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平民貴族…ブルジュアとは異なり、財産や特権だけでなく。政治的権力も持ち始めた平民の事。
よくご指摘頂いた言葉です。
古代ローマ時代に現れた資産を持ち元老院への参加など政治的権力を望んだ平民で、この物語ではその意味合いの方が似合っており、示したい部分がブルジュアとは意味合いがい違うので『平民貴族』と表記しています。
どちらかと戦闘的な民族なので、より上を目指しているという意味でもこちらの方が適切だと思っています。
また、決して貴族籍を有したものではありません。
平民の中でも貴族的権力を持ち始めた、というだけで正式な貴族ではありません。
ヴィナディスは鋭い目でイズを確認した後、ゆったりと魅力的な目をイズの背後に向ける。
「あら?」
その声でイズはスノトーラを紹介しようと体を傾ける。
「あ、こちらは私の妹のスノーー」
「ティッタは?」
イズの声を遮って、ヴィナディスはキョロキョロと周囲を見渡す。
そんな言葉が出るとは思わなかったイズはキョトンとしてヴィナディスを見た。
「ティッタはどこかしら?」
「え?」
「ティッタを呼んでくれる?」
イズの事など眼中にない様子で彼女は話を進める。
まるでそれはここの奥方であるイズを邪険にしている様だった。
ーー随分マイペースな方だなぁ~
だが、イズがそんな思いに気づくわけがない。
何故ティッタを彼女が呼ぶのかは差し置いて、イズは彼女が周りなどお構いなしの呑気な性格なのかもと頓珍漢な考えに辿り着く。
「分かりました。リフィ?」
「あ、はい」
イズがリフィに声をかけるとリフィは、ティッタを呼びに向かった。
スノトーラはイズの背後で警戒しながら、その光景を眺めていた。
「もう、貴方…私が来たのだからそれぐらいは分かっているでしょ?」
イズが来るまで代わりに相手をしていたローゲに、ヴィナディスは眉を下げて艶のある声を投げかける。
「そうでしたね。申し訳ありません」
ローゲは馴れた様に彼女に大人しく頷いた。
ーーあれ?ヴィナディス様って来た事ないって…
もしかしてリフィは知らなかったのかもなとイズはその疑問を直ぐに取り払う。
「ティッタとお知り合いですか?」
イズはソファに座りながらキョトンとして問いかけた。
スノトーラもそれに続いて静かに座る。
「えぇ…まぁね」
ヴィナディスは意味深に妖艶なため息をつく。
真っ赤な唇の端が吊り上がると、イズはなんとなく蛇を思い出す。
ーー商人に勧められた蛇のお酒を旦那様に送ったら『君は無知すぎる』ってちょっと怒られたっけ
そんな状態でもイズは呑気に他の事を考える。
ーーお姉様、お願いだから帰ってきてください…
スノトーラはその横でイズが蛇に狙われたネズミであるかの様に緊張した面持ちで見守っていた。
「失礼します…」
その緊張した様な、していない様な部屋にティッタがやって来た。
ヴァンディル卿が送ったと思われるあの髪飾りを相変わらずしている。
「あら、ティッタ、お久しぶり。さ、座って」
先程の挑発的な表情とは打って変わって、ヴィナディスは旧友をもてなすかの様に、自分の隣にティッタを導く。
「あ…いえ、私は…」
一使用人に過ぎないティッタは当然だがそれを拒む。
だが、そんな事などお構いなしにヴィナディスは無理やりティッタを座らせた。
迫力のある容姿だからだろうか、やけに強引過ぎる様にも見える。
「いいじゃない。私達の仲だもの」
「そんな…ヴィナディス様、私は仕事中ですし…」
ティッタはその場所に馴れない様で居心地の悪そうな表情を浮かべる。
ーーでも彼女の仕草ってどことなく洗礼されてる…
イズは珍しく対象物に対して疑問を持つ。
貴族のいる空間に居心地の悪さを感じるのは分かる。
だが、どことなくしっくり来るのだ。
