かしその味を堪能し始める。
イズはそれを見て満足そうだった。
ーーって、そうじゃない!
スノトーラはそのままのんびりとした空気に乗りそうになったがハッとし、顔を上げる。
「ですから、兎に角…」
スノトーラは咳払いをして空気を取り戻そうとした。
「私も伯爵の噂を聞きまして、いてもたってもいられず、ここまで来たのです」
スノトーラは訴える様にイズに言った。
イズは冷め始めたカップに口をつけながら、耳を傾ける。
「なのに、愛されている自信なんて…呑気な事を…」
スノトーラは本気で姉を心配していた。
その気持ちはイズにも伝わっている。
だから大人しく聞いていた。
ーーでもなぁ~
イズは何度言われても危機感を感じないのだ。
くるりと自分の後ろに控えている侍女に顔を向ける。
「ねぇ、フリーンはどう思う?」
イズは侍女に問いかけた。
侍女はすぐに苦笑いを浮かべた。
「私も奥様と同意見です。そんな噂だなんて聞いた事がありませんし…私にも信じ難いです」
スノトーラは侍女までも姉の呑気さにやられたのかと衝撃を受ける。
スノトーラは知っていた。
姉の呑気さは他の者に伝染するのだ。
彼女は醸し出す空気感で周囲の者に穏やかさを与えるとともに「ま、いいか」と思わせてしまう。
それはイズの長所でありスノトーラも好きな所だが、今回ばかりはそうはいかない。
ーーどうすればいいの…
スノトーラはこのままではいけないと顔を顰めて、策を考え始める。
「お姉様と結婚する前からの間柄だと聞きますよ?」
「え?結婚前に人間関係ない人なんている?」
「ですので、その人間関係が、単なる友人関係ではないのです!」
何故こうも伝わらないのかとスノトーラは再び机を叩く。
「スノちゃん…」
イズはやっと悲しげな表情を見せた。
スノトーラの思いがやっと伝わったのかと息を深く吐くと、イズは心配そうにスノトーラの手を握る。
「そんなに強く叩くと、怪我しちゃうよ?」
「…」
どうやら伝わっていなかった様だ。
スノトーラは先程よりも盛大にため息を吐く。
「私はお姉様を心配しているのです」
空いている片方の手で顔を覆いながらスノトーラは呟いた。
気が抜けて先程の勢いは消えてしまっていた。
ーー『想い人』ね…だって、全然現実味ないんだもの
イズはそんなスノトーラを見ながら考えていた。
現実味のない事よりも目の前のスノトーラの手の方がイズには心配だった。
どう説明ししょうかイズは考える。
「あ」
顔を覆っているスノトーラを見ていたイズは何かを思いついたのか、立ち上がった。
「ちょっと待ってね」
イズはそう言うと、一旦屋敷の中に入って行った。
こういう時に貴族なら人を使うのが当たり前だが、それをしないのがイズだ。
「これこれ」
イズは上機嫌でその紙束をスノトーラに渡す。
「読んで」
嬉しそうな顔でイズは言った。