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スノトーラが決意を改めた頃、使用人たちの中には大きな疑問を浮かべていた。


「本当に奥様は『悪女』なのか?」


誰もが抱き始めた。

先ほどの調理場でのイズの迫力はすごかったが、それが『悪女』と結びつくかといえば、否だ。

それに、その後の料理を振る舞うイズの表情からは穏やかさしかないのだ。

何とものんびりとしたのどやかな情景が似合う姿だった。


「だって、今日来た公爵家のご令嬢の方が凄かったわよ?」

「分かる。ギンギラで、目で殺されそうだった」

「口ぶりも正に悪女だった」


比較対象になりやすいヴィナディスの存在で、イズの雰囲気が異なる事を話し始める。


「服装だって煌びやかでさ」

「それに比べて奥様って、何だか普通だ」

「あ、うん。平民じゃないから、貴族だけど、なんか普通」

「最初並べられたのだって、よく考えてみればただの挨拶だろ?」

「確かに、男性がいなかったのも直接お世話するのは私たちだから当たり前よね?」


彼らの中で何かが解かれ始めた。

一度、緩めて仕舞えば簡単にずるずると出てくるものがある。


「料理長も主人って認めてたぞ?」

「庭師のじっちゃんもな」

「あの2人が認めたんだ。奥様が『悪女』かどうかは置いておいて、すごい人だぞ?」


その答えには誰もが頷いた。


「てか、考えてみれば、執事のオセルさんからそんな話聞いた事ないぞ?」


一人が大きな疑問を投げかける。


「まずオセルさんなら『主人の噂話など問題外』って切り捨てられるぞ?俺たちなんか即クビだ」

「確かに」


彼らの知るヴァンディル伯爵家の執事は仕事に誇りを持っている男だった。

だからこそ少しのミスも許さず、その優秀さから執事だけでなくヴァンディル卿の家令まで任せられている。

ヴァンディル卿の信頼を勝ち取った執事はヴァンディル卿の身の回りの世話を全てこなす。

その為、自身の休みを返上してまで主人に年中仕え、でもどこでもヴァンディル卿の元にいるのだ。

そんな彼が主人の噂話を許す事も無い為、この話題を彼に振る者がまずいないのだ。


「使用人の行動に目を光らせているのはどちらかと言えばオセルさんよね?奥様は気にされていない様子だもの」


一人が微笑ましそうに言った。


「確かに」

「オセルさんがいると緊張して、噂話なんてしないよなぁ~」


そう言っているとまた疑問が生まれる。


「あれ?だったら何でだ?奥様を知る人間なんかいないだろ?」

「確かに?」

「旦那様のいる間はオセルさんもいるから噂話はしない様にしてるし…」

「旦那様からそんな話聞かないもの、まず世間話する様な方じゃ無いしね」

「『ご苦労』ぐらいだろ?」


そう言っておいて全員が顔を見合わせた。

だったら『悪女』の噂は何なのだろうか。

どこから出た噂なのか誰にも心当たりがないのだ。

いつの間にかそうではないのかと浸透していた。


『奥様が出来て旦那様は忙しそうだ』

『奥様が散財しているから、旦那様は困っている』

『奥様が問題を起こすからそれの処理に追われている』

『奥様に呼びつけられて、領地と王都の往復が多くなった』

『奥様の我が儘のせいで、領地では仕事ができないようだ』


そんな話が沢山あった。

実際、旦那様の忙しい様子は目に見えて使用人たちには分かった。

以前よりも何かをする時間が増え、王都での滞在時間も減った。

それが裏付けの様に感じていたのだ。


「どっちが本当なんだ?」


考えれば考えるほど使用人たちは混乱し始める。

正解のない物を追っている様に感じる。

今、彼らの中にはイズの情報が一番新しく、何よりも鮮明だった。


「ねぇ、あんたこの前奥様の顔についてなんか言いかけてなかった?」


一人の使用人がじっちゃんの弟子に問いかける。

弟子は今更かと、呆れた顔をした。


「奥様の顔だろ?あれだよ。旦那様が2年前にいきなり作り出した像だよ」

「「「「あぁ!!」」」」


その言葉に全員が声をあげた。


「そうだよ。あれだ!」

「あぁ!なんか見たことあるって思った!」

「旦那様が変な趣味持ち始めたなって思ったら」

「あの呑気な顔の像か!」


イズが到着した2日目にしてやっと喉のつっかえが取れた。

そして彼らの中で「あんなに一生懸命作ったのに、奥様を旦那様が嫌うのか?」と思い始める。

だがそれがここでは結論は出ない。

少しずつ、少しずつ彼らの中で疑問が明確になるのみだった。



そして翌日、使用人たちの目にはとんでもないものが入る。


「来た来た!」


イズは届いた何かを手に取って嬉しそうな声をあげた。

その目を輝かせてはしゃいだ様子は愛らしい少女の様だった。

『悪女』の姿は全く窺えない。


「ほら!領地に届いていた旦那様の手紙!こっちに送ってもらってたの」


騒ぐイズに使用人たちは目を見開いた。

その手に握られているのはどう見ても手紙という可愛らしい物ではない。

まるでヴァンディル卿が険しい顔で向かっている書類の様な分厚い物なのだ。

何を言っているのだとはしゃいでいるイズを使用人たちは不思議そうに見ていた。


「いや…あれはっ!」


下僕の一人が気付く、イズの手の中にある紙の印に思えがあった。


「旦那様がいつも夜遅くまで書いていた物だ…」


てっきり膨大な量でヴァンディル卿が難しい顔をしてペンを走らせる姿を見て、彼は仕事関連だと思っていたのだ。


「旦那様は毎晩奥様に手紙を書いていたのか?」

「仕事じゃなかった…?」


使用人たちは目をキョトンとさせた。

まだ、疑問を持ち始めた彼らにはまだ目の前の映像をすぐに受け止めきれないでいた。


「昨日ね。像と奥様がそっくりだって言ったら、リフィが『今更ですか?』って言ったの…」

「あの子、奥様は違うって言ってたわよね…」

「小さいから騙されやすいと思ってたけど…」


彼らの中でまた疑問が浮かんできた。

その着地地点は見えているはずなのに、彼らはまだ3年の月日を忘れないのだ。

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