「もうっ、他人行儀ね」
そんなティッタにヴィナディスは目を細めて語りかける。
「よく遊んだ仲じゃない」
「そ……それは………」
ティッタはチラリとイズの方を気づかう素振りを見せる。
流石のイズもそれに問いかけずにはいられなかった。
「あの、お二人のご関係は?」
キョトンとした表情でイズは2人に問いかける。
それに対して、ヴェナディスはまるで果実の様な真っ赤な唇の間から白い歯を見せる。
その笑みは爽快感はなくどこまでも濃いものの様な気がしてイズには重たく感じる。
「あら?知らなかった?」
わざとらしく首を傾げるヴィナディスがイズに向けた目は冷ややかで赤黒い笑い声が聞こえてくる様だった。
「この子、元々は有名商家の御令嬢だったのよ?小さい時はそれなりに遊んだのよ?」
王都に住んでいたならそれぐらいの交流はあってもいいはずだ。
「それでね。この子のお父様とヴァンディル卿のお父様ってと~っても仲良しなの」
ヴィナディスの言葉が紡がれるのと同時に、ティッタは体を硬らせた。
『この子』呼びは刺々しい。
それはイズも知っている。
「あ、はい。ティッタは旦那様の幼馴染みですよね」
仕入れたばかりの情報をイズはあっけらかんと言い放つ。
意味深に言葉を続けようとしたヴィナディスはイズの様子に一瞬固まる。
「そ、そうなのよ。ほら…む、昔に潰れたシガ商会、あれ、ティッタのご実家よ?」
イズも聞き覚えがあった。
シガ商会は古くからある有名商会の一つだが、基盤を置いている地域での農作物が不作で経営が崩れたと聞いたことがある。
イズが頷くと、ヴィナディスは先ほどの戸惑いを忘れ元の調子で話し始める。
「可哀想に…平民貴族になろうと官職も買われたのにねぇ?これからって時に他の商会に押されちゃって…。本当にお気の毒」
相手を気づかう言葉なのに何故か後味の悪さを感じる。
イズには顔を暗くしているティッタの姿が見えていた。
少しだけ肩は震えていた。
「そのせいでお父様は体調を崩されて、お母様もいらっしゃらない哀れなティッタを受け入れてくれたのが、ヴァンディル伯爵家なのよ?」
ティッタから顔を逸らしたヴィナディスは意味深な目をイズに投げかける。
イズを挑発するかの様にその目は細められていた。
「きっとまだ成人してもいないティッタさんが心配なのねぇ~先代のヴァンディル夫妻はそれはそれはティッタを可愛がってね、ヴァンディル卿にとってもかけがえのない存在なのよぉ?」
完全に調子を取り戻したヴィナディスはわざとらしい演説を始める。
「ヴァンディル卿もまだあなたを手放さないなんて、あなたに来る縁談も断ってるとか…相当深い絆が2人にはあるのねぇ~」
「そ、そんなことは…ただ幼馴染みで…」
ティッタはヴィナディスを止めようとしているのか、どうにかそれを否定する。
だが、ヴィナディスはそんなのお構いなしだ。
「2人の絆ってとっても素敵だわぁ~、誰もその間には入れない特別さがあるもの」
ねっとりと体の底に不快な何かが溜まる様な声でヴィナディスは話し続ける。
どの人間の話などお構いなしで、まるで彼女の刺々しい演説を聞いているかの様だった。
イズはギュッと膝の上で拳を作る。
ーーお姉様…
スノトーラは横目でそんなイズの手元を胸が締め付けられる思いで見ていた。
「そう思わない?」
まるでイズを追い込むかの様にヴィナディスは問いかける。
「っ…」
イズはグッと何かを堪えるかの様に目を閉ざした。
その様子をヴィナディスは満足げに眺めていた。
その場はヴィナディスのむせ返る様なバラの香水の匂いが充満している。
彼女が支配していた。
「っ失礼ですーー」
スノトーラは真っ先に耐えられなくて声を出す。
だが、それに被せてイズが声をあげた。
「それはロマンチックです!」
眩しい笑顔をしたイズは嬉しそうに声をあげた。